非正規ルート
港のライトが海を白く照らしていた。
風が強い。
ロシア行きの船は、ゆっくりと煙を出している。
もうすぐ出航する。
でも私たちは乗れない。
ビザがないから。
そのとき後ろから声がした。
「You want go Russia?」
振り向く。
さっき列に並んでいた外国人の男だった。
背が高い。
長い髪。
大きなバックパック。
少しだけ笑っている。
サラが答える。
「Yes」
男は肩をすくめた。
「Hard」
ミナが言う。
「We know」
男はしばらく船を見て、それから言った。
「But」
少し間。
「Maybe another way」
私たちは顔を見合わせた。
サラが聞く。
「Another way?」
男は頷く。
「Fishing boat」
ミナが聞く。
「フィッシング?」
男は海を指さす。
港の少し外。
暗い海に、小さな船がいくつか浮かんでいる。
「Some boat go north」
サラが眉をひそめる。
「北?」
男は言う。
「Near Russia」
沈黙。
ミナが小さく言う。
「それって……」
私は思った。
密航?
サラも同じことを考えたらしい。
「Illegal?」
男は少し笑う。
「Maybe」
ミナが言う。
「やばくない?」
男は肩をすくめる。
「Your choice」
それだけ言って、男は去ろうとした。
そのときユイが聞いた。
「Wait」
男が振り向く。
ユイは英語で言う。
「How long?」
男は少し考える。
「One night」
「Then?」
「Russia」
ミナが言う。
「マジで?」
男は頷く。
「Small port」
それから歩いて行ってしまった。
私たちは港の端に立っていた。
風。
海。
遠くの船のライト。
ミナが最初に言った。
「無理」
即答だった。
「絶対無理」
サラも言う。
「危ない」
私は二人を見る。
「ユイ?」
ユイは海を見ていた。
ずっと。
ミナが言う。
「捕まったら終わりだよ」
サラも言う。
「普通に危険」
確かにそうだ。
知らない船。
知らない人。
外国の海。
私は言う。
「別の方法探そう」
そのときユイが言った。
「ない」
私たちは黙る。
中国はビザが必要。
ロシアもビザが必要。
つまり。
正規ルートは全部ダメ。
ユイは静かに言う。
「ここで終わる?」
ミナが言う。
「終わるっていうか」
少し間。
「帰る」
その言葉が港の風に消える。
私は考える。
まだ韓国。
モンゴルは遠い。
でも。
ここで帰ったら。
この旅は
ただの韓国旅行で終わる。
ユイが振り向いた。
その顔は、今まで見たことないくらい真剣だった。
「ナツミ」
「うん」
「行きたい?」
私は海を見る。
暗い海。
北の方向。
その向こうに
ロシア。
モンゴル。
草原。
私は深く息を吸った。
そして言った。
「……ちょっとだけ」
ミナが叫ぶ。
「ナツミ!?」
私は笑う。
「ちょっとだけね」
サラはため息をついた。
「最悪のグループ」
ユイは少しだけ笑った。
それから言う。
「会いに行こう」
誰に?
答えは一つ。
あの外国人。
港の奥。
暗い灯り。
小さな船。
私たちは歩き出した。
そのとき私は思った。
この旅はもう、
普通の旅じゃない。
私たちは今、
国境を越えるための裏の道に足を踏み入れようとしていた。
次回予告
18時、お楽しみに




