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5話 にゃ!?(楓ちゃん!?)

「はぁ…はぁ……なんとか間に合った」


 息を切らしながら校門をくぐる。ギリギリ遅刻は回避した。

 すると、メイが「緊張するから手を繋いでほしい」と言うので俺たちは手を繋いで同じ教室に向かうことにした。そう、奇跡的にも同じクラスになれたんだ。


 教室に入ると、周りのみんながちらちらとこちらを見てくる。

きっと手を繋いでいる俺たちのことを、恋人同士だと思ってるんだろう。


 隣のメイを見ると、照れくさそうに頬を赤くして笑っていた。


「ねぇ……みんな見てるね……♡」


 メイは小声でそう囁くと、そっと俺の肩に頭を預けてきた。

不意を突かれ、思わず俺は距離を取る。


「だ、だめだよ。みんなに勘違いされるって」

「むー!……勘違いされたって別にいいじゃんか!」


 ぷくっと頬を膨らませるメイはまるで本当に恋人みたいで、その仕草が愛らしい。


 するとそこへ、同じクラスの冬月さんが声をかけてきた。


「えっと……もしかして、この前のお友達?どうしてここに………?」

「今日からメイ──いや、芽衣さんも、この学校に転校してくることになったんだ」


 相変わらず背後で嫉妬でむくれているメイを、俺はなんとか宥めながら答えた。

 一瞬、冬月さんの表情がわずかに歪んだ気がした。

 ……いや、きっと気のせいだろう。


 ちょうどその時、チャイムが鳴り響き、教室は一気に静まり返る。みんなが席につく中、担任の木村がガラッとドアを開けて入ってきた。


「はーい、今日は新しくこの学校に転校してきた子がいます。春乃さん、挨拶できる?」


 メイは緊張した面持ちで前へ歩き出す。その途中でちらりと俺を見て、ニコッと笑った。その仕草がやけに可愛い。


「え、えっと! アタシ、春乃芽衣って言います! 趣味はおもちゃで遊ぶことで……好きなことは、陽向くんの上で寝ることです!」


 教室中が一気にザワついた。


(メ、メイのお馬鹿……!)


 俺は恥ずかしさで顔が熱くなり、思わず俯いてしまうが、もちろんメイに悪気なんて全くないので仕方がない。ただ、これに関しては昨日ちゃんと自己紹介の打ち合わせをしなかった俺が悪い。


 メイは自己紹介を終えると、満面の笑みを浮かべながら俺の隣の席に座ってきた。


「えへへ……ちゃんと自己紹介できたから、陽向くん褒めて〜♡」

「よ、よくできたよ。ただ……これからは、もっと上手く自己紹介できるように、俺がいろいろ教えてあげるよ」


「うん!」


 素直に頷くその姿を見ていると、さっきまでの恥ずかしさなんてどうでもよくなってしまう。

 ……まあ、授業が終わったあとでクラスのみんなに弁解するのがちょっと面倒だけど。


***


「お腹すいたねぇ〜」


 昼休み、俺たちはお弁当を食べるために屋上へ来ていた。


 懸念していた通り、メイは授業中ずっとウトウトしていた。元猫だから仕方ない……で済ませられないのが人間社会の厳しさだ。


「メイちゃん? 授業中寝ちゃだめだよ?」

「なんで〜? 猫だった時は寝ても怒らなかったじゃん〜」


 ぐうの音も出ない。そもそも“授業中に寝るのは悪い”という概念自体、人間特有のルールだ。元猫のメイにとっては理解不能だろう。


 ――今ここで強く怒っても、多分伝わらない。

 俺は「帰ったらゆっくり説明しよう」と心に決め、ひとまず注意するのをやめた。


「ねぇ〜そんなことよりお腹すいたよ〜」


 メイが俺の袖を引っ張ってくる。猫の頃から相変わらず、一旦食欲のスイッチが入るともう他のことはどうでもよくなるタイプだ。


「わかったよ、じゃあお弁当食べよう……あっ!!!」


 その瞬間、俺はとんでもない事実に気づいてしまった。

母さんが作ってくれた俺の弁当しか持ってきていない、メイのぶんを準備するのを完全に忘れていたのだ。


(やべぇ……マジか……)


 仕方ない、俺は自分の弁当箱をそっと彼女に差し出した。


「……メイ、これ。食べていいよ」


メイは不思議そうにこちらを見つめてくる。


「陽向くんは食べないの?」

「うん、お腹すいてないんだ」


 俺はなぜか彼女の前だとついカッコつけたくなり嘘をついてしまった。


 そんな俺の気持ちとは裏腹に、メイは嬉しそうに俺の弁当を頬張っている。

 食堂に行こうにも、肝心のお金すら持ってくるのを忘れてしまった。


 ……本当に、なんてドジなんだ俺は。


 そのとき、屋上の扉がガチャリと開いた。


「あら、ひーくん。今日は女の子とお昼たべてるの?」


 声のする方を見ると、屋上の入口には俺の幼馴染でメイもよく知っている一つ年上の女性。

落ち着いた雰囲気をまとった先輩、秋山楓が立っていた。


「か、楓さん。もう俺も十七歳なんだから、ひーくん呼びはやめてくださいよ」

「うふふ。何歳になってもひーくんは私にとっては可愛い弟みたいなものなのよ?」


 彼女は赤いふわりとしたミディアムヘアで、どこか柔らかい雰囲気を持つお姉さんキャラだ。巨乳で美人、男からの人気は絶対的と言っていいほど高い。


 ――そして、実は俺の初恋の相手でもある。


 すると、そのやり取りを聞いていたメイが、ぱっと驚いた顔で俺たちを見た。


「か、楓ちゃん!?」

「……あら? あなたとどこかで会ったかしら?」


 楓さんは知らないだろうが、メイにとって彼女は幼い頃からよく知っている相手だ。

俺以外には滅多に懐かなかったメイも、楓さんにはよく懐いていた。


 その証拠のように――


「久しぶりだよ〜楓ちゃん〜!」

「わ、わぁ!? ど、どうしたのぉ?」


 メイは勢いよく楓さんに抱きつき、楓さんは完全に驚いて固まっていた。


 ……どうせ信じてもらえないだろうが、ここまで来たら楓さんには話すことにした。


***


「えぇ〜!? この子が、あのメイちゃんの生まれ変わりなのぉ!?」


 案の定、楓さんは大きく目を見開いて驚いている。

 無理もない。彼女からすると。俺の頭がおかしくなったと思われているだろう。


「し、信じてもらえないでしょうけど本当なんですよ!」

「ほんとなんだよー! アタシ、生まれ変わったんだよ!」


 楓さんは再びメイと俺を見て驚いたまま固まっていたが――やがて少しだけ落ち着いたように、ふっと微笑んだ。


「んー……まだ信じられないけど、ひーくんは昔から嘘をつくような人じゃないし……少しは信じてみるわ」


 その言葉を聞いた瞬間、メイはぱぁっと顔を輝かせ、そのまま楓さんにぎゅっと抱きついた。


「わーい! やっぱり楓ちゃんならわかってくれると思ったよー!」


 メイに思いきり抱きつかれ、楓さんは苦笑いしながら軽く受け止める。

 だが次の瞬間、ふと俺のほうを見て首を傾げた。


「あら? ひーくん、お弁当は?」

「いや実は………」


 俺は彼女に弁当を忘れた経緯を正直に説明した。

 すると楓さんはランチバッグをガサゴソと探り始める。


「今日……ちょっと作りすぎちゃってね……少しひーくんにもあげるわよ」

「え!? いいんですか!?」


 女神か。


 本当にこんなご都合展開があっていいのかと疑うレベルでありがたい。

 俺は遠慮なくそのお弁当を一口頬張った。


 ……やっぱり美味い。


 昔から楓さんは料理が上手で家に遊びに行くたびに「ちょっと食べて?」と味見をさせられてたのを思い出す。


 俺が夢中で弁当を頬張っていると、メイが楓さんを引っ張って少し離れた場所へ移動した。

二人はこそこそと何かを話し込んでいる。


(な、何話してるんだよ……)


 気になって仕方がなかったが、俺はとりあえず楓さんの弁当を三分の一だけ食べ、きちんと彼女に返した。


「ご、ごめんなさい。弁当たかっちゃって……」

「いいのよ。もしよかったら、明日からでも作ってあげたい気分だわ」


 その申し出は本当にありがたかったが、なんだか彼女に申し訳なくなって、俺は気持ちだけ受け取ることにした。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、それを合図に俺たちはそれぞれ教室へと戻っていった


「ねえ、楓さんと何話してたのメイちゃん?」

「えへへ♡ ひみつ〜♡」


 知りたいけど、あっさり秘密にされてしまった。それでも横を歩くメイは相変わらず可愛くて、胸の奥がじんわり温かくなる。


 そして、それにしても――、


(楓さんのお弁当美味しかったな……また明日……いや、ダメダメ……!)


 俺は、久しぶりに味わう楓さんの料理に感動してどこか懐かしい気持ちになった。


***


――放課後


 教室で、秋山楓はひとり窓の外を眺めていた。その表情はどこか悲しげだった。


「芽衣ちゃん……もしあなたが本当にあのメイちゃんなら……申し訳ないけど……」


小さくつぶやき、楓はそっとカーテンを握りしめた。


「ごめんね……私も、昔から彼のことが好きなの……」


――つづく

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