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竜癒の姫と五つの竜  作者: 君祈
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11.  調子に乗った扉の先は。



 絹糸のように細い宝石を編んだような、透明真珠色の鎖がしゃらりと鳴って私の胸元を飾った。その長い鎖の先、心臓の上には、七色にゆらゆらと輝くティアドロップ型の彼の瞳の欠片。



「よし、それじゃあそろそろ行くとしますか」



 セイの腕から立ち上がって、着ていた紺色のワンピースの腰紐と黒のブーツの靴紐をしっかりと締め直し気合を入れた。

 どんな場所に行くかわからないが、持ち物といえば、この身と大学用のカバン一つ。ならば、気合だけはしかと持っていきたい。……気も、大きく持っていたい。


 ふんとカバンを肩にかけ、腰にばしっと両手を当てた。

 さぁ、なんでもかかってこい。愛歌、いざ参ります!


「セイ、いいよ。がっつり送ってやってください!」


 私の無駄に鼻息の荒い準備の様を、不思議そうに眺めていた人型竜は頷いた。


「わかった。渡るのは一瞬だ、……落ち着いていろ」


 その言葉は、どうやら私がここに来た時の慌て様を差しているようだった。

 彼は私がまた転倒するのが心配、私はまた羞恥に悶えるのを回避、と二人の目的は違ったけど、望む結果は同じだったので、私はしっかりと頷く。


「では……送る。〈竜癒〉愛歌、気をつけて」



 ふっと地面が抜けた。











 じゃりっという音と共に着地する。

 ビクッ!と体を強張らせたものの。よし。今度は、ちゃんと立てている。暴れたりもしていない。

 ほんの一瞬階段を踏み外したような感覚を味わい、急激に早くなった心臓を押さえ我ながら小さい第一関門クリアに安堵した。

 それからいつの間にか塞いでいた目をそっと開く。

 下を向いたままの視界には、細かな黄土色の砂と小石がまばらに散った地面。

 ふと頬にあたる風の匂いに顔を上げ、くるりと360度大パノラマを堪能すれば。


「なぜだ……」


 見渡す限りの田んぼ。田んぼ。ぽつんぽつんと立つ古そうな藁葺わらぶきの家。

 並々と水を張った田んぼには、ほっかむりをかぶったご老人方による古式ゆかしき素手にての田植え作業隊列パーリー。


 ちょっと、ねぇセイ、これ…………日本じゃない?






       *  *  *






 それから。


 ここに落ちたからには何か意味があるのかもと思った私はその場に1時間は立っていたと思う。けれど、誰一人迎えはもちろん捕縛にも来ず、「こやつらは年貢を納められなかった者共だ、引っ立てい!」「え、私無関係なのになんで私も?!」な感じのトラブルというフラグに巻き込んでくれることもなかった。

 誰も通らない畦道にぽつんと立つ桜らしき木の下で、豊かな田園風景に緊張がほぐされていってしまうことへの焦りの中。そろそろ本気でこれからどうしようと思っていた頃。


「おんや~、おかしなべべ着て、ここらで見ない娘っこだぁ。都のお姫さんかい?」

「ん~だ、おかしなおべべだぁね。都からお屋敷にお使いかい?」


 休憩なのか田んぼから上がり集まり出してようやっと私に気付いたおじいちゃん、おばあちゃん達はとてもフレンドリーだった。本人そっちのけで猛進する会話に私が許された発言は、はじめの〝こんにちは〟五文字のみであったにも関わらず5分後には、私は「都から来た変な服の、この辺りの領主のお屋敷へのお使いの途中に迷子になった良いとこの娘っこ」に完全設定されていた。すごい。このまま1時間何も言わなかったらどうなるのだろう。あ、駄目だそんなの楽しい。


 実家の田舎ではよくあったこのじっちゃんばっちゃんの初対面でも根掘り葉掘り(実は本人の話はあまり聞いていない)の懐かしさについへらへらしていると、大変有難いことにきれいなお米のおにぎりを頂き、驚いて直角になってお礼をしたら沢庵もくれて、屋敷までの道も丁寧に教えてくれた。素敵だ。大好きだ、こういう雰囲気。見ず知らずの私にこんなに優しい人たちを、尊いと思う。機会があれば、恩返しができたらいいな。

 その場にいた10人くらいの皆様に笑顔で送り出され、ほんわかしてにこにこと手を振りながら屋敷へと歩き出す。晴天の下、一面の田んぼの中を歩くことしばらく。


 私はようやっと、別にその屋敷に何の用事もないことに気づいて立ち止まる。

 さっきの皆さんのお話からして、いかに田舎とは言え一般的なワンピースをこれでもかと奇妙な格好と繰り返し、都とか領主とかの表現も日本であれば使ったりはしないだろうと思う。私の知識と服のセンスにさほどの問題がない限りは。

 と、いうことは。

 いつものようにはじまる私の脳内論争の流れはこうだった。

 おどおど計画性は〝え? 行った後どうすんの? 決まってんの?〟と慌てていたけれど、冷静どリアリストが言い切った。〝悩むったって他の選択肢さえないけど? またずっと立ってるとでも? 馬鹿なの?〟


 ―――間違いない。


 明快な答えに15秒程止めていた足を、さっさと踏み出した。






「すいませーん、ごめんくださぁーい」


 10分も歩けば、日本昔話みたいな立派なつくりの大きな屋敷を見つけ、慣れ親しんだ田舎礼儀作法で「すいませーん」を、存在を知らせる為少し早めに連呼しながら玄関に近づく。異世界で慣れぬ文化に戸惑う覚悟こそすれ、まさか田舎の親戚の家にお野菜のお裾分けを届けるノリでいけるとは、意外と異世界というのも狭いもんなのかしら。なんて、気の大きくなっていた私はフラグに気づかない。

 真に日本・海外・異世界に共通する真実。調子に乗ったものが受ける結末は一つだということに。

 戸口はもうすぐそこ。

 インターホンらしきものはなく、引き戸を叩いてみても応答のなかったことに私は、本当に田舎のノリのままガラッと戸を引いた。


「すいませぇー」


 ガッと来て、シュポ!



 私にわかったのは、それだけだった。


 

 後に聞いた、たまたま前を通りかかった先ほどのほっかむりご老人ズのお一人の目撃情報によると、私はほとんど地面と水平になる勢いで扉の中に消えたのだそうだ。

 瞬きをすると扉も閉まっていたので、狐にでも抓まれたと思ったそうな。


 違うんだ、おじいちゃん。



 私は、龍にひねり上げられていたんだ!



 

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