5. 雄叫びを上げたのは。
書き直しました。再。
私たちが生きるこの場所以外にも、たくさんの世界がある。
その様は多種多様で、いろんな生き物がいたりいなかったり、魔力や念力やその他のエネルギーがあったりなかったり、肉体などの活動の器さえなしに存在出来たり出来なかったりする素晴らしい千差万別ぶりが、当然のこととして許されている。
そしてその無数に存在する世界を、〝竜の有無〟という篩にかけた時。
残った約128万6700の世界を統べているのが、私を喚んだ竜。
* * *
●「竜癒」とは、世界を渡り竜を癒し導いて、選ばれた世界の竜を救う存在。(地球から選ばれることが、今の所最も多い)
●「統べる竜」とは、竜癒になる者と救うべき竜の世界を選出し、その召喚と補助を行う存在。
●代々いろいろな人(救う竜の世界に合わせて人でない場合もある)が竜癒として選ばれており、今回選ばれた私が行くべき世界は、まさかの三つ。
●世界によって、竜が置かれる状況や文化・環境、竜の持つ考えや価値観は異なる。竜癒の存在を知っているか否かも。(重要! 私が行く世界についての情報を、後でまた聞く事)
●竜の力は、魔力念力等の目に見えないものから物理的な接触に至るまで、私に害がある場合は無効となる。(え、何それ。試してみたい) 例外もある。(危なっ!)
●この白い世界は、統べる竜と竜癒のためのもので、私が世界を渡る際には必ず一度ここへ戻る必要がある。
●竜の数え方は、一つ、二つ、三つ……。(トリビア!)
とりあえず。
〝自分はなぜここにいるのか〟〝貴方の役割はなんなのか〟思いつく順で質問を繰り返し、その答えを箇条書きにしていった結果、こんな感じになった。ちょくちょく、豆知識やら感想やらが混じったりしているが、どうぜ私しか読まないし、後で読み返した時こういうのがある方が好きなので問題はない。
そして今までの楽しげな雰囲気から一転、深呼吸を繰り返し心を鎮め、ぐっと腹の底に力を込めて覚悟を決めた私がたった今問うたのは、 〝癒しに失敗すれば、どうなるのか〟
「失敗は起こり得ない」
最悪の結果を覚悟して息を詰めていた体から、ほんの少しだけ力を抜いた。未だ体に巻きつく尾を撫でて、私の気持ちを読み取るように瞳を覗き込む竜に笑顔と共にその続きを促す。
「お前は、竜癒だ。存在そのものが、竜を癒す。さらにお前が行く世界は、お前という存在が関わることで事態の好転が成されるからこそお前を必要としている。……お前が心配するようなことは何もない」
静かに、統べる竜は言い切った。そんな彼の言葉に、嘘はない。
けれどこの質問までは淡々と答えていた竜が、答えに刹那戸惑ったのを私は見逃さなかった。
そして、見る間に感情豊かになってゆく彼の、私を思うが故の気遣いが滲む目も。
だからこそ、私は受け入れなくてはならない。
「わかったよ、ありがとう。だから、もしも…………もしも、失敗したらどうなるか、教えて」
私のためにたくさんの感情を覚えて変わろうとしてくれる存在のために、これから出会う、かけがえのない存在になるだろう竜たちのために、私は自分がすることの結果とその責任をちゃんと受け入れなくちゃならない。
だから教えて、私の竜。
「……万が一失敗すれば、時間の長短はあるものの、いずれその世界の竜は滅ぶ」
痛みと恐怖を共有するように、苦しげに彼はつぶやいた。
ありがとう。 やさしいやさしい、大事な竜サマ。
でもね。大丈夫。私、そんなに弱くないよ。
「……わかった。なら、どういう状況がその万が一を引き起こす原因になるの?」
「…………、お前がその世界の竜を救うことを諦めた時だ」
すんなりと「滅ぶ」という言葉を受け入れた私の答えにぽかんとした竜を撫でて、私は笑った。
「――――なら、そうならないように努力しないとね」
暗いことばかり考えても、私しか出来ないなら、やるだけ。
これからもっと愛しくなるだろう竜たちを放って逃げるなんて選択肢は、もとより私にはないのだから。
そう。だから。 恐怖も不安も戸惑いも怯えも、引き連れて。 私はやれることを、やるだけ。
「あ、でももしも救う世界の竜が億単位でいたら、どうやって全部助けるの?」
腹を据えた私を眩しそうに見つめていた竜は、包みこむように長めの首を動かし額を私の首元へ当てた。
それから、ふわふわと満たされたような甘い声で、問いへの答えを歌う。
「心配するな。お前が癒すのは、その世界の竜の未来を良い方へ向けることのできる竜、すなわち〈――――〉だ。結果、その竜一つを救うことですべての竜を救うことになる」
あれ。なんだろう、今の言葉。聞いた瞬間いくつかの言葉が浮かんだけれど、どれも当てはまるようでいて、どれもしっくり来ない感じがする。
〝大切・きっかけ・要・未来・結末・主・開花〟 それから……。
「〈――――〉が聞こえないか?」
頬に手を添え、知っているのに思い出せない答えのようなもどかしさに悶々としていた私は、申し訳なさに俯き頷いた。
「ごめん……」
「いや、問題ない。実際に〈――――〉に会い触れることでその本質を理解すれば、明確に言語化されるだろう。我はお前が持つ言語で話しているが、本来は言葉を持たず存在そのもので交信する。お前には〈竜癒〉は〝竜癒〟と聞こえているだろうが、それはお前の意識がその存在の本質をお前の価値観に当てはめた結果だ。三百八十二代前の日本の女は、「竜慰者」と呼んでいた。……お前にとっては、慰めることよりも癒すことの方が大切なのだろう」
確かに、私は〝慰めと癒し〟は別のものだと思っている。例えばもしも私に何かできるならば、誰かにとって慰めよりも癒しとなれる事の方が何十倍も幸せだ。本当に、難しいことではあるが。
「そっか……そうだったんだね。じゃあ、一つ目の世界で目的の竜に触れればわかるようになるのね。了解です! よし、なら次の質問っ」
優しい竜の言葉に応えて元気になった私は、シリアスも吹き飛ばし笑顔でペンをくるりと回してさっきまでの質問に戻った。
それに安心したようにふわりと笑って、彼は小さく頷く。
「え~っと、向こうに帰るにはどうしたらいいの?」
「…………………………帰るのか……?」
うん、溜めたね、たっぷり。
てか満足げだった様から一瞬で、その寂しがり屋の子犬のようなオーラをどうやって出した! 日本刀だって鱗で折れる厳つい羽根付き西洋ドラゴンのくせにぃいい!
駄目、駄目よ愛歌。惑わされては駄目。 たとえ、私を包んでいる尾っぽがものすっごくぷるぷるし出していたとしても、「あ、じゃあ今晩くらいなら泊まっていっても……いっかな」なんて、許しませんよ!
そんな朝チュン前によくある展か…………あ、ちょっと冷静になった。
あまりの自分の阿呆さにいささか引くことによって落ち着きを取り戻した私は、首をのばして擦り寄ってきた竜様の喉元をあやすように指先でくすぐった。
もちろん、私だって竜様が嫌で離れるわけじゃない。けれど弟と二人暮らしアンド家事担当の私は、夕方にはばっちり帰らなくてはならないのだ。まだまだ聞きたいことも、考えなくてはならないこともたくさんあるけど、家にだってやることはある。
まずは、それをちゃんと伝えないと。
「うん、とりあえずそろそろ一旦家に帰らないと。お夕はぁああ!!!」
「っ! なんだっ?!」
耳元で突如奇声を発せられ、美の権化のように壮麗な竜は怯えたようにびくりと身を竦ませた。けどいま、そんなの知らん。
「なってこったい、お夕飯の買い物、まだしてないじゃん! 忘れてるじゃん! 昨日家にあるもの食べ尽くしちゃったのにぃいい!」
ああ、変な量残っていたお肉も野菜室の珍妙な残骸(これは決して私のせいではない)もきれいさっぱり使い切って「おっ、財布の小銭が丁度なくなった!」的な快感にうっとりしていた昨日の私を罵りたい。何か、残しとけぇえ! ああ、あとバスで今日の献立考えるのもしてな……で。
「で、でででで……」
でででで。
「で?」
おっと、顔がすーすーする。私知ってるよ~これ。血の気が引いて顔が青くなると、こんな感じになるんだぁ。
あと、「で?」って聞き返しながら首をかしげた竜様、君、ちょーかわいい。
「でんかぁーーと待ち合わせぇえええ!!!」
マナカ、ほんとはしっかり者のはずなんだけど……。
最強の幼馴染(通称、殿下)は、いつ頃登場できるだろう?