9. ブラックアウトの原因は。
やっと、プロローグを追い越しました。
〝…………あの、触ってもいいですか〟
京都タワーとは如何なるものか問うた我に、〈竜癒〉はこちらを見つめはきはきと答えていた。
愛しき者が、その瞳も声も意識も我に向けている。
湧き上がる喜びと愛おしさに求愛の七色が激しくなるばかりの瞳で、時を忘れ見つめていたが。
突然の言葉に、息のいらぬ不死で良かったとはじめて思った。
しかし、傷つけまいか恐れはしまいかと怯えるような想いで近づき、伸ばされた手に触れた時。
我は、不死ではなくなった。
くたりと鼻先に凭れたお前が、我を受け入れ、暖かいその唇で我に口づけたその刹那に。
お前を独り待ち続けた時間が〝寂しさ〟を抱え、お前に触れられぬ世界は不要だと感じるほどに〝虚しさ〟を含み、お前という存在に焦がれ続けた想いが〝痛んで〟いたことに、我は気づいてしまった。
想いを知り、〝生きて〟しまった我は、もう元には戻れない。
愛歌。 いつかお前の生が終わるその時、我もまた死を迎えるだろう。
不死の身ではなく、お前を愛する心が痕も残さず消え失せる。
愛する者のいない世界になど、竜には耐えられないのだから。
愛歌。 我の〈竜癒〉。
〈竜癒〉とは、〝役割〟を表す名。 けれど同時に、竜の言葉はその本質を、〝存在〟を表す。
〈統べる竜に唯一愛された者〉
* * *
目を開けると、真っ暗だった闇色の視界は、幻のように輝く七色に変わった。
嫉妬と寂しさで竜が死ぬと告げ、〈お前の竜である、我もな〉と妖艶に耳に囁き残し、瞳に口づけた彼は、楽しそうに喉を鳴らして私の黒い瞳を覗き込んでいる。
ああ、どうしてこう毎回突然なんだろう。
自分から望んで触れたその瞬間に、彼の存在を理解したり。
私が彼の鼻先に口づけた瞬間に、彼に真実心が芽生えたこととか。
喉を使って音にして、外界へと〝彼〟という存在の大切さを形にした瞬間に、彼の名を得たように。
ああ、どうして。
〈竜癒〉
〝彼が私の竜〟だなんて、今まで何度も思っていたはずなのに。
彼の口からそれが出た瞬間、〈竜癒〉の本当の意味を理解してしまうなんて。
「〈竜癒〉。我の、〈竜癒〉」
ああ、お願いもうやめて。
耳ではなく、私の〝存在〟で聴くそのコエで呼ばないで。
じゃないと、ほんとに顔から火が出る……!
「竜の我が語るのは、その本質。その真実」
ええ、そうでしょうとも。貴方は〈あなた〉をそのまま全て使って直接〈私〉に話しかけているんだもの! 偽りも嘘もフィルターも婉曲も遠慮もワンクッションもあったものじゃない。
わかった! 今までのズレてた鈍感さなら、謝るから! ほんっと謝るから、せめてこの上半身の赤色化を隠させてぇ!
「お前はこれから世界を渡り、竜を救う。竜は、お前を愛すだろう。だが、忘れるな。真にお前の竜となれるのは、〈我のみ〉」
最後の言葉を竜語にしただけなのに、私は存在ごと揺さぶられた。
セイ、待って。 私、もう限界超えてる。
私の愛情数値は今まで、家族愛か友人愛か人間愛か大型獣愛くらいしかなかったの。
だから。 私の人生かかったって受け取れ切れぬほどの恋情は。
〈お前に近づくために心を得、白石だった瞳を求愛の七色に変え、お前のためには狂うことも厭わぬ、お前だけの竜である、……我のみだ〉
ちらちらと揺れる世界は、七色だったのに。
私の頭のどこかで大きな衝撃音が響いた後は、またも真っ暗。