12. 違和感が働かないのは。
一部「竜」の漢字が統一されておりませんが、仕様です。
一週間、ぎりセーフ更新もう一回したいな!
平和ボケからの、自業自得的トラブルへ首から突入!
異世界で知らないお家の扉を開けたら、いきなり首にガッ!と衝撃が来て、ガッ!と引っ張り込まれたらどうするのが正解?
足も浮いちゃってるし、ガンガン首締まってるし、瞬間すぎて意味も状況も激しく不明ときたら。
やっぱ、ね、あれでしょ? もうリズムでしょ?
ガッ!と来たら、ガッ!
ということで。
ガッ!と首に巻きついた腕に、ガッ!と噛み付いた私は悪くない。
悪くないったら、悪くないのだ。
◇ ◇ ◇
ガッ!っと条件反射の勢いで手首に食いついた瞬間、左腕で後ろから私を押さえつける相手の全身が一気に強張った。愚かにも反撃の可能性に思い至らず行動してしまった対価に、痛みを支払うことになるぅ!と、本来は泣きが入るはずだった。
が、実際はそうではなく。
噛み付いた瞬間、ドン!と頭の中に何かがぶちまけられた。
色とりどりのビー玉が山盛り入った籠をひっくり返したような賑やかさで、切れぎれになった意味の欠片達は散らばった。〝大事・きっかけ・導き・所有・要・未来・救い・結末・主・開花・私の〟そんな言葉の欠片達は、お互いに吸い寄せられるかのように今度は音もなく一つになって。
そうして、私がこの世界に来た意味の一つを形作った。
今まで掴むことができなかった、その世界の竜を救うための要の竜、そのカタチを表す言葉を。
「<宗竜>……」
かすかに呼んだ声に、ぴくりと、私の首を相変わらずロックしている男は反応した。
私はまだ頭の中がぐるぐるする乗り物酔いのような気分の悪さを抱えていたが、もう怖くはなかった。
彼は私を、害〝せない〟。
「あなたは……なに、ですか」
静かで澄んでて、けれど少し低くて男らしい品のいい柔らかな声。
その中に混じる、感情の起伏の乏しい彼の僅かな、動揺。
言葉を探し、結局〝何〟ときましたか。
「私は、<竜癒>です。あなたは、私の存在を知っておられますね。そして偽りではなく私がそうであることも感じ取っている。でしたら、私が害意の為にここにいるのではないことはおわかりのはず。一度、お放しください」
「……竜癒、」
「竜を助け癒しとなりたいと願う者です。ここでは、〝龍の救け女〟と呼ばれているようですが」
交渉、ディベート、自己紹介、状況説明。どんなものでも入りが肝心。
出番とばかりに今にも飛び出しそうなパニックの頭を両手でぐっと抑え込んで、会話に集中する為に目の前をウロチョロする違和感を蹴り飛ばし片隅に押しやって、緊張にうずくまっていた〝冷静風ちょっぴりドライテイストな猫3号〟の被り物を無理矢理引きずり出してセットした。
う~ん、全てが力技だな、私の脳内整理。バイオレンス。
「宗龍とは……?」
「宗竜とは、私がこの世界で関わるべき竜のことです。この世界の竜を救う要となります。お分かりの通り、つまりはあなたのことです」
少しの沈黙の後、それまで感じていた彼の心の揺れが掻き消えた。
「分かりました。私では判断できかねますので、長にお会い頂きます。降ろしますので、動かないでください。動けば、首を飛ばします。念のため、腕を縛ります。お許しください」
あ、もう自分で考えるの止めちゃったから無表情に戻ったんたんだな、とか長って誰?とか、いろいろ思うところはあった。でも、とにもかくにもつっこみたい。
……私の首よ、なぜさっきからそんなに危険とエンカウントする。
石のように固まりながら、私はようやっと足に触れた地面にもほっとできるはずがなかった。
◇ ◇ ◇
後ろ手に縛られて立つ、地下牢。空気悪い、寒い。汚くて座れない。
長に話してくるからと言って去って行った宗竜さんにここに入れられ、数分。私は、今後の為に必死で状況整理をしていた。
さっきの人がこの世界の宗竜で、とにかくまずは会わなければ話がまったく進まなかった人物。
オッケー、有難いことに早々にこれはクリアできた。
ただ、あちらさんとしては完全に侵入した外敵処理の一環だったけれど。私は、降ろされ牢への道がわからぬように目隠しをされるまでの間、何も見ていない。黒の忍者装束みたいなの着ちゃった2・3人なんか、足元に転がってたりしていない。いないったら、いない。私もああなるところだったのでは……とかちらとも思っていない。い・な・い・の・だ! だから、その人たちの心配もしてないの! 大丈夫に決まってるの! 気絶だけなの!
ええい、次だ次。話が進まん。
えーと、なんだっけ。宗竜の言葉がわかるようになって、それから私の説明をして……そうだ、違和感。何故か知らないはずのことが手札のカードに並んでた。交渉に有利にそれらを切る為の思考と並行してこの不思議を追及するスペックが私にはなくて、見ないふりをしていたやつ。脳内の片隅にくしゃりと蹴り捨てたそれを、引っ張り出す。
相手が私への違和感(竜癒である故のものらしい)に、腕でロックした私の首をそのまま捻り折ることを止めてくれたこと。〝龍の救け女〟という、まったく知らないはずの語がでてきたこと。……ヤバい、それくらいしか覚えてないけど。あ、あと彼の感情が少ないこととか?
んー、宗竜の言葉がわかる時に予備知識でも発動するようになってたんだろうか。
む、あかん。これは考えても答えでんやつや。次!
詮無き思考を放り投げた刹那、少し離れた所でドバーンバリバリッ!と、何かが硬いものに当たって破裂したような大きな破壊音が響き渡った。
もう! 不意打ちはやめてよ。びっくりしてこけちゃったじゃないか! ていうか、牢屋に囚われの身で突然の大音量は怖い! すごく怖い! 被害妄想が暴走する!
結局またもこの年になって驚いて転んだ恥ずかしさにあひる座りのままうなだれていると、石造りの牢の重たい鉄の扉が開いた。
藍から薄青のグラデーションの美しい長い衣の裾が、さらさらと揺れて彼が入って来る。そういえば、背中から首を絞められ降ろされてすぐ目隠しをされ、相手のことをまともに見たことがなかったなとふと思う。
日本の着物のようでいて少し中華なテイストのある不思議なその服は、涼やかでいて穏やかな雰囲気を与えるきれいな奥二重の彼に、とても似合っていた。
彼自身の、ロイヤルブルームーンストーンのどストレート長髪と私が最も美しい青だと思うアウイナイトの瞳の色に、目を瞑れば。
吸い寄せられるような美しさは、自分にもあるものが有り得ない色になっている強烈な違和感をないものとしてしまうらしい。そうか、これが違和感仕事しろってやつか。
全身を青で統一しすぎた為の違和感も、今はお出かけしているようだ。
ショックにぽかんと見つめていると。
ゆっくりと、彼は月明かりに咲く夕顔のような柔らかさと清涼さで笑った。
ふわり、と。
私の好みにスーパークリティカルヒットした彼の人生230年ではじめてのこの微笑みは、小さな小さな音を鳴らしていた。
私には聞こえない、気づけない、秘めやかさで。
ロックオンの、永遠に外れない固定音を。
カチリ、と。