3. 地面から現れたのは。
〝 触ってもいいですか 〟
うん、言っちゃったね。言っちゃったよ?私。
でもそれはもう取り返しがつかないことは、小娘とはいえ生きた約二十年間でわかってるから、もういい。死ぬまでに一度は見れたら良かったのになと願っていた竜が目の前にいることに箍が外れ、ちょっと畏まったお触り希望をして私の変態ぶりがバレてしまったことも、もういい。
もういいんだけど、ただなんかさっきからやたら目がおかしいんだ。
遥か上空にあった竜の頭が。気づけば、大きくなってるんだよ。
しかも、頭は、どんどん膨らみ続けて……。
あ、違った。
なあ~んだ。そりゃ、そんな馬鹿なことが起こるわけないよね。
ほら、ただ近づいて来てるから異様に大きくなってるだけじゃん。
遠近法だよ、遠近法。絵を描く時にも使われる技法さ。あ、そうだ。ねぇねぇ。
―――― これって、大丈夫なの?
高級オパールの瞳は、まだ手も遥か届かない距離だというのにもう巨大なステンドグラスのように大きくなっていた。己が触りたいと願ったから近づいてきてくれていることに、完全恐惶状態に陥った私は気づかないという大変な身勝手さを発揮し。
けれど、潤んだ鏡のようなその瞳に私の全身がはっきりと映し出された時。
まるで、冷たい宝石などではなく生きているということを証明するかのように虹彩が七色にゆらゆらと輝きはじめ、それがあまりにも美しすぎて夢か幻かわからなくなった私は。
その存在を確かめるように、手を伸ばしていた。
煌めく鼻先に、そっと指が触れた瞬間。
突然ぱんっ!と、恐れや不安や動揺やパニックやそれらが引き起こしていた緊張も貧血も手汗も、まるで全て弾け飛んでしまったかのように消えてしまった。
(ああ、……なぁんだ。この竜がいれば、私は大丈夫なのに)
〝彼〟という存在が私にとってどういうものかを、頭とかそういう説明できる一部分ではなく、私の「心・体・魂」で理解した。そんな感じだった。本当の意味で世界を越えたのは、この時だったんだろうと思う。
とにかく私は、急に怖がっていたことがとても滑稽に思えて、くすくすと笑い出した。
懐かしさに似た深い安堵に包まれて、強張っていた体の無理な力を抜き、思わずついた溜息と共にくたりとしながら。
私は全身で彼に寄りかかった。
「びっくり損……」
両腕を広げて、冷たくも温かくもないまるで体温がないような不思議な肌を抱きしめる。怖がってごめんね、の気持ちを込めて。
……まあ、それはどうやらお互い様っぽいけど。
あと、私はこの近さだとただの垂直の壁に張り付いている人にしか見えないだろうけど。
でもそれは、床に座り首を伸ばした状態で約130メートルの生き物と154センチの生物の交流としては致し方ない。
実際、こうして触れていられるなら気にならないから忘れとこう。
のんびりと滑やかな感触を楽しむように両腕を上下に動かし、微笑みながら輝く瞳を見つめる。
すると、波打つようにさらにたくさんの色がその中に映る私を包み込んだ。
その反応に私はまた笑って、鱗に頬を当て、それからそっと口づける。
〈お前の手は、冷たく…………唇は温かい〉
もそりと、しっとりと甘い声でそうつぶやいたかと思うと、私の唇から移った体温が波紋状に伝わっていったかのように、触れる鱗がふんわりと温かくなった。硝子のようにどことなく無機質だったそれは、今はじめて息づいたかのようで。
たぶんこれ、顔が赤くなってるんだよね?
私は声を上げて笑い、あやすようにもう一度彼に口付けを落とした。
これが、私たちの本当のファーストコンタクト。
* * *
うん、そうそう。ちなみに。
この後急にこの竜様が〈お前は京都タワーが好きか〉とおっしゃるので、私が日本人らしく、
「え、あ……まあ、よく知らないし嫌いというわけでもないといった感じの……」
うんぬんかんぬん、と続けていたら。
地面から、いきなり生えました。キョウトタワー。
私は決して京都タワーの回し者ではありません。
もうこのネタから離れたいのに、なぜこうなる……。
というか、京都タワーを知らないお方には本当に申し訳なく思っており……
知っておられる方には、勝手に親近感を送り付けたい!