13. 宗竜その1と常識とは。
「確かに、変わった気をしておる。……お前が、龍の救け女だという証拠はあるか」
所変わって、牢から連れて来られたのは黒い木目の美しい大部屋。
その上座に、悪代官がふんぞり返っている。違った、組織のボスで宗竜さんが仕えるこのお屋敷の主だった。
わざと間違えたくなるくらいには、見た目がそのまんまなんだもん。良い人だったら、ごめんね。
でもほんと私、……証拠とかどうしよう。
ここに座らされてから悪代官に質問されない限りは話すなと言われ、登場から面を上げよと言われるまで三つ指付いて、そして顔を上げてから約3分。実際まだ一言も発していない。今までは、私の斜め後ろにいる宗竜さんと悪代官が、報告内容を確認していた。なるほどぉ、報告に認識の齟齬がないか確かめるのは大事だよね。おぬし、なかなか仕事ができる悪よのぉ。
あ、証拠出さなきゃ。ないけど。
「それならば、私が」
なんで? とつっこむ間もなく後ろに控えていたはずの宗竜さんが無音で隣に立っていた。
え、いろいろどゆこと? ていうか、やっと私の発言条件が発動したところなんですけど。そりゃ確かに証拠なんかなくて困ってるけど、さ、いくらなんでも……いや、待って宗竜さん何ですか? どうして小刀出してるんですか? そ……
「このように、彼女には傷がつけられません。言い伝え通りで間違いないかと」
その声は、音が振動として認識できるほど近かった。
突然現れた床に刺さる硬い金属片が振動し続け、キーンと鳴る高い音はBGM。
あまりに早くて残像が飛び交った視界で認識できたのは一瞬の七色の光と宗竜の手に握られる、刃が半分になった遠近効果ゼロな小刀。
……なるほど。セイが言ってた〝竜に私を傷つけることは出来ない〟ってこういうことか。
私は、またもガッ! とヘッドロックされている頭で必死に考えてみた。
己の首に小刀折れるまで振りぬいて証拠を提出してくれた宗竜との接し方、その模範回答を。
◇ ◇ ◇
その後。
首の柔肌で刃物を叩き折る曲芸を披露した私に悪代官はいたく感激し、私を龍の救け女と認め、丁重に屋敷の客人として迎えることにしてくれました。なんでも、その名の通り龍の救け女は龍を繁栄させる稀なる存在なんだとか。けれど、長居はできないと私は心に刻む。その時の悪代官の目は、何か怖い色に濁っていたから。残念ながら、私の悪い予感は無駄な程当たるのだ。だからほら、与えられた豪奢で平安貴族が住むような美しい部屋の窓全てに、一見細工のように煌びやかな鉄格子がはまっていても、想定内。だから私は、それに気が付かないふりをした。宗竜がいれば離れるわけにもいかないし、しばらくはこちらも利用させてもらおう。
都の本邸にて長期の仕事があるためしばらくこちらに来られないが寛いでくれと私に、そして宗竜さんには私付きの侍従となり傍に仕えるように言い置くと、やっぱり悪代官な男は去って行った。
それにしてもさすが、宗竜。長時間一緒にいられそうなルートだよ、有難う。あ、でもスキンシップ気をつけないと私の普通は、きっとこの日本っぽい世界でも異常だろう。学校にてクラス総員ドン引きという子供の頃の痛みを伴う教訓、私は、キミをけっして忘れはしない。
「あの、これからお世話になります。私、山井愛歌と申します。この世界についてわからないことばかりなので多くお手数をおかけするかと思いますが、学びお役に立てるよう努めますので、これからどうぞよろしくお願いします」
漆黒の木床の上に敷かれた座布団サイズの畳の上。座ったままではあるが、心と言葉を尽くして丁寧に頭を下げた。今になって初めて名前を名乗る不躾さに赤面しそうになったが、考えてみればここに至るまで私は首を絞められているか、牢に入っているか、発言権がなかったかのどれかだったので、反省は必要ないだろう。
「そのようなお言葉は、恐れ多いものです。主より貴女にお仕えするよう命じられた今、私鎮雪は貴女のただの道具。ご意志のまま、何なりとお使いください」
さらりと、透明な青の海に雲を少し溶かし込んだようなやわらかな水色の長髪が、礼をとる彼の肩から見惚れるような美しさでこぼれてゆく。お肌も、セイみたいな最強白磁つるすべな感じじゃなくて、名前の通り降ったばかりの粉雪のように真っ白でさらふわしっとり。僅かに釣り目の涼やかさと奥二重の柔らかさと色気がたまらない。
ダメだ、知らなかった。私、和顔が好きだったのか!
そんな煩悩な思考と同時に、名目上お世話役兼現実的監視役として付けられた彼をどうしたらこちらに引っ張り込めるかこれからが大変だなあと気を引き締め、笑った。
「それこそ、とんでもないです。私は、宗竜である鎮雪さんに会いにこの世界に来ました。どうか、力を貸してください」
それに何も答えず、ふわりと笑んだ彼はそのままとてもおいしい緑茶を淹れてくれました。
それからこの世界について勉強するための資料を用意してくれて、着替えと生活用品を揃え、夕餉の手配もしてくださいました。どれも素晴らしい品揃えで、しかもこの部屋を離れる時間は、何か忘れ物でも取りに帰って来たんだなと思うような速さです。どれだけ仕事ができるのでしょう。
すごい人なんだなぁと尊敬した私は、何ができるわけではないけれどせめて感謝の念と言葉は必ずいつまでも尽くし続けようと固く心に誓ったのです。
案内された総ヒノキの大浴場に諸手を挙げてはしゃぐマッパの私の横で、「よろしければ先に湯にお浸かりください」とにこりと目を細めて彼が笑うまでは。
突飛な行動の真実は、次話にて。