“友達”? “彼女”?
梅雨入りして雨の日が続く。
もうすぐ試合なのに、部活は室内練習ばかり。
通学も自転車は無理で、混んでいるバスに乗らなくちゃいけないのがめんどうだ。
篠田とはその後も特に変化はない。
この時期、両方とも部活が忙しいから、そんな余裕がないのだ。
クラスの中でも、普通以上に親しげにしてくることもない。
なんとなくほっとしている自分に、罪悪感を覚える・・・。
ある日の帰り、バス停で笹本と会った。
文化祭の話し合いで遅くなったという。けっこう熱心なんだな。
「天文部って、部員は何人くらい?」
「1年が8人、2年は9人、3年が3人かな。」
「小ぢんまりしてるんだな。」
「うん。その分、みんな仲がいいよ。女子も含めて。」
ぴいちゃん・・・とか?
「うちのクラスにもいるよね?」
一瞬、名前を出すのをためらってしまう。
「ああ、ぴいちゃんね。」
ものすごく嬉しそうな顔をする笹本。しかも、「ぴいちゃん」て言った?
なんでお前が?
そんなに仲がいいのか?
「“ぴいちゃん”って呼んでるんだ?」
俺の声、普段と変わりないかな?
「え?ああ、そうだよ。1年のとき、彼女と一緒に入部した長谷川と、お互いに“まーちゃん”と“ぴいちゃん”って呼びあってて、それを先輩がおもしろがって、今ではみんながそう呼んでる。でも、彼女、最近はあんまり出られなくなったけど。」
「そうなんだ?」
「彼女、家の事情で春休みに引っ越して、家が遠くなっちゃったから。それに、バイトも始めたから、週に1、2回しか出られなくなったって、4月に言いに来たんだ。部の会計を頼んでいたんだけど、ほかの人に代わってもらった。」
あのときか。
でも。
「自転車で通学してるみたいだけど?よく自転車置き場で見るよ。」
「引っ越すときに、自転車を駅前の駐輪場に預けたんだって。電車で50分、自転車で20分って言ってたかな。」
遠くからの通学とバイトなんて、根性あるなあ。
彼女の一本芯の通ったような雰囲気は、そういうところから来ているのかもしれない。
そういえば天文部って、普段は何をやってるんだろう?
尋ねると、笹本は笑った。
「みんな知らないよな。地味な部活だから。普段は月とか太陽の観測をやってる。あとはプラネタリウムに行ったり、夏は合宿もやるよ。」
「合宿?文化部で?」
「合宿って言っても、学校に3泊するだけなんだけど。夜に屋上から星を観測するんだ。あとは星空の写真を撮ったり。」
プラネタリウムとか、夜に星の観測とか、暗い所で・・・なんか、女子には危険な部では?
「藤野。お前、いやらしいこと考えてるだろう?」
「え?!」
焦る。
でも、少人数なところが、よけい気になるような・・・。
「その顔見たらわかる。いくらなんでも、部活なんだから変なことが起こるわけないだろ。」
笹本があきれた顔をする。
そばに好きな相手がいても、大丈夫なのか?
「そりゃあ、好きな相手が近くにいると思うと、落ち着かないけどな。ははは。」
・・・俺の心の声が聞こえた?
笑っている笹本を見ていたら、なんとなく心穏やかではいられなくなってきた。
「でも、プラネタリウムはデートにはいいところだぜ。藤野も行ってみたらいいよ。」
なんで俺が?
よくわからなくて笹本の顔を見る。
「チア部の篠田と付き合ってるんだろう?評判になってるよ。」
なんて言った?付き合ってるって?
それって、“友達”とは違うような・・・?
それとも、友達だけど、違うのか?
驚いている俺を、笹本は、秘密がばれてびっくりしていると思ったらしい。
「チア部の女子は注目度が高いから、彼女にするとすぐうわさが広まるよ。」
ってことは、うちのクラスでも?
“友達”じゃなく、“彼女”ってことで?
なんだか罠にはまったような気がする。
確かに、可能性がないわけじゃないけど、まだ決めたわけでもない。
混乱する俺を勘違いしたまま、笹本は先にバスを降りて行った。
どうしよう?
でも、“どうしよう”って、何を?
罠から抜け出せないような気がするのは何故なんだろう?
・・・ぴいちゃんと話がしたいな。
急に、そう思った。
もう何日くらい話していないだろう?
落ち着いて、ほっとする雰囲気。
まじめな顔をして冗談を言ったりすること。
きれいなノート。
「ぴいちゃん」のマーク。
困った顔、驚いた顔。
黒目が大きくて、まつ毛が長い目。
忘れていたわけじゃない。
本当はいつも気になってる。
でも、・・・きっかけがない。
“友達”は、いつまでも“友達”でもいいのだろうか・・・?
翌日、朝練に遅れてきた岡田の様子がおかしい。
なんとなくそわそわしている。いや、ニヤニヤしてる?
「なんか、お前、変だぞ。何かあった?」
制服に着替えながら尋ねると、岡田は「わかる?」と言って両手でニヤケ顔を隠した。
気持ち悪い・・・。
「今朝さー。」
2年みんなで校舎へ向かいながら岡田が嬉しそうに話し出す。
黙っていられない、という様子がありありとわかる。
「寝坊して、いつもより遅いバスに乗ったらかなり混んでてさあ。」
それは、雨が降るとよくあることだ。
岡田は駅から乗ってくるんだっけ。
「俺はどうにか吊り革につかまったんだけど、真ん中の通路も人がいっぱいで、その人たちは天井のバーとかにつかまってるだろ?」
俺もよくやる。
「そのバス、交差点で急ブレーキ踏んだんだよ。スピードは出てなかったけど、バスって立ってると安定感ないから、俺たち『おっとっと』って感じになって。」
ああ、わかる。その感じ。
「そしたらさあ、いきなり後ろから、肩にかけてたバットケースを思いっきり引っ張られて、振り向いたら吉野だったんだ。」
え?
「吉野って小さいから、真ん中の通路にいるとどこにもつかまれなかったみたいでさあ。急ブレーキで転びそうになって、慌てて目の前にあるものにつかまったらしくて。俺の顔を見て、びっくりして手を離したら、態勢が悪くてまた転びそうになっちゃって、腕を引っぱってやったんだ。」
なんとなく、話の先が読めてきたような・・・。
「で、バスが揺れた隙に俺の前に入れてあげたんだけど、混んでるからけっこうぴったりくっついてるし、彼女、耳まで真っ赤になって、ずっと下向いてて。それを見てたら、なんだか“やられた!”って感じでさあ。思わず肩を抱き寄せたくなっちゃったよ。」
おいおいおい!
危ないヤツだな。
「『ありがとう』って言われたんだけど、その恥ずかしそうな言い方がまた“ズキューン!”って感じで・・・。」
そう言って、岡田は大げさに胸を押さえる。
なんだか・・・感心する。
こんなに素直に言い切れる岡田が。
あきれる感じもするけど。
ほかの部員が笑い出す。
中には「今度、見に行ってみようかな。」なんて言い出す輩もいる始末。
それは、なんか、いやだな。
「藤野。なんだよ、その心配そうな顔は。もしかして、妬いてる?」
俺、そんな顔・・・してた?
「や、別に。」
「自分が一番仲良しだって、思ってたんじゃないの〜?」
「そんなことないよ。」
「だよな!お前には篠田がいるし!」
周りのヤツも「そうだよなぁ。」とうなずき合っている。
そんなふうに決めつけられるのは嫌だ。
篠田とは友達だ。
でも、ぴいちゃんとは?
友達じゃないのか?
「岡田は神谷ねらいじゃなかったの?」
横から映司が口を出す。
「神谷は神谷で魅力的だけど、吉野にはまた別の可愛らしさがある。」
「何それ?」
「それに、神谷はライバルが多いけど、吉野は目立たないから、今のうちなら大丈夫かも。」
なんか失礼じゃないか?
それに、今のうちに何をするつもりなんだよ?
「去年も同じクラスだったのに、全然知らないも同然だったじゃないか。そんなにいきなり変わるもの?」
「だって、かわいかったんだもーん。俺も“ぴいちゃん”って呼んじゃおうかな〜♪」
・・・軽いヤツ。
でも、ちょっとうらやましい。