4. その口づけの意味は。
この作品が、少しでもあなたさまに楽しんでいただけますように
まず、生えたものには丁重にお帰りいただきました。
それから、突如彼が起こした暴挙にその目的をやんわりと問いただした所、私の住む場所が必要だと思ったとのこと。彼が使った〝住む〟という言葉に「え、一旦帰ったらいいだけじゃないの?」とも思いましたが、この〝私と彼とあとは真っ白な床がどこまでも続くだけの世界〟には確かに椅子やら机やらの生活感ある場所は必要だろうと、お茶や軽食を作れる規模なら何がいいのか私は悩みはじめておりました。
しかし、私の竜様はこんなことを聞いてくださったのです。
〈ではお前が、そちらの世界で好きな建物はなんだ?〉
反射的にぱっと思いつき、「あ、ヤバイ」と思った時にはもうアウト。地面からずるずるとモン・サン・ミッシェルの上にシャンボール城を乗せたような、敬愛すべき名立たる世界遺産が大変お労しい姿で生えてしまっておりました。
てか、世界一好きな場所と今一番行ってみたい場所を二つ同時に思い浮かべたとはいえ、私の頭の中は一瞬でもこんなことになっていたのだろうか……。お願いだから違うと言って、竜様。
超巨大竜の身長さえいくらか越えたその建物に「こんなのどうやって使っていいかわからない。むしろ、使用不可能に思われる。うちの家くらい小さなものに変更を希望したい」とは口が裂けても言えず。
だってこの竜様、私が好きなものをあげたくて仕方なかっただけなんだ。
ちなみに中は、〝実際に行った事がある場所とそうでない場所〟〝ゴシックやその他いろいろ様式とフレンチ・ルネッサンス様式(幼馴染殿下から説明を受けたがほぼ忘れた)〟が混ざり合っていたため、なんかよくわからんことになってましたとさ。
* * *
「紅茶にお茶菓子、塩気のつまみ。あと、忘れないようにメモ用紙。これでゆっくりと話せるよね。じゃあとりあえず……え~~、私から自己紹介を……」
カオス城のモン・サン・ミッシェル的な下部の入り口近く、何度か食事をいただいた見覚えのあるおばあちゃんの絵が描いたレストランに懐かしさを感じ、移動先に決め。
私が人の相談に乗る際できるだけ用意する黄金の三点セット(気分と嗜好により紅茶を珈琲へ変更も可)を、物は揃うも誰もいない調理場を異常に申し訳ない気持ちになりながら使用し用意して。
正直現状についてまる一日質問していられる程聞きたいことは山積しているにも関わらず、人に身の上を聞くならまずなんとやらの精神で誠意を表そうとしていたというのに。
「お前について、我がお前から聞くべきことがあるとは思えんが」
私の誠意真っ二つ! いやいやその前に、乙女として聞き捨てならん、ならんよそれっ!
お城に入るため小ぶりの象くらいに小型化して、その口で直接話しはじめたと思ったらあーた、いきなりそれかい!
「……そんな顔をするな。我はお前を悪い様にはしない」
「知ってるけどそれとこれとは別なの! 自分だって〝げへへ、竜ちゃん。お前のことは俺の方がよく知ってるんだゼ〟とか言われたらヤでしょ?!」
「我はそんなことは言っていない……」
椅子に座った私を上から見下ろしながら、不満そうに尾を揺する。あ、駄目駄目、椅子が飛んでくからじっとして!
天井だって彼にとってはぎりぎりでとても窮屈なのはわかるが、例え本物じゃなくても私には思い出の場所。ぶんと振られた尾の前に慌てて飛び出し、叩き伏せられそうになった椅子を両腕で庇った。
とたんに、ぴたりと彼の全身の動きが止まる。
「わかった、わかったから落ち着いて。私もなんで知ってるのかとか目的をちゃんと教えてくれたら、もう怒らないかあわわ!って、何っ?!」
こういうことは折り合いが大事と私の折れ所を提示していたら、抱きしめていた椅子ごと大きな尾っぽに包まれた。それは卵にだって傷もつけられないような優しい力なのに、重い木製のアンティークチェアと仲良く引き寄せられてずるずると移動した。
「お前は、その椅子が大事か」
彼の前足の間まで来ると、真上から至近距離で覗き込まれ突然真剣な瞳で問われた。
よくよく考えずとも、林檎が好きか嫌いかといったような取り留めのない問い。しかしその結果が後に、ばっちりと功を奏したり奏せなかったりするんだけど。
とにかくこの時私はなぜかとても重要なことを聞かれている気がして、一気に動揺も非難も収まってしまい、ただ素直に答えた。
「うん、大事だよ。 とても、大事」
それに竜はこくりと頷き、言葉を胸に刻むように静かに答えを返した。
「……そうか。ならば、我もお前が大事にするものを守ると誓おう。その代わりに、お前も我の大事なものを損なうな」
「――……わかった、約束する。貴方の大事なものってなに?」
彼が守ると言ったら、全力で守るだろう。それがわかるから私も、その誓約に応える覚悟をもって問い返した。けれど、人がこんなに真剣に聞いているっていうのに、竜様はゆっくりと口の端を釣り上げて。
小さく笑って、私の瞳に口づけた。
何度も繰り返されるそれは、何事かと思いつつも真剣に答えを待ち続けていた私が痺れを切らして美しい鱗に覆われた顔を両手で挟んだことで、止められるも。
〈お前だ、愛歌〉
生まれて初めてのシンプルかつ真っ直な愛の言葉に撃沈した私には、〈だから、もう振るう尾の前に飛び出すことはするな〉という戒めは聞こえていなかった。
そして。 閉じた瞼さえ真っ赤に染まった私に降り続いた〝瞳へのキス〟の意味が、彼という竜にとって求愛であることは、ずっと後になってから知ること。
次回も、19日へ日付が変わって10分以内に更新したいと思います。
末尾ですが、あなたさまがお読みくださることが、私の更新力の礎です。
心からの感謝を。
君祈