7. 我が家の挨拶は。
愛しのお嬢様方、御機嫌よう。マナカです。
突然ですが、私は今不思議な状況にいます。あ、そうだ。暇だしせっかくだからクイズ形式にしてみよ。
いち、私は今身動きがとれません。
に、 体にはあるものが巻きついています。
さん、竜様が大いに関わっています。
はい、もうおわかりですね。 答えは、「自分が聞いたくせになぜか私の答えに不機嫌になった竜(現在人型)に羽交い絞めにされているから」でした~。
え? なんでそんなに落ち着いているかですって?
いやぁ~~、それには花も恥らう乙女にはおおっぴらにはできない深い理由がありまして……。
えっ?! いやいや、人型竜様がギャップをねらって非常に可もなく不可もない顔だったからでも、私がどんな美しい顔でも竜じゃなきゃ論外というヘンタイだったからでもなく……って、お嬢様。あーたそれどんな読みですか? けれど……いい。そのヒネちゃった考え大好物よ!
ん? ほんとのところ? ああ、美形だよ? さらさらと首までかかる透明真珠の髪に、涼しげな虹色ウォーターオパールの瞳、白磁の肌に通った鼻筋と厳かな口元という完璧な顔のパーツたち、長すぎて私の周りを二周するんじゃないか心配になる美しい四肢、アポロンの像よりも美を極めた肩や腹といった体(白いだぼだぼ上下を着ているから腹は見たわけじゃないけど。……ごめん、ただの間違いない推測です)、そして何より思わず平伏しちゃいそうな神々しい雰囲気の、人外級超絶美形だよ?
だけど、私はもともと彼を形というより「存在」でとらえていたから、人になったことにはそこまでの衝撃はなかったんだ。 あれ、お嬢様も? 「130メートルの竜が小型の象くらいになった辺りから、そうなるだろうとは思っていた」? おお~~、やるねぇ~~。伊達に乙女小説読んでないわよってか?
ふっふっふ、じゃあ次で決着を決めようじゃない。
問題よ。今までまともに好きな人さえできず彼氏もいなかった私が、カンガルーの子供か、招き猫に踏まれた小判か! っていうくらいのこの体格差で巻きつかれることに慣れているのは何故でしょ~か?
え、早っ! 即答?! しかも当たってるしぃ。くっそぉ~~敗北感……。
はいはいそうですよ、噂の殿下ですよ。 でもって答えを正確に言うと、「実の親に捨てられた夜に一人で寝ていたら強盗に殺されかけたトラウマのある幼馴染殿下がうちに来たての頃一人だと眠れず不眠症で、私を含めた子供三人のベッドを巡回した所、恥ずかしがり屋ですぐに目を覚ましてしまう妹と、体重の乗った素晴らしい足技を繰り出す寝相の弟が選択肢から消え、私の隣に定着しやがった西洋文化圏の奴のせい」だね。
え? 前半結構ハードな理由だねって? うん、そうだよね~~。今も左肩から背中にかけてざっくり傷が残ってるくらいだからね。トラウマも完全には治りきってなくって、特に襲撃された日曜日の夜は未だに眠る前、すごく寂しそうな不安そうなお別れするみたいな顔をする。で、次の朝。隣りに私がいることが夢じゃないのを、ごつい腕でシメ技を使いつつ、俯いて目を閉じ額をすり寄せて確かめる。ああ、うん。わかってる。いい年した男女が、本当の家族でも恋人でもないのに、異常だよね。
だけどね。 夢じゃないことがわかると強張っていた体から力を抜いて、心底ほっとしたような、切なげに祈るような表情をするのを見ると。
私は、そんな汚名くらい喜んで着てやろうと思うほど、守ってあげたくなるん
「何を考えている」
ぎゃっ! 首っ! 首がごしゃってなった! ごしゃってなったよ、お兄さん!!
なにぃ?! きみ、急になにするのぉ?!!
「お前……何を考えていた……?」
椅子に腰掛けた竜様の上に横座りにされた上に羽交い絞めも決められたまま放置され、意味がわからずぽかんとするのにも飽き、得意の妄想で話し相手を作って一人遊びで時間を潰していた。そんな私の顎を大きな手で掴むと高速で自分の方へ向けた竜様は、大事なことなのか二度同じ質問をし、……かなりご立腹のようだった。
うん、意味がわからないよね。全体的に。
「なにって、いろいろだけど……。え~~、なんか……ごめん? でも他にすることないし。って、こらこら。いくら私が西洋人並みにスキンシップが多い家で育ったからとはいえ、そんな目にばっかりキスされるのは流石に……。わ、わかった。理由を聞くから、ね? 教えて? なんで無言で膝に座らせてたの? わっわっ、待った! ほんとわからにゃひんらって! らから、ほっへたつははないれ! ……ぷっはぁ。な、何なの一体。くっ……わからないこと自体がムカツクってか。ってやつか。弟妹の反抗期以来の苦戦だわ……。え? ううんなんでもないよ。ふぇ? いや、他のことなんか別に考えてな…………あ」
しゃべればしゃべるだけ墓穴を掘っている自覚があるも、話さなきゃ状況は改善されないしというパラドックスのただ中にいた私は、ようやっとこの意外と単純だった答えに気づいてぽんと手を打った。
ああ、なんだ。
「他の人の話をしたり考えてばっかりだったのが、嫌だったのね」
誰だって、一度は経験する感情だ。私だって知っているし、私が親友の家に入り浸った時にはそれで弟妹の反乱にあったものだ。ああ……あの時の幼馴染殿下の策士振りと完璧なる指揮は……おっと。
今は。そんな自分の感情にたった今気づいたように瞠目して驚愕している竜様のことだけ考えよう。
私は回された腕の中、全身で上へと伸び上がった。それから、まだこぼれそうに開いている七色の瞳の上、かかっていた真珠髪を左右に避けて真白の額にそっと唇を押し付けた。
お詫びとそれ以外の気持ちを込めて。
「これが、我が家の挨拶。もう、私にとって貴方も大事な大事な家族だからね、セイ」
うげこれはひどいの方、いちお見てやってんぜの方、暇つぶしの方、まぁ悪くないよの方、十二時過ぎ待機してくださる奇特な方、評価してくださる方、お気に入りにしてくださる方。
そうそう、あなた様のことです。
あっ、あっ、ありがとうなんて、すっごく思ってるんだからぁーー!!!