【第1話】 目覚めます
明るい日差しが窓から差し込んできた。おかしい、今日の天気予報は雨のはずだ。
目を開けると、違和感が俺の体を巡った。
ベッドが大きい。それに、窓も大きくなっている。なんだか自分の部屋じゃないみたいだ。ベッドから体を起こすと、違和感の正体が分かった。
鏡に映った俺は、見た目が違かった。
ーあぁ、転生したんだ。
理由は不明。前世の自分の名前すら覚えてない。だけど、脳内には転生したんだという事実だけが再生された。
一体どんな世界に転生したんだ。ゲームや漫画で見るのは、異世界系が多いが。
この世界での自分がどんなやつなのかもわからないまま、俺は部屋を見回した。
部屋にあるものは生活に必要なものしかない。特に豪華な家ってわけでもなさそうだ。
「アルトー、起きてる?」
部屋の外から声が聞こえたので、とっさに身構えてしまった。声のトーンからして、女性のような声だから恐らくお母さんなんだろう。
「起きてるよ」
俺は一言だけ返した。
恐る恐るドアを開けると、そこにはお母さんであろう女性と、男が2人いた。片方は、老人。
「おぉ、アルト。ちゃんと起きれたんだな」
「まぁ、今日は儀式の日だからね」
お母さんであろう女性が言った。
儀式…?一体何があるんだろう。
「また勇者がこの家から出るのね。旅立つのは寂しいけど、歴史に名を残せるならそれでいいわよね」
「そうだな。冒険者一族として、これ以上ない名誉だ」
ー冒険者、勇者。
その言葉だけがやけに大きく聞こえた。
俺は思考を巡らせ、この世界がなんなのか考えた。
普段から転生系の漫画などを読んでいたので、答えはすぐに分かった。
恐らく、この世界は異世界ファンタジー系だろう。儀式というのは、旅立つにあたって役職を選ぶんだろうな。
「それにしても、アルトが16歳だなんて早いものね」
俺はこの世界ではアルトという名前らしい。そして、年齢は16歳。前世の俺と同じ年齢だ。
前世ではなんで死んだのか、自分の名前の2つだけが記憶から無い。それ以外は覚えているというのに。
「あら、もうこんな時間ね。アルト、噴水前に行ってらっしゃい。勇者になった報告待ってるわよ」
お母さんらしき人が言った。そして、その周りにいた男達も、無言の圧をかけてきた。
予想だが、この家では勇者になるのが当たり前なんだろう。そして、この家の人たちは俺が勇者になると思っているんだ。
勇者なんて目立つし、嫌なんだよな…
無意識にズボンのポケットに手を入れると、紙が入ってることに気づいた。
それは、「この世界の役職一覧」と書かれた紙だった。
勇者はこの世界で1番人気の役職。だけど、数としては魔法使いが多い。他には前衛に、僧侶に、薬草家…結構種類あるんだな。
噴水が見えてきて、そこに人がたくさんいたので、ここが集合場所なんだなとわかった。
人の数は、とてもじゃないけど数えきれなかった。それほど、たくさんいる。
中には親子で来ている人もいて、この世界では一大イベントのようなものなんだろう。
「俺勇者にするぜ!」
「まじ!?俺もだよ!」
そんな声が聞こえてくる。やはり、勇者は1番人気のようだ。
けど、勇者が1番人気なら、数としても勇者が多いはずだ。なぜ、魔法使いが多いのだろう。
そんなことをふと思ったが、今は考えないことにした。
「私は薬草家かなー」
「私は僧侶になるよ」
男子ばかり見ていたが、普通に女子達もいた。この世界では男女関係なく、16歳になったら役職を決めるんだな。
そんなことを考えていると、30代くらいの男性が前に出てきた。
「将来有望な子ども達よ。今日はよく来てくれたな」
ものすごい上から目線のような言い方だったので、少しイラッとしたが、なんとか飲み込んだ。
「今日は儀式の日だ。みんな、なりたい役職になって、これからの人生頑張るんだぞ」
なるほど。この世界ではここで決めた役職は一生背負っていくんだな。ま、普通に考えたらそうか。
そういえば、なんでこんなに役職を決めることを義務化してるんだろう。
「よいか。この世界にいる魔王は非常に強い。この中から魔王を倒す逸材が現れるかもしれない。我々はそれに期待している」
魔王…この世界には魔王がいるのか。
勇者になって目立つのは嫌だから、数の多い魔法使いを選ぼう。
「以前渡した役職一覧に番号を書いている。その番号順に呼ぶから、待機するように」
さっき読んだ紙を見てみると、確かに番号が書かれていた。
ー192
192番目か。この人の量からすると、まあまあ序盤だな。
前を見ると、続々と役職が決められていた。
「よし。これから勇者として頑張りたまえ」
このセリフが何度聞こえただろうか。やはり、人気なんだな。
まだ誰1人として、魔法使いを選んでいない。
「アルトー、来たわよ」
声のする方を見ると、家にいた女性と、男性が来ていた。恐らく、息子の勇姿を見届けに来たのだろう。
「アルトが勇者に任命される瞬間をこの目に焼き付けないといけないからね」
女性は、楽しそうな感じで言った。
後ろにいる男2人は何も言わないが、俺が勇者になることを期待している様子だった。
「次、192番、水上アルト」
自分の番号と名前が呼ばれたので、噴水の前に行った。
そこに行くと、3人の大人がいた。1人は、最初に喋っていた30代くらいの男性。もう2人は、ペンと紙を持ってなにかメモをしている女性達だった。補助役といったところだろうか。
「君は冒険者の家系だな。何を選ぶかは聞くまでもなさそうだが、役職は何がいい?」
この男性も、家にいた人たち同様、俺が勇者を選ぶのだと思っているらしい。確かに、お話の世界での勇者はかっこいいと思う。だけど、いざ自分がその世界に行くと、勇者になりたいとは思わない。
ーもう2度と、失敗したくない。
「…魔法使いで」
俺がそう言うと、世界から音が消えた。
実際に音が消えたわけではないが、異常に静まり返った。
「……え?」
家にいた女性が言った。動揺なのか、焦りなのか。声が震えていた。
「アルト…?何言ってるの…?」
女性からしてみればそうだろう。けど、俺は嫌だった。
「…本当に魔法使いでいいんだな?」
30代くらいの男性が言った。これは無言の圧だろう。
「お前は裏切り者だ。後悔しても知らないぞ」とでも言いたげな様子だった。
「…はい。大丈夫です」
俺がそう言うと、男性の横にいた補助役のような女性が無言でペンを動かした。
すっかりと日が暮れ、少し冷えてきた。
あれから、家にいる人たちとは喋っていない。全員、部屋にこもってしまった。
もうこの家に用はない。俺は必要最低限の荷物をまとめ、メモを机の上に置き、家を出て行った。
「さようなら」
それ以上、言葉は書かなかった。
夜が明け、少しずつ暖かさが戻ってきた。初めて野宿をしたが、案外悪く無い。
昨日荷物をまとめて、家を出たものの、行く場所などない。それに、魔法使いになったものの、魔法のことなんて微塵もわからない。
「これからどうしよ…」
誰に言うわけでもなく、独り言を溢した。
すると、背後から気配を感じた。
足音は、ほとんど聞こえなかった。
反射的に振り向くと、そこには家にいた女性とは違う女性が立っていた。
「君……昨日、魔法使いを選んでいた子だね」
開口一番、女性はそう言った。




