旅路
次回予告
20時、お楽しみに
出発の日、港は思ったより普通だった。
ニュースで見るような「旅立ちの場所」じゃない。
観光客、トラックの運転手、荷物を運ぶ作業員。
その中に、バックパックを背負った高校生が四人。
ミナが言う。
「なんかさ」
大きく伸びをして。
「全然ドラマっぽくないね」
サラが肩をすくめる。
「現実はそんなもん」
私はチケットを握りしめていた。
フェリー乗り場。
行き先。
韓国・釜山。
これが、本当に最初の国境だ。
ユイは港のフェンス越しに海を見ている。
風で髪が揺れていた。
「ユイ」
呼ぶと、振り向く。
「本当に行くんだね」
「うん」
即答だった。
ミナが笑う。
「今さら?」
「だってさ」
私は海を見る。
日本。
この島の外に出るのは初めてだ。
「なんか、まだ実感ない」
サラが言う。
「船乗れば出るよ」
そのとき、スピーカーが鳴った。
「釜山行きフェリーの乗船を開始します」
一瞬だけ、四人とも黙る。
ミナが小さく言った。
「……行く?」
サラは先に歩き出す。
「ここまで来て帰るやついる?」
ユイは少しだけ笑った。
私たちは並んで歩き出す。
金属の通路。
海の匂い。
足音がやけに響く。
船の入口で、係員がチケットを見る。
「旅行?」
英語だった。
サラが答える。
「Yes」
私は思う。
もう、日本の外に向かってる。
船に入ると、中は思ったより広かった。
売店。
椅子。
小さなレストラン。
ミナがはしゃぐ。
「修学旅行みたい!」
「修学旅行で中国行く学校ないでしょ」
サラが言う。
私たちは甲板に出た。
夕方の海。
港がゆっくり遠ざかる。
街の灯りが少しずつ小さくなる。
ミナが急に静かになる。
「ねえ」
誰も答えない。
「これさ」
彼女は海を見たまま言う。
「本当に帰ってくるんだよね?」
サラが笑う。
「当たり前」
でもユイは何も言わない。
私は少しだけ気になった。
船はゆっくり動いている。
波の音。
風。
街はもう遠い。
そのときユイが言った。
「ねえ」
振り向く。
ユイはポケットから何かを取り出した。
古い紙の地図。
世界地図じゃない。
もっと細かい。
アジアの地図。
赤いペンで線が引かれていた。
日本。
韓国。
中国。
そして、モンゴル。
「ここまで」
ユイが言う。
ミナが笑う。
「遠すぎる」
サラが覗き込む。
「でも行ける」
ユイは地図を折りたたむ。
「時間はある」
私は海を見る。
港の灯りが、もうほとんど見えない。
その瞬間、やっと思った。
もう戻れない。
日本から出ていく船の上で。
私たち四人は、
まだどこにも着いていない。
でも確実に、
世界の向こう側に向かっていた。




