ぴいちゃん
びっくりした。
今どき、あんな子がいるなんて。
文学少女?
周りではしゃいでいるクラスメイトの声はまったく気にならないように、静かに本を読んでいる。
長い髪はうしろで一本の三つ編み。
女子の制服の紺色のブレザーと白いワイシャツはみんなと同じなのに、なんとなく大人っぽい雰囲気。
4月の朝の教室。
俺たちは3日前に高校2年生になった。
4日目になって、やっと気付かれるくらい目立たない子。
名前、何だっけ?
友達いないのかな?
窓側のうしろから2番目の席で本を読む彼女。俺はその2列右の一番後ろ。
俺の周りにも仲の良い友人が集まって話をしている。
その会話を続けながら、窓辺の席で本を読んでいる彼女に注意を向けている俺。
「ぴいちゃん、おはよう。」
すぐ後ろから声がした。
“ぴいちゃん”?
呼んだ方は知ってる。
同じ中学から来た和久井夏海だ。
きりりとした姿勢のよさは演劇部だからかな?日本人形のように髪を切りそろえている。
和久井は俺の後ろを抜けて、あの文学少女に近付いた。
「あ、なっちゃん、おはよう。」
文学少女があいさつしてる。
彼女が“ぴいちゃん”なのか?
なんか、全然ミスマッチだけど?
和久井が文学少女の後ろに座ると、2人は親しげに話し始めた。
ふうん。
ああやって話しているところは普通だ。笑ってるし。
和久井もそれほど目立つ方じゃないよな。しっかり者だけど。
目立たない同士の仲良しか。
出席をとるとき、先生が呼ぶ名前を注意深く聞く。
「吉野」
「はい。」
吉野さんか。
でも、なんで“ぴいちゃん”なんだろう?
高校生になって、名前と関係のないあだ名って、あんまり聞かないのに。
そのあだ名と彼女の落ち着いた大人っぽい雰囲気のギャップがなんだか気になる。
理由をきいてみたい。
それからなんとなく吉野さんが視界に入るようになって、彼女は真面目な生徒だとつくづく感心した。
授業で先生に指されても、きちんと答えられる。
英語と古文は予習してきている。
宿題はちゃんとやってくる。
制服は着崩したりしない。
遅刻もない。
大人っぽく感じるのは、いつも穏やかな表情だからだろうか。
一番印象的なのは、国語や古文の朗読だ。
彼女の落ち着いた声と自然なイントネーションの朗読は、いつまで聞いていてもいいと思った。
でも。
授業中に寝ていることがある。
今どきの高校生には当たり前の行動だけど、彼女が寝ているのはなんだか変な感じがする。
予想外だったからかもしれないけど。
机に伏せて爆睡しているヤツと違って、彼女は周りに気付かれないようにシャーペンを持ったまま寝ている。わざとじゃなくて、いつのまにか眠っちゃってるだけなのか。
でも、頭がふらふらしているから、寝てるのはバレバレだ。
数分後にハッと目を覚まして、さっと周りを見たり、あわてて黒板を写したりしている。
それから少しすると、また眠り始める。
吉野さんが寝ていると、彼女を見ている俺は逆に目が冴えて、それがいつも日本史と生物の授業だということに気付いた。
半月もすると、クラスの人間関係が固まってくる。
男子はそれほどグループが固定しないが、女子はくっきりと分かれているのがわかる。
うちのクラスにはチアリーディング部の女子が何人かいて、彼女たちを中心にした7、8人がムードメーカーになっている。
中でもリーダー格は、男子のあいだで可愛いと評判の神谷さんだ。
明るい声でよく笑うし、男子ともふざけたり、よく話す。
男子の中には、彼女たちの取り巻きみたいなヤツも何人かいる。
そのグループがクラスの中心みたいなものだ。
それから、彼女たちと相容れないグループ。
対抗しているわけではないが、接点がないんだろう。
背の高い青木さんを中心とした6、7人で、結束が固い感じがする。
そして、どちらにも属さない和久井・吉野ペア。ほとんど存在感がない。
2人ともしっかり者に見えるから、グループでつるまなくても心配ないのかもしれない。
でも、クラスに馴染んでいないわけじゃなく、青木さんのグループとはよく話している。
吉野さんを「ぴいちゃん」と呼ぶ人も増えてきた。俺には相変わらず、そのあだ名の違和感が消えないけど。
今年は秋に修学旅行がある。
班ごとの活動が多いから、誰と同じになるか、そわそわしているヤツも多い。
男子の人気が高いのは、もちろん神谷さんとその周りの女子。確かに、一緒になったら楽しいだろう。
俺も話しやすい人と一緒になれればいいとは思うけど、特に具体的な希望はないかな。
クラスの雰囲気がわかってきた4月の下旬、LHRで文化祭と修学旅行の委員を決めた。
うちの学校は二期制で、9月の期末試験のあとに文化祭2日間と体育祭1日が連続である。お祭り騒ぎの3日間だ。
経緯はよくわからないまま、俺は神谷さんグループの高橋さんと2人で修学旅行の委員になってしまった。面倒だけど、仕方ないか。
あまった時間で席替えをしたいと声が上がった。
担任は俺たちに干渉しないタイプで「いいよ」と言い、そのまま全部の席に番号がふられ、くじが作られる。
くじが入った紙袋を持って回る担任を目で追っていると、不安そうな顔をした吉野さんが目に入った。あんな顔をしているのは初めて見た。
確かに、仲のいい友達が少ないと、席替えは不安だろうな。
席替えの結果、俺は窓際の前から2番目。吉野さんの後ろの席だった。隣は同じ野球部の岡田。
新しい席に着くとき、吉野さんに小さい声で「よろしく。」と言われた。
礼儀正しい人だな。
部活へ向かう途中、たまたま和久井と一緒になったので、思い切って尋ねてみた。
「吉野さんて、どんな人?今度、席が近いんだけど。」
「ぴいちゃん?おもしろい子だよ。ちょっと人見知りするけど。」
おもしろいって、居眠りするとか、そういうことなのか?
「しっかり者なのに、少し天然なところがあるんだよね。親切にしてあげてね。」
「なんで“ぴいちゃん”なの?」
「小学校のころからずっとだって聞いたよ。じゃあ、お先に。」
和久井が話してくれたことだけでは、何もわからないのと変わりがないや。
学校の行事をなぞって行きますので、ちょっと長くなるかもしれません。
ちゃんと書き上げられるように頑張ります。