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誰が鬼ですって? 〜王妃になったスパダリ国王、今日も愛妻を守るために悪役を演じます〜  作者: なな日々


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第12話 隣国の色男王子と、国王(ロザリア)の大嫉妬

 王城の最も広大な大広間には、無数の魔石灯をあしらった巨大なシャンデリアが眩い光を放ち、優雅な管弦楽の調べが響き渡っていた。


 本日は、我が国の強固な同盟国である『サンレオン王国』からの親善大使を歓迎する、盛大な夜会が催されている。


 大広間の最奥、一段高くなった壇上に据えられた豪奢な玉座。


 そこに腰を下ろしている『氷の国王』――つまり、中身はただの元公爵令嬢である私、ロザリアは、冷徹な仮面を顔に貼り付けたまま、内心で盛大なため息をついていた。


(はぁ……。夜会って、その場にいるだけでも疲れるのに。王様(アレクシス)の体だと、舐められないように『冷酷な氷の覇王』の威圧感を出して、ずっと眉間にシワを寄せて睨みをきかせてなきゃいけないから、本当に顔と肩が凝るわ……)


 威厳を保つために足を組み、頬杖をつきながら階下を見下ろす。


 ふと視線を横に向けると、玉座のすぐ傍らに控えている王妃(中身はアレクシス)は、純白のドレス姿で優雅な羽扇を揺らしていた。


 そして、私の憂鬱の最大の原因は、今まさに大広間の中心で、我が国の令嬢たちに囲まれてチヤホヤされている男の存在だった。


「いやはや、我が国には美しい花が咲き乱れていると思っておりましたが……この国の令嬢たちは、それ以上に可憐で愛らしい」


 サンレオン王国の第三王子。


 輝くような金髪に、甘く整ったマスク。そして、人を惹きつける人懐っこい碧眼。


 他国でも浮名を流しまくっているという、絵に描いたような『女好きの色男』である。親善大使という名目でやってきたはいいが、到着するなり手当たり次第に令嬢たちへ甘い言葉を振りまき、すでに何人もの乙女たちを腰砕けにさせていた。


(うわぁ……。絵に描いたようなチャラ男。アレクシスの足元にも及ばないわね。っていうか、そろそろ挨拶に来る時間じゃないの?)


 私が内心でドン引きしていると、令嬢たちの輪を抜け出した色男王子が、臆面もなく、迷いのない足取りでこちらの玉座へと近づいてきた。


 そして、あろうことか一国の王である私を完全にスルーして、隣に立つ王妃――つまりアレクシスに向かって、芝居がかった優雅な所作で恭しく跪いたのだ。


「麗しき王妃様。あなたのその氷のように冷たく、気高い瞳……一目で心を奪われてしまいました。お噂以上の美貌に、私の胸は高鳴るばかりです」


 甘く、耳元で溶けるような美声。


 だが、その声色には、明らかに『外交辞令』の域を逸脱した、ねっとりとした熱が含まれていた。


(ちょっ……!? なに一国の王妃(しかも人妻)を堂々と口説いてるのよ!? しかも隣に私(国王)がいるのに!?)


 私が玉座の上でギョッとして目を剥く中、色男王子は甘い笑みを浮かべたまま、王子はアレクシスの前に跪き、恭しく一つの豪奢な木箱を差し出した。


「本日は親善の証として、王妃様に特別な品をお持ちいたしました。……最近、王妃様が『幻の琥珀酒』を好まれていると耳にしましてね」


 パカッ、と木箱が開かれる。


 だが、中に入っていた透き通るような琥珀色の酒瓶と、それに添えられた深紅の香草が見えた、まさにその瞬間だった。


「――っ」


 王妃(アレクシス)の美しい眉が、微かにピクリと跳ね上がった。


 箱が開いた刹那、ごく微かに漂った甘ったるい、脳の奥を痺れさせるような奇妙な匂い。


 長年、命を狙われる過酷な環境で育ってきたアレクシスは、それが我が国には存在しない特殊な『自白剤兼洗脳薬』の類であると一瞬で見抜いたのだ。


 アレクシスは周囲に怪しまれぬよう、ふっと優雅に微笑みながら、パチン、と美しい音を立てて箱を一度静かに閉じた。


 これ以上、愛するロザリア(国王の体)の近くにこの危険な男と薬を置いておくわけにはいかない。それに、ここで騒ぎを起こせば外交問題になりかねない。アレクシスは即座に、この男をロザリアから遠ざけ、かつ情報を吐き出させるために動き出した。


「王子、このような喧噪の中では、せっかくの極上のお酒が台無しですわね。あちらのテラスへ移動いたしませんこと? わたくし、このお酒に合う特別なお料理を用意させてありますの」


「おおっ! それは素晴らしい。ぜひ私がエスコートいたしましょう」


 アレクシスはそう言って、玉座に座る私(国王)に一言の相談もなく、王子を伴って大広間の奥にある夜風のテラスへと歩き出してしまった。


 もちろん、影に潜む筆頭諜報員へ目線だけで『(罠だ。泳がせる。周囲を固めろ)』と冷酷な指示を送ることも忘れてはいない。


 だが。


 玉座にポツンと取り残された私からすれば、その光景はただの絶望だった。


(え……っ? アレク、シス……? 私を置いて、あのチャラ男と二人でどっか行っちゃった……!? お料理を用意してあるって、何それ、聞いてないわよぉぉぉ!)


 頭の中が真っ白になる。


 いつもはあんなに過保護で私から離れないアレクシスが、自らあの男を誘って私を置いていってしまった。


 不安と、焦燥と、猛烈な嫉妬。居ても立ってもいられなくなった私は、国王としての威厳をギリギリ保ちながら玉座を立ち、二人の後を遠巻きに追った。


 大広間から続く、月明かりが美しく差し込む広大なテラス。


 私は大広間の出口にある大きな柱の陰に身を隠し、そこから少し離れたテラスの様子を遠目からじっと窺った。


 テラスの奥、人目を忍ぶような場所で、サンレオン王国の第三王子がニヤリと笑いながら再びあの木箱を開く。


 王子は小瓶から琥珀色の酒をグラスに注ぐと、添えられていた深紅の香草に火をつけ、その煙をグラスの縁にふわりと燻らせた。


「この『幻の琥珀酒』は、こうして特産の香草の煙を纏わせることで、初めて真の香りが引き立つのです。さあ……この芳醇な香りと共に、極上の一杯を」


 アレクシスは怪しまれないようグラスを受け取ると、煙を吸い込んだフリをして息を止め、グラスに軽く口をつけるフリをした。


 ――次の瞬間。


「……あら?」


 アレクシスはわざとらしく手から羽扇をパラリと落とし、ふらりとよろめいて片手で額を押さえた。


「おっと。王妃様、お顔が真っ赤ですが、少し酔いが回ったのでしょうか?」


「ええ……。いつもなら大丈夫なのに……おかしいですわね。なんだか、少し目眩が……」


 フラリと倒れ込みそうになったアレクシス(私の元の体)の細い腰を、王子がここぞとばかりに我が物顔でグッと抱き寄せる。


 アレクシスはその腕の中で、熱に浮かされたような潤んだ碧眼で王子を見上げ、私の可憐な顔のまま、妖艶に微笑みかけた。


「きっと……貴方と飲むお酒が、特別美味しいからですわね」


「おおっ……! 王妃様……っ!」


「よろしければ、王子も一口いかがかしら? わたくしのグラスで……」


 あえて自分の唇が触れた(フリをした)グラスの縁を指でそっと撫でて差し出す。


 絶世の美女からの甘すぎる間接キスのお誘いに、第三王子の下心が大きく跳ねた。


(このグラスには自白剤の煙が燻っているが……まあいい。俺は自国の薬への耐性を十分に持っている。これくらいなら、むしろ心地よく酔えて、この美しい王妃との火遊びを楽しめる極上のスパイスになるはずだ)


 彼はそんな薄っぺらい打算と色欲で理性を吹き飛ばすと、アレクシスからグラスを受け取り、わざわざ王妃の唇が触れた縁に口をつけ、中身を勢いよく煽った。


 ――当然、アレクシスが一切吸わずにグラスの中にたっぷりと溜まっていた濃密な煙を、誰よりも深く吸い込みながら。


 その直後だった。


「おや……? なんだか、想定よりも体が……熱く……」


 耐性があるなどという彼の計算は、完全に甘かった。薬の効果はテキメンだった。


 第三王子の顔がだらしなく赤く染まり、目はトロンと熱に浮かされたように濁り始める。強力な自白剤と洗脳効果が、彼自身の脳を完全に支配したのだ。


「ああっ、王妃様……なんてお美しい……。貴方のような方は初めてだ。貴方の全てを知りたい……」


 完全に薬に酔っ払い、蕩けた顔で言い寄ってくる第三王子。彼はアレクシス(私の元の体)の細い腰をさらに強く抱き寄せる。


 アレクシスはその腕の中で、第三王子から全ての情報を引き出すため、あえて振り払わず、艶やかに微笑み返した。


「ふふっ……私も知りたいわ。何から聞こうかしら……?」


 アレクシスは熱に浮かされたような潤んだ碧眼で王子を見上げ、私の可憐な顔のまま、妖艶に微笑みかけていた。


 それを、柱の陰から遠目から見ていた私は――完全に、言葉を失った。


(嘘……。本当に、アレクシスがあの男に寄り添って……あんな、色っぽい声を、出して……っ)


 裏で凄腕の諜報員たちが王子を包囲していることなど、知る由もない。


 遠目から見たその光景は、どう言い訳しても「愛する旦那様が、私の元の可憐な体を使って、別の男と情烈に睦み合っている」という決定的な現場にしか見えなかったのだ。


「あ…………っ」


 脳の処理能力が完全にパンクする。


 悲しみと、絶望と、怒りと、ぐちゃぐちゃになった嫉妬が限界を突破した。


 ギチッ……グシャッ!!!


 静かな大広間の隅で、嫌な金属の変形音が響き渡る。


 私が無意識のうちに全力で握りしめていた、最高級の純銀製ワイングラスが、アレクシスの鍛え上げられた鬼の身体能力によって粘土のようにぐにゃりと握り潰されていた。


 指の間から、生血のように赤い極上ワインがドクドクと床に滴り落ちる。


 その場に凄まじい絶対零度の殺気を撒き散らしながら、私はただ、涙をボロボロとこぼしそうになるのを必死に堪えて立ち尽くしていた。


(違うの……怒ってるんじゃないの……。アレクシス、私、もう嫌われちゃったの……!? うわぁぁぁん!!)


 あまりのショックに耐えきれなくなった私は、テラスに踏み込んで王子を殴り飛ばす気力すら湧かず、ワインを滴らせたまま、一人きりの寝室へと逃げるように走り去ったのだった。


「あーーーーーっ! 腹立つ腹立つ腹立つぅぅ! うわぁぁぁん!!」


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