8. 思わずだったのは。
「白界にいる間はお前の世界の時は流れていない。正確にはお前が世界を抜け出した時点でお前は世界と切り離され戻る場合は切り取られたのと同時点に送られている。したがって時間を操作しているわけではないため時間軸の移動は不可能だ。お前が他の世界へ移動する際は白界との繋がりが残されたままになるためその地での時間はお前自身に影響を与えない。またお前自身が時の影響を受けない限りお前の世界の時間も変化することはない。結果お前は他の世界で受けた身体的変化を蓄積することはないが精神的経験や記憶等は意識には時間が関与しないためお前の世界へ移動後も保持することができる。しかし白界を経ずに世界を渡った場」
日々休まず大量生産を成し得るベルトコンベアも真っ青の、見事な流れ作業。素晴らしすぎて、私ごときには言葉も意味もダダ流れだ。
私、知らなかったよ。読点って日本の宝だったんだね。考えた人、えらい! えらいよあなた! えらいから、この完全にご機嫌ナナメでそっぽ向いて機械音よりも抑揚のない呪文を唱えてる竜様の尊いお言葉にも、是非つけてやってくださいまし!
メモしようと慌てて持ったペンも、もう持っただけ。それどころか、揺らしてくねくねさせて遊んじゃうからね。
お~い竜様、速いよそんなの聞こえないよ! なぜなら君が、聞かせる気微塵もないからねっ! 聞かせる気がない奴の話は聞かなくてもいいって、お母さん言ってたっ!
時を遡ることしばし。
額への家族の挨拶に、白磁の肌を真っ赤にさせた壮絶美形人型の彼ことセイは。
何故か突如、座っていた椅子を一瞬で粉砕しながら壮麗宝石竜に変化した。……ちょっと、潰されて死ぬかと思った。
それからは、上機嫌で透明真珠の体全体をなんとなく桃色に染めて尾を振る竜(なんやねんそれ、可愛すぎるやろ。殺す気?)にくっつかれながら、どことなく減ってきた小腹を満たすため、料理を作りはじめた。
裏の厨房をお借りし、あのバターの利いたふわとろオムレツは私には到底できそうにないので、いっそのことまったく違ったリゾットをかき回していると、視線の端で嬉しくて仕方ない犬のように揺れていた尾が何かを思いついたようにぴたりと止まった。
不思議に思って見つめれば、苦々しげに額に皺を寄せたセイ様と目が合った。
「マナカ、確認だが。…………お前の言う家族は夫か?」
うん、そりゃあ「は? なんで?」って思わず言っちゃったのは悪かったと思うよ。
確認だ、って言ってたんだし、突然だったとはいえ、私がまさかそんな誤った解釈をしていないか苦悩顔してまで心配してくれた優しさに対して、もっと愛情のある当たり障りのない返事をする努力をすべきだったことは、反省しています。
だけどね、竜様。
だからって、厨房の壁をぶち破って外に飛び出し、追いかけ謝る(ちょっと壊したこと怒ったけど)私にばっちり背を向け無視して、竜の世界の説明音を出し続けて抗議するって、あなたそれ偉い竜様としてどうなのかな。
「次に各世界の竜についてだか先程説明した通り世界によって竜が置かれる状況や文化環境竜の持つ考えや価値観と竜癒の存在について既知であるか否かは異なるがおおよその共通事項はある。一つ〈竜癒〉が癒すべき竜は各世界に一つ。二つ〈竜癒〉は触れた瞬間に癒すべき竜がわかる。三つ癒された竜は己と〈竜癒〉の存在を理解した後絆を結ぶことで世界を越え〈竜癒〉と交信可能だが絆を結んでいる間は〈竜癒〉が存在する世界の時間が少なからず影響する。四つ直接的なあらゆる竜の攻撃に対し〈竜癒〉は傷つくことはなく食事の必要性も基本的にはない。万一白界と絆が薄れ病や疲労に陥った場合も白界に戻れば治癒される。間接的な攻撃に対しては無力だが、我の力を受けていけばその範囲ではない五」
やった、項目の数を言った後は、切れ目がわかってかなり聞き取りやすいぞ!
慣れもあるだろうけどね。ぶちぶち文句を言いながらも、これでも頑張って耳を澄ませていたんだから。
メモも、すらすらと進んでいる。しかしこのスピードについていくためには、字の汚さは掻き捨てだ。
とにかく今は得られる知識を全て吸収しなければと、私はさらに耳へと意識を傾けた。
「つ竜は愛する者が長時間離れそれが許容を超えた場合結果として命を落とすことがある。六つ竜」
え、なんだって?
* * *
――――焦がれ続けた。
焔の如き想いが魂を焼き尽くす苦痛にも、気づかぬままに。
時の流れぬこの白の世界で、覚醒し我が〝我〟となったその狭間から。
ただひとつ求め続けた、我だけの〈竜癒〉。
願いの果てに時が満ち喚ぶこと叶った〈竜癒〉は、我の鱗の上でわたわたと暴れ後ろへと倒れた。
人が落ちれば命はない高さに、恐れに硬直しながら右腕の全てに不可視の防護壁をかけた。尻を着く際硬い我の鱗に強く当たらぬようにもした。
しかし、〈竜癒〉は両手で顔を覆っている。
そのような所を打っただろうか。しかしこのか弱さでは、苦しんでいるかもしれぬ。
そう思った時、胸が張り裂けそうになる痛みと〈竜癒〉が小さき手で我を撫でるのを感じた。
慌て傷はないかとよく見つめたが、顔が幾分赤いばかりで損傷はないようだ。それでも不安が拭えずにいると、〈竜癒〉は俯き、我の鱗を大きく目を見開き凝視し確かめるように触れた。
我に、触れている。
業火のような焦がれしか知らぬ我は、溺れるような喜びを初めて知った。
〈竜癒〉が、少しづつ顔を上げながら、我の腕から肩、首へと視線を上げて。
余りの喜びに、色づいてしまった我の瞳を見つめた時。
「京都タワーって、これくらい……だっけ?」
〈…………京都タワーとは、何だ〉
我知らず、問い返してしまった。
竜様視点の出会いです。まだこの時は、少しだけ口調が違います。
実は思わず、でお互い会話をしていたふたりでした。