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日本脱出  作者: さくらもち


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10/11

夜の海

港の奥には、ほとんど光がなかった。


巨大なコンテナが黒い壁みたいに並んでいる。


その隙間を、私たちは四人で歩いていた。


海の匂いが強い。


潮と、油と、錆びた鉄の匂い。


遠くでクレーンが動く音がする。


ギィ……ギィ……と、ゆっくりした機械の音。


ミナが小声で言った。


「……ほんとにやるの?」


誰も答えない。


足音だけが、コンクリートに小さく響く。


やがて、コンテナの隙間を抜けると、急に視界が開けた。


海だ。


夜の海。


真っ黒だった。


街灯が一つだけ、港の端に立っている。


その光の下に、人影があった。


昼間に話した外国人の男だ。


男は私たちを見ると、軽く手を上げた。


「You come」


その向こうに、小さな船が揺れていた。


本当に小さい。


昼間見た貨物船とは、まるで違う。


ただの漁船みたいな船だ。


波に合わせて、ぎしぎしと揺れている。


ミナが思わず声を漏らす。


「え、あれ……?」


男は平然と頷いた。


「Yes」


ミナが私の腕を掴む。


「ちょっと待って。無理無理無理」


正直、私もそう思った。


こんな船で、国境?


サラが男に聞く。


「Where?」


男は海の向こうを指さした。


暗闇しかない方向。


「North」


それから指で距離を示す。


「Morning」


サラが眉をひそめる。


「……Russia?」


男は笑って頷いた。


「Small village」


風が強くなった。


海の表面がざわざわと揺れる。


黒い水が、街灯の光を細かく反射している。


ミナが言う。


「ユイ」


ユイはずっと海を見ていた。


それから静かに言った。


「乗る」


ミナが叫ぶ。


「え!?」


サラも言う。


「ちょっと、本気?」


ユイは振り返る。


顔は暗くてよく見えない。


でも、声は落ち着いていた。


「怖い?」


ミナが即答する。


「怖いよ!」


ユイは少しだけ笑った。


「私も」


その一言で、少し空気が変わる。


男が言った。


「Captain waiting」


私たちは桟橋を歩く。


木の板がきしむ。


下を見ると、海がすぐそこにある。


黒い水がゆっくり動いている。


街灯の光が揺れている。


船に乗ると、金属の音が鳴った。


ガン、と響く。


船の奥から、年配の男が出てきた。


髭のある男。


厚いコート。


たぶん船長だ。


ロシア語で何か言う。


外国人の男が答える。


短い会話。


低い声。


私たちはデッキの上で固まっていた。


海が近い。


波が船の横に当たる。


バシャ……バシャ……


船長がこちらを見て、少し肩をすくめた。


外国人の男が言う。


「OK」


その瞬間。


エンジンがかかった。


ドゥン……ドゥン……ドゥン……


低い振動が船に広がる。


船がゆっくり動き出す。


桟橋が離れていく。


港の光が遠くなる。


ソウルの街の灯り。


ネオン。


ビル。


全部が、少しずつ小さくなっていく。


ミナが呟いた。


「……やばい」


サラが言う。


「もう戻れない」


海に出ると、急に暗くなった。


港の灯りが後ろに遠ざかる。


前は完全な闇だ。


空には星が出ていた。


海の上だから、すごく近く見える。


風が強い。


冷たい。


船の先に、ユイが立っていた。


風で髪が揺れている。


北を見ている。


その先にある国。


ロシア。


そして、もっと先。


モンゴル。


私は思った。


私たちは今、


本当に、


国境を越えようとしている。


その瞬間。


船が大きく揺れた。


ドンッ!


ミナが叫ぶ。


「うわっ!」


波だ。


船長が何か叫ぶ。


ロシア語。


エンジン音が大きくなる。


船がスピードを上げる。


そのとき。


サラが海の向こうを見て、言った。


「……あれ」


遠くに光があった。


白いライト。


暗い海の上を、ゆっくり動いている。


私は聞く。


「なに?」


サラの声が少し震えていた。


「海上警備」


ミナが言う。


「え、それって」


サラが答える。


「捕まるやつ」


船長が叫ぶ。


エンジンが唸る。


船が急に加速した。


黒い海を、切り裂くように進む。


遠くのライトが、少しずつこちらを向く。


夜の海の上で。


私たちの小さな船は、


逃げ始めた。

次回予告


3月13日、お楽しみに

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