どうしたらいいのか・・・。
「藤野くん。一緒に帰れない?」
部活が終わって部室から出たところで、篠田に呼びとめられた。
一瞬、何か帰れない理由がないかと考えてしまい、罪悪感。
野球部の仲間たちは、篠田がいることに気付くと、さっさと俺を置いて行ってしまった。
やっぱり、こういうことになるのか。
「いいよ。」
この状況で、断れないよな。
「家、どこ?」
「上坂台。」
「じゃあ、同じ方向だ。」
「うん、知ってる。前から帰りによく見かけてたから。」
そうなのか。
全然気付いてなかった。
それぞれ自転車を出してきて、校門から並んで走り出す。
最終下校時間だから、ほかの部の生徒もたくさんいて、少しゆっくりめのスピードで走る俺たちを追い越していく。
篠田に声をかけていく女子も何人かいて、篠田がそれに手を振り返している。
この状況って、みんな“友達”とは思ってくれないんじゃないだろうか?
また罠から抜けだせないような気分になる。
でも、篠田は勇気を出して、「考えてほしい」ってはっきり言った。
だったら俺も、篠田に対して誠意を見せて、ちゃんと考えなくちゃ。
クラスや先生の話をしながら自転車で走る。
彼女の声は高めで、少し舌足らずなところがある。
明るめの色の髪をポニーテールにして、元気で可愛らしい雰囲気。
よく笑うし、子供っぽいところもある。
話すとおもしろい。
・・・特に不満はない。
でも!
声を大にして、「俺たちは、まだ“友達”なんだ!」って叫びたいような気がする。
この先、もしかしたら、篠田の気持ちに応えられる日が来るかもしれない・・・のか?本当に?
だとしても、それって、努力してそうなるものなのか?
だから、今は様子を見ているのか?
人を好きになるって、そういうもの?
自分の気持ちの問題なのに、ぐるぐると頭の中をめぐる疑問は限りがない。
ようやく篠田と別れる場所になり、手を振ってさよならを言う。
なんか・・・ほっとした。
これからも、こういうのが続くのだろうか。
断ってしまったら簡単な気がするけど、あれからまだ1か月で、篠田と話したのはほんの数回。
しかも、2人できちんと会話したのって、今日が初めてじゃなかったっけ。
これで断るのは、悪いような気がする。
・・・っていうか、断ることが前提?
だったら早く断った方がいいんじゃないのか?
いや、でも、もしかしたら篠田のことを好きになるかもしれないし・・・。
もう少し、考えなくちゃいけないのかな。
何だか面倒だな。
翌日の昼休み、体育祭のチームの打ち合わせの集合がかかった。
応援合戦の企画発表とメンバー選びだ。
これが決まると、団旗のデザインを考えたり、夏休みに衣装を作ったり、それぞれの担当が動き出す。
応援担当の先輩たちから、今年は和風をテーマにすると発表があった。
テーマカラーは抹茶色とさくら色だそうだ。なんだか美味しそうな感じ?
応援合戦は寸劇と、女子がくのいち姿でダンスを披露するという。
くのいちと言っても覆面姿ではなくて、水戸黄門の由美かおるさんみたいな衣装だということで、男子から「おお。」という感嘆の声が上がる。
よくあるパターンで、男子の女装もある。女物の浴衣を着るらしい。
短い昼休みの中で、メンバーが手際良く決められて行く。
女子のダンスは大人数で、1年女子は強制らしい。その他も半強制的に引きずり込まれていく。
あれ?
ぴいちゃん?
このチームにいたんだ?
前回はちっとも気付かなかった。
150人くらいいるから仕方ないけど、見事に気配を消してたな。
どうやら、応援担当の女子の先輩にダンスは嫌だと言っているらしい。
そのうち、ホワイトボードを指差して、何か話しているなと思ったら、先輩がうなずいた。
その先輩は持っていたノートにメモすると、次の女子に話しかけている。
その様子をぼんやり見ていた俺に、応援担当の男の先輩が話しかけてくる。
「名前とクラス、教えて。」
「あ、2−6、藤野です。」
「藤野ね。じゃあ、女装でよろしく。」
「はい?俺が、ですか?」
「そう。細身であんまり大きくないからね。浴衣を着るためにはそういう人じゃないとって、あいつらに言われてるから。」
そう言って、女子の先輩を指差すと、さっさと行ってしまった。
女装?浴衣?俺が?みんなの前で?
やだよ!・・・とは言えない。
「夏休みにエステでも通っちゃえば!俺、ファンクラブ作ってやるよ。」
周りの友人が冷やかす。
他人事だと思ってるな。
と、思ったていら、さっきの先輩が戻って来た。
あ、もしかして、ほかの人に決まったとか?
でも、違った。
先輩は隣で俺をからかっていた2組の大野に話しかけた。
「じゃあ、あと一人、君ね。名前とクラスは?」
ざまあみろ。
前に置かれたホワイトボードに、名前が書かれていく。
女装のところに俺の名前が書かれるのを見て、もう逃げられないと思うとますますがっくりする。・・・その下に、「浴衣着付 2−6吉野・・・」?
慌ててぴいちゃんの方を振り向いたら、彼女も驚いた顔をしてこっちを見た。
目が合うと、彼女はくくっと笑い出して、それを見せないように、手で口元を隠しながら下を向いてしまった。でも、肩がふるえて、笑っているのがはっきりわかる。
やっぱり、やだよー。
教室に戻る途中で、ぴいちゃんに追いついた。
「ぴいちゃん」と話しかけそうになり、あわてて「吉野さん」と言いなおす。
彼女は振り向いて、俺だとわかるとにっこりした・・・と思ったら、すぐに笑いがこみ上げてきて、口元を隠して下を向く。
まったく、もう!
「ご、ごめん。」
それ以上は口がきけないらしい。まともにこっちを向いてもくれない。
何か話題を変えないと。
「吉野さんも、名前が出てたけど?」
「ああ、あれね。」
そう言って、ようやく笑いを封じ込めたみたいだ。
「浴衣を着せる担当になったの。ダンスはやりたくなかったから、そっちは必要じゃないですかって訊いたら、それでいいことになって。」
「じゃあ、俺のも?」
「たぶん。でも、自分で着れるなら手伝わないけど。」
どこに女物の浴衣を自分で着れる男がいるんだよ!
そう突っ込もうかと思ったら、ぴいちゃんがまた笑いだした。
「ごめん。想像したら、可笑しくて・・・。」
想像しないでくれよ。
「だめ。どうしても頭から離れない。苦しい・・・。」
俺に気を遣って、懸命に笑うのを止めようとしているけど、どうにも止まらない。
どうやら、自分の想像を映像化するのが得意みたいだ。
前にも体育の話題で、こんなことがあった。
笑って口がきけないままのぴいちゃんと一緒に教室の入り口をくぐる。
「みんなには、まだ内緒にしておくから。」
ぴいちゃんは、笑いをこらえながらそう言うと、自分の席に急いで行ってしまった。
「なんか、吉野、すごく楽しそう。」
席に戻ると、先に帰って来ていた岡田にボソっと言われた。
「楽しいんじゃなくて、俺が笑われてるだけ。」
「いいな〜。俺も笑われたい。」
女装だぞ。
代われるものなら、代わってくれ。