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日本脱出  作者: さくらもち


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1/11

地図の上の外側

放課後の教室は、少しだけ海の匂いがした。


窓が開いているせいだと思ったけど、たぶん違う。

夏の前のこの時期、教室にはいつも少しだけ遠くへ行きたくなる匂いがする。


私は進路調査票を前にして、ずっとシャーペンを回していた。


「ナツミ、まだ書いてないの?」


後ろから声がした。


振り向くと、サラが机に寄りかかっている。

いつもの冷めた顔。


「うん」


「将来の夢とか」


「ない」


サラは笑った。


「正直でよろしい」


教室には私たちの他に、あと二人残っていた。


ミナは窓際の席に座ってスマホをいじっている。

元バスケ部のくせに、最近はやたら静かだ。


もう一人。


ユイ。


彼女は黒板の横の世界地図を見ていた。


ずっと。


さっきから、全然動かない。


「なに見てんの?」


ミナが聞く。


ユイは少しだけ振り向いて言った。


「国境」


それだけ。


意味がわからない。


サラがため息をつく。


「地理オタク」


でもユイは気にしていない。


黒板の横に貼られた古い世界地図を、じっと見ている。


そして突然、言った。


「卒業までにさ」


私たちは同時に顔を上げた。


ユイは地図から目を離さないまま続けた。


「日本から出ない?」


沈黙。


ミナが笑う。


「修学旅行?」


「違う」


ユイは首を振る。


「飛行機なしで」


私は思わず聞き返した。


「え?」


ユイは振り向く。


その目は、妙に本気だった。


「自分の足で」


少しだけ間を置いて。


「国境、越えてみたい」


教室が静かになる。


窓の外では、野球部がまだ練習している。


ボールの音が遠くで響く。


サラが腕を組む。


「具体的には?」


ユイは黒板の世界地図を指さした。


日本。


その横。


韓国。


さらに上。


中国。


そして。


「ここ」


指先は、茶色い広い場所を示していた。


モンゴル。


ミナが口を開ける。


「遠すぎない?」


「うん」


ユイはあっさり言う。


「だから行く」


私は笑うつもりだった。


でも笑えなかった。


ユイの声が、変に静かだったから。


サラが聞く。


「理由は?」


ユイは少しだけ考える。


それから言った。


「地図の外、見たことないから」


「意味わかんない」


ミナが言う。


「でもさ」


ユイは続ける。


「卒業したら、みんなバラバラになるじゃん」


誰も何も言わない。


窓から風が入る。


進路調査票が少しだけ揺れる。


ユイは言った。


「その前にさ」


そして笑った。


初めて見る笑い方だった。


「世界の端まで行ってみない?」


私は進路調査票を見た。


空白のままの未来。


それから顔を上げる。


「いつ出発?」


ミナが吹き出した。


サラは呆れた顔をする。


ユイだけが、少しだけ嬉しそうだった。


黒板の横の世界地図。


その端に、小さく国境が引かれている。


細い線。


でもその線の向こうに、


まだ見たことのない場所が広がっていた。

次回予告


18時10分、お楽しみに

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