正規ルート
ソウルから港までは電車で二時間だった。
窓の外に海が見えたとき、ミナが言った。
「また船?」
サラが答える。
「うん」
「ロシアまで?」
「うん」
ミナは笑う。
「なんかすごい旅になってきたね」
電車を降りると、空気が変わった。
海の匂い。
強い風。
港町だった。
巨大なコンテナが積み上がっている。
クレーンがゆっくり動いている。
遠くに、錆びた船。
観光港じゃない。
完全に仕事の港だった。
ミナが小さく言う。
「ここ?」
サラがスマホを見る。
「ここ」
ユイは船を見ていた。
大きな灰色の船。
横に英語とロシア語の文字が書いてある。
私は読めない。
でもその船が、
ロシアへ行く船なのはわかった。
港の事務所に入る。
古い建物。
蛍光灯。
カウンターの向こうに中年の男が座っていた。
サラが英語で話す。
「Ticket for Russia」
男はしばらく私たちを見る。
高校生四人。
バックパック。
そして言った。
「Passport」
私たちは出す。
男は一冊ずつ見る。
無言。
ページをめくる音だけがする。
そして止まった。
男が顔を上げる。
「You go Russia?」
サラが言う。
「Yes」
男は少し笑った。
「Long trip」
それからパスポートを返す。
「Next ship tonight」
ミナが驚く。
「今日!?」
サラが頷く。
「夜出発」
ユイが言う。
「乗る」
その言葉で決まった。
夕方まで港の近くで待つことになった。
小さな食堂。
魚のスープ。
パン。
港の労働者たちが食べている。
誰も英語を話さない。
テレビではロシア語のニュースが流れていた。
私は少しだけ緊張していた。
次の国は
韓国じゃない。
ロシア。
遠い国。
夜。
港のライトが点く。
船が見える。
暗い海。
冷たい風。
私たちは乗船の列に並んだ。
トラックの運転手。
バックパッカー。
見たことのない人たち。
順番が来る。
船員がパスポートを見る。
ロシア人らしい男。
無表情。
スタンプ。
次。
ミナ。
スタンプ。
次。
サラ。
スタンプ。
そして。
ユイ。
船員の手が止まる。
ページをめくる。
もう一度めくる。
眉をひそめる。
ユイを見る。
「Visa」
ユイが言う。
「?」
船員は指さす。
「Russia visa」
私たちは固まる。
サラが小さく言う。
「……必要だ」
ミナが聞く。
「持ってる?」
サラは首を振る。
船員はパスポートを閉じた。
「No visa」
そして短く言った。
「No entry」
頭が真っ白になる。
ロシアに行くには、
ビザが必要だった。
ユイが初めて動揺した顔をした。
ミナが言う。
「ちょっと待って」
サラが船員に英語で話す。
でも船員は首を振る。
「Rule」
それだけ。
列の後ろの人が動き始める。
私たちは横に避けた。
港のライトの下。
海の音。
風。
ミナが言う。
「どうするの」
誰も答えない。
モンゴルは遠い。
中国はビザがいる。
ロシアもビザがいる。
つまり。
道がない。
ユイは海を見ていた。
暗い海。
ロシアへ行く船。
私は思った。
もしかして。
この旅は、
ここで終わるのかもしれない。
そのときだった。
後ろから声がした。
低い声。
英語。
「You want go Russia?」
振り向く。
そこにいたのは、
さっき列に並んでいた男だった。
大きなバックパック。
長い髪。
外国人。
男は少し笑った。
「Maybe…」
そして言った。
「I know another way」
次回予告
3月12日8時、お楽しみに




