15. この世界の龍の終わりとは。
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お陰様の力で、今月ももう一回更新目指します!
明日のあなたが笑顔になれる、そんな時間となれますように。 君祈
白に漂うようだった世界が、ゆらゆらと揺れ始めて、私の意識は少しずつ動き出した。
しず ゆき さんは……ど こ?
真っ先に浮かんだ思考に、開いた目はぼやけてよく見えなかった。けれど、起き上がろうと重たい体でもがけば、背中に何かが触れる。目でも確認したくて目を擦りたいのに、手は上がらなかった。
代わりに、頑張って瞬きを繰り返す。
「愛歌様……?」
さらりと衣擦れの音がして、囲うように背中に触れていたものが離れた。
待って、だめ。いかないで。
霞んだ視界の隅にちらつく青に、必死で手をのばす。
ふらふらと頼りない、低血圧な指できゅっと袖を握った。
「っ痛ぁあああーーー!!」
寝ぼけた脳に突き刺さった痛みは、スヌーズ機能で30分のぐだぐだを私に許す目覚まし時計程ぬるくはなかった。まさに、一発完全覚醒! 一晩鎮雪さんに強めに掴まれ腫れあがっていた右手に、無表情のまま気配だけおろおろとする鎮雪さんが1.8倍になって赤黒くなっていると教えてくれた。
ん、おけ。心配しないで、鎮雪さん。おかげさまで寝汚い私が、きっぱり目が覚めたよ。
「わたしはぜんぜんだいじょぶですよ、しずゆきさん。そんなことより、しずゆきさんだいじょぶですか」
寝起きの情けない声でたずね、未だよく見えない目で鎮雪さんを見つめた。
彼は、私に彼の体験が<見得た>ことはわかってる。
竜癒は、宗龍に触れて望めばその龍の持つ知識や経験を見たり、得たりできる。
宗龍の、伝える意志があれば。
あの時聞いた私の〝どうして〟という問いに、彼は何もかも答えると思った。だから、私が無意識に使った力の意味を心に触れる瞬間理解しても、伝えてくれた。
記憶を共有する感覚を、共有する。その片隅で。
あの記憶をただの過去と思っていることも、関係ないはずの私が泣く理由がわからないことも教えてくれた。
そして。
自分の為にのばされる手が、落ちる涙が、飢餓に与えられる毒のない食事よりもずっと、……得難く思ったことも。
彼は一呼吸して、ゆっくりと声を出した。
「本当は貴女がおっしゃる〝大丈夫〟が何を指すのか正確にわからずお聞きするべきでございますが、……何故か今は、〝大丈夫〟とお答えしたい気がしております」
咲きかけの夕顔のように、かすかに笑った。
真似でも計算でも筋肉を動かすという制御でもない、彼自身の笑い方。
もう生存に必要ない水分は全て出しただろうくらいに泣いたのに、隠す間もなくぽろっと落ちてしまった。ああ、でもこれは嬉し涙だから、もうこのことで泣かないっていう自分の約束には見逃してもらおう。
さぁ、何ができるだろう。 私に、何ができるだろう。
遠すぎる異世界のただのちっぽけな人間で、自分に何ができるかわからないくせにあなたがたくさん笑って幸せになる未来を願う私に。
この世界の龍を救う竜癒としての力を持っているはずのくせに、とにかく今は目の前のあなたを守りたいと思い、けれど。
宗龍をある一定の状況下に置けば役目を果たして戻ってしまう、私に。
考え、なくちゃ。 考えなくちゃ。
動きの鈍い私に、まるで叩き落とす時間を与えるよう、そっとそっとのばした手で。
困ったように、おそるおそる涙に触れる。
優しい、愛しい青い龍のために。
私に、何ができるだろう。
よし。とりあえず、まずは。
心配そうな鎮雪さんににっこり笑ってありがとうともう大丈夫を言ってから、布と冷たい水を用意できないかとお願いした。
鎮雪さんは、二度瞬いてから返事もせずに消え去った。
いや、そんなに急がなくても……。やっぱ嘘。本当に有難うございます。
勇気を振り絞り、左手で恐る恐る目元を触ってみた。
Oh!
むくんだ顔中涙でバリバリで、メイクも落とさず、全開でも普段の半分しか見えない風船のようなまぶた。
あんな美しい顔を持つ人に、この大惨事をさらすことになろうとは。
私にできること。
そんな一丁前なこと言う前に、私よ、ものすごく顔を洗おう。
◇ ◇ ◇
己のTHE醜態に、10秒程羞恥にのたうっていた私は、はっ!と気づいた。
そういや洗顔なんて自分で行けばいいじゃん。何、何気取り? 何様なりきり遊び?
鎮雪さんを追いかけよう。顔は……ハンカチで隠しながら歩こう。恥ずかしさ対策と妖怪出没怪談防止のために。あ、でもこの屋敷って安全面的にどうなの? そんな顔半分隠してそっと歩く不審者は、一発必殺排除体制?
鎮雪さんとの初対面を思い出すと、思わず首に手をやってしまった。あながち否定できない。
む、どうしよ。
とりあえず格子戸風鉄格子扉にかけた手を止める。
いや、でもまぁ、ちょっと覗いてみよう。気になるし。
なんちゃらが猫をも殺すという格言が脳内アナウンスされたけど、馬がいたら乗ってみて人には添うてみるならば扉は……開けてみなきゃでしょう!
さらりと私は扉をスライド……すーっとスライド……あれ? これ引き戸だよね。
実は外開きとかじゃないよね。なにこれ、いくら片手とはいえ全力で引いてもカタリと音もしないってどういうこと? え、鍵?
鍵穴を探して、目から下をハンカチで隠した顔を限界まで近づけて凝視していた扉が動いて、織り目が見えるくらいに近い青い衣が映った。
「なにをなさっておられるのですか愛歌様」
……不信感満載のその眼差しが痛い。
いやほんと、なにしてるんでしょうね。
「え~、鎮雪さん追いかけようと思ったら扉が開かないので鍵でもしてあるのかなと思って」
「いえ、鍵はございません。重く作られているだけでございます」
「重く、ですか?」
はい、と彼は小指をすっと格子飾りの小さな花に滑らせた。
ぽとりと、1センチ四方の牡丹のような赤銅色の飾りが掌に落ちる。
それを私の左手に移してくれた。
うわっ! びっくりした! これはびっくりした!
500ミリペットボトルの重さだよ、これ。落とすところだった。
なにこの密度、異世界実感!
「これはこの世界で最も重く、最も頑丈な金属ですが、利用できるものは限られております。この部屋におきましては、扉、窓、取り付け家具に至るまですべてこの金属でできております。その為、家具の移動や扉の開閉の御用がございましたら何なりと私にお申し付けくださいませ」
「…………それって、一般的なことなんですか」
にこりと、宗龍が笑った。
「私は愛歌様に常にお仕え致しますので、この屋敷において他に扉を開けることができる者がいないことに問題はございません。また、この国においてもそういった者の存在は確認されておりませんので侵入者の恐れもございません。どうぞご安心してお過ごしくださいませ」
あなた、水盆もって何気なく片手で開けていましたよね。
あなた、小指の爪であっさり飾り切り取っていましたよね。
「あなたが扉を開けられないことがわかり、私は心が凪いでおります。きっと……これは〝安堵〟というものなのでしょう」
柔い青に囲まれた、白花のように楚々とした笑みが、浮かぶ。
その口で。
「私が全て、貴女の願いのままにお仕えいたします、愛歌様。ですからどうか…………私から離れようとなさらないでくださいませ」
貴女がいない世界になど、もう用はないのですから。
ねぇね、セイ。
これ、私がこの世界の死亡ふらぐ?