第6話 にゃ……(陽向くんに嫉妬されたい……)
──放課後。
何とか一日を乗り切った俺は、そのまま部活動の時間を迎えていた。
「帰らないのー?」
「うん。これから部活だから……母さんたちに見つからないように、先に帰ってくれると助かるんだけど」
するとメイがぷくっと頬をふくらませ、拗ねたように言う。
「むー!やだやだ!」
「……しょ、しょうがないな。じゃあ、部活見学する?」
「する!」
嬉しそうに飛びついてくるメイ。
俺たちは二人並んで体育館へ向かった。
***
体育館に着くと、まず聞こえてきたのはいつものボールを突くドリブルの音。
続いて、バッシュが床をきゅっきゅっと鳴らす音が響いていた。
「おーい、遅いぞ陽向!」
「わ、悪い悪い!」
声をかけてきたのは、バスケ部の仲間で親友の夏目麗央。
そう──あの夏目水果の兄だ。
彼は俺より背が高くて、顔もかっこいい。ミディアムヘアの金髪を靡かせて、一見するとモテそうなのに、その軽い性格のせいで実はあまりモテない残念なイケメンだ。
「あ、そういや水果さんは?」
「知らねえ、休むってよ。……そんなことよりさ、お前の隣の女の子誰だよ。新しい彼女か?」
麗央がメイに気づき、指をさす。メイは警戒したように、そっと俺の後ろに隠れた。
「あぁ、ただの友達だよ。見学したいんだって」
「なーんだ、よかった。じゃあその可愛い子、俺に紹介してくれよ」
「は、はあ!?」
別にメイは俺の彼女でも何でもないのに、なぜか嫉妬に近い感情を抱いてしまった。
そしてメイが、ほんのり頬を赤くして言う。
「えへへ、アタシ可愛いんだって!」
「だ、だからなんだよ……」
彼の言葉に素直に喜ぶメイを見ていると、胸がちくりと痛む。
……これが、俗にいう“NTR”ってやつなのかもしれない。
「も、もういい加減にしろよ二人とも!」
俺が嫉妬しているのを見て、メイはニヤニヤしている。
自分は嫉妬深いくせに、人を嫉妬させるのは好きらしい。
すると、麗央がこちらを見てふっと口を開いた。
「あ、安心しろよ、俺には本当に好きな人がいるから」
「本当に好きな人?」
俺は半分ふざけて、誰なのかをしつこく聞いてみた。
その瞬間、麗央は少し苛立ったような表情を見せる。
「だけど俺には振り向いてくれないよ、あの人は……だって……!」
「だって?」
そこで麗央はハッとしたように言葉を切り、
「う、うるせえな! 早く準備しろよ! 練習始まるぞ!」
と強引に話題を終わらせた。
……結局、彼が誰を好きなのかは分からないままだった。
***
部活の帰り道、メイが「朝の公園に寄りたい」と言ったので、俺たちはそのまま公園へと向かった。
夜の公園は静かで、街灯だけがぼんやりと照らしている。
ベンチに並んで座ると、自然と肩が近づいた。
「ねぇ……陽向くん」
メイが小さな声で俺を呼ぶ。隣を見ると、彼女はまっすぐ俺の目を見つめてきた。
「さっき……嫉妬してたよね。あれって……アタシのこと、少しは女として見てくれてるってことだよね?」
「え……それは……」
言葉が詰まる。俺はどう答えればいいかわからなかった。
そんな俺を見て、メイがそっと呟いた。
「陽向くん……もう我慢できないよ」
そう言った瞬間、メイはゆっくり顔を近づけてきた。
距離がゼロになる。
次の瞬間、彼女の唇が俺の唇に触れた。
柔らかくて、温かい。一度触れただけじゃ終わらない。
メイはそのまま軽く口を重ね直して、もう一度キスをした。
街灯の下、静かな夜の公園で、俺たちはしばらく言葉もなく見つめ合った。
メイの唇が離れたあとも、俺の胸はずっと熱かった。
彼女は俺のシャツを軽くつまんで、今にもまたキスしそうな距離で見つめてくる。
そして、気づけば――俺は静かに彼女に身を委ねていた。
(……だめなのに)
メイは猫だ。俺は“飼い主”で、守る側でいるべきなのに。
(こんなこと……俺は飼い主失格だ……)
そう思ったのに、体は止まらなかった。
メイがまたそっと触れてくる。その温かさに、心ごと引き寄せられてしまう。
「あのね……アタシ、ずっとアナタのことが好きだったんだよ……陽向くんはどうなの……?」
メイは震える声でそう言った。今にも泣きそうな大きな瞳が、必死に俺を追いかけてくる。
胸が痛くなるほど真剣なその表情に、俺は言葉をなくした。
俺は――冬月さんに恋をしている。
その気持ちは本物だ。
だけど。
メイが人間になってから、無邪気に笑って、素直に甘えてきて、俺を信じてくれて。
その全部が心に入り込んできて……俺は揺れていた。
(いけない……こんなの、ダメなのに)
「メ、メイ……」
名前を呼ぶだけで精一杯だった。それ以上の答えが出せない。
俺はただ、彼女の涙をこらえるような瞳を見つめ返すことしかできなかった。
夜の静けさだけが、二人の間に流れていた。
――つづく




