10. とりあえずは。
「忘れるな。そちらの時間で三日に一度、白界へ帰ってこい。それだけ覚えていれば、あとは大した問題ではない」
「わかった。…………え、ほんとに?」
何か新しいことかつ重要なことを始める時、私はやたら前もって知識を欲しがるタイプだ。
勘は働く方ではあるし、一旦騒動に巻き込まれてしまえば持ち前の図太さをばっちり発揮するのでだいたいが取り越し苦労になるのだが、如何せん、性分だ。
キャパオーバーの感情を受け取るという現代科学では説明できない原因による気絶から復帰し、さあようやっとまともな説明が受けられると思っていた私は、大変残念な気持ちになった。
今から不思議の力で世界を渡るというのに、彼からこれ以上説明する気はないらしい。飛行機で国を渡る時だって、もう少し説明は長いのに。
「……不安に思うことなど、ない。世界を渡ろうとも、我の力がお前を守る。もし問題があれば、我の元へ帰ればいい」
「わかっ……あ、帰り方はっ?!」
気絶から目覚めたまま、人型セイの膝の上、横たわるように抱きしめられていた私は慌てて飛び起きた。
もしかして私、帰り方がわからないまま渡ってしまうとこだったんじゃ?
「落ち着け。帰りたいと思うだけで、帰れる。お前が恐れるようなことは何もない」
「わ、……待って。やっぱり、駄目」
忙しなく毎度ちゃちゃを入れる私を、セイはゆったりと見つめていた。
流石私から私のことを聞く必要はないと言い切った彼には、私の重度の心配性など大前提なのだろう。
家族をも時折苛々させる私の欠点でもあるので申し訳なく思うと共に、理解が得られているのは本当に有り難い。有り難い、けど。
有り難い、からこそ。
「思うだけで帰ってきてしまったら、私、あっという間に逃げ帰っちゃうよ。心の中でぐちぐち言いながらじゃなきゃ、頑張れない情けない奴だから」
「……お前がその世界を離れた瞬間に、時は止まる。他の世界でどれだけ過ごそうとも、白界を経由する限り、時が動くことはない。多く我の元へ戻ることに、問題はないはずだ」
ふむ、なるほど。そんなシステムだったのね。うん、安心設定だ。
って、いやいや、問題だらけだよ。時間が流れないからって、ひっそり心の中で愚痴るだけでいちいち帰ってたら全然話が進まないじゃないか。
あとね、セイ君。君、ただ私にたくさん帰って来て欲しいだけでしょ?
「問題はあります。ので、何か合図したらにしよう。合図形式にしてください。ん~~何がいいかな。…………手を五回叩いたら?あ、拍手で駄目か。普段しないことで…………口笛とか?」
「……帰って来たらいいと、言っている」
お、諦めないね、竜様。しかも、もう取り繕う気もないし。
説明がほとんどない一番の理由は、変な先入観がない方がいいとのことで、それを聞いた私は何でもまず説明を求めてしまう己の弱さを恥じたものだけど。
ついつい、それは建前だったのでは?と疑ってしまう弱さを私は今発揮中だ。
「うん、ちゃんと三日に一度は帰ってくるよ。だから、口笛の合図をしたら私をここに渡してね」
「……わかった。そう誓詞を交わそう。……これをもって行け」
ため息をつきそうなほど仕方なく承諾した後、これを、というので視線を移し彼の大きな手を見たが何もなかった。
不思議に思い顔を上げ、どれ?とセイに目で訴える。
と。ぽろりと彼の七色の瞳から涙が零れ落ちた。
「っ! なっ、どうしたのセイ?!」
「瞳を分けた。この七色が薄れたら、我の力がお前を守りにくくなった証だ。すぐに戻れ」
「なっ、どっ! どういう、いっ、痛くはないのね?!」
「……痛みはない。何故慌てている?」
「いきなり泣いたら当たりっ…………や、もういい。無事なら、それで」
「……そうか? これは、首輪にした。身から離すな」
泣かれるのにほとほと弱く、その衝撃に精神的にぐったりとしていた私へ、竜様は七色に光る人差し指の爪ほどの宝石を突き出した。それにはすでに、彼の鱗のような透明真珠の鎖がきらきらさらさらと巻き付いている。
あんまり綺麗過ぎて、なんかもうよくわからない品だ。
だから、とりあえず。
「……有難う、大事にするね。でも、首輪じゃなくて是非とも首飾りと言って欲しい」
感謝に、どうしても聞き流せなかったことへのつっこみを添えた。
連日災害現場が報道される、このような事態に投稿するなど間違いだったのではないかと今でも悩み続けております。
しかし、まずは、とにかくまずはこの小説によって私の無事をお伝えしたいという想いでおります。
その他は、もう言葉になりません。
何より、 なにより、 皆さまのご無事を祈ります。
君祈