第4話 にゃん♪(陽向くんと初登校♪)
「く……苦しい……」
目を覚ますと、メイが俺の腹の上に乗っかって、お尻をこちらに向けたまま眠っていた。
猫のときもよくこんな寝方をされていたけど、人間の姿でやられるとさすがに重い。
「メイちゃん、ちょっと……どいて?」
「にゃー♪」
鳴き声で誤魔化しているのは分かっている。
でも、その生意気な態度がたまらなく愛おしい。
見た目はもう立派な人間の女の子。それでも俺にとってメイは、いつまでも可愛い愛猫だ。
「そろそろ学校に行こうか。母さんたちが起きる前に」
「うん!」
制服に着替え、軽く朝食を済ませると、俺たちはまだ吐く息の白い早朝の街へと駆け出した。
***
「ねぇ陽向くん、学校始まるまで時間あるよね?どこかで時間つぶす?」
「あぁ、実はちょっと寄り道したいところがあるんだ」
外の世界がまだ新鮮なメイは、目をキラキラさせながら俺の後ろをちょこちょこついてくる。
俺が寄り道したい場所──それは近所の公園。
そして、その公園には俺が小学生の時からよく足を運んでいたバスケットコートがある。
俺はカバンからバスケットボールを取り出し、そのまま軽くドリブルを始めた。
メイは首をかしげながら、不思議そうにこちらを見つめている。
「メイちゃんは知らないだろうけど……実は俺、バスケ部なんだよね」
「ばすけ?ぶ?なにそれ〜?」
当然だが言葉の意味すら分からない、何も知らない無垢な子に説明するって案外難しい
「バスケって言うのはね、あの籠にこのボールを入れたら勝ちの遊び。俺はその練習をする為に部活って言うのに入ってるんだ」
「へぇ〜!よく分かんないけど楽しそう!」
彼女は目を輝かせ、興味津々にボールを見つめている。
知らないことを知るたびに嬉しそうに笑う彼女を見ていると、こっちまで楽しくなる。
そして、メイの前でちょっとカッコつけたくなった俺は、ゴールから離れて三ポイントシュートを狙う。
放たれたボールは綺麗な弧を描いて──
カンッ。
外れた。
……めちゃくちゃ恥ずかしい
振り返ると、メイは相変わらずニコニコと俺を見上げていた。
その無邪気さがあまりにも可愛くて、思わず頭を撫でたくなったが──
いまのメイは「人間」。外で撫でるのはさすがに我慢しよう。
その時、背後から刺々しい声が飛んできた。
「へぇ〜、先輩。前よりシュートの精度落ちてない?これじゃあ、いつまでもベンチだね」
振り向くと、高校の後輩で女子バスケ部の“夏目 水果”が腕を組んで立っていた。
小柄な体にダボダボの制服、鮮やかな緑色のツインテールが風に揺れている。そして、いつも俺にツンとした態度で何かと絡んでくるちょっと厄介なタイプだ。
「どうしたの?君も練習に来たの?」
「そうだけど、先輩たち邪魔だからどいてくれない?」
挑発的な言葉に、メイの眉がぴくりと吊り上がった。
「なんで陽向くんに、そんな酷いこと言うの!?」
「はぁ?な、何よこの子……先輩の何なのよ!?」
二人の間に、バチッと火花が散る。
「何って……友達……だよね?陽向くん?」
「う、うん」
昨日、俺はメイに言った。誰かに関係を聞かれたら“友達”って答えよう、と。
だけど──その言葉を口にしたメイの表情は、どこか曇って見えた。
「ふーん友達ね、まぁどうでもいいけどさぁ。でも先輩っていつも練習してる割に大したことないよね」
「う、うるさいな……」
夏目は何かと俺に噛みついてくるが、理由は分かっている。
彼女には兄がいて、俺と同い年で、同じバスケ部。そして一時期、俺はその兄からスタメンの座を奪ったことがあった。ほんの一時期だが。
(そりゃ、気に入らないよな……)
するとメイが、怒ったように前へ出た。
「陽向くんはすごいもん!アナタに何がわかるのよ!」
「はぁ?全然すごくないし、ずっと先輩が練習してるところ見てきたから分かるし!」
二人は睨み合い、まったく引く気配がない。
止めようにも、俺はどうしていいかわからなかった。
夏目が僅かに目を細め、冷たく言い放つ。
「アンタはバスケすらできない癖に、何も知らないんだから黙っててよ!」
「……で、できるもん!陽向くん、ボール貸して!」
勢いよく手を差し出してくるメイ。俺は一瞬迷ったがボールを渡した。
これも、彼女にとって何か良い経験になるかもしれないと思ったからだ。
夏目が肩をすくめる。
「じゃあ証明してみなよ、1on1でどっちが上か」
こうして、なぜか二人の1on1が始まることになった。
***
「メイちゃん、がんばれ〜!」
俺が声をかけると、メイはこちらを向いてニコッと笑った。
そのまま、ぎこちない手つきでボールを弾きながら前に進む姿が可愛い。
「なにそれ、下手すぎ〜」
「も〜…うるさいなぁ……」
夏目にバカにされても、メイは気にした様子もなくゴールへ向かっていく。
夏目は完全に余裕。わざと距離を置いて、からかって楽しんでいる。
――しかし次の瞬間。
メイが急に走り出した。
そして、そのまま大きく跳び――、
「は?」
視界から消えたと思ったら、もうリングの上にいた。
そのまま勢いよくボールを叩き込む。
ドンッ!!
ゴールが揺れ、ボールが床に跳ね返る。
メイはすました顔で着地し胸を張る。
「やったよ! 陽向くん!」
俺は呆然としながら思い出す。
……そうだ。
こいつは元々──
猫だったんだ。
夏目は目を丸くして固まっていたが、その顔を見た瞬間、俺の胸が少し誇らしくなる。
まるで、自分の娘の成長を見守っている父親みたいに。
「ア、アンタ何者なのよ!?」
「……とにかく!アタシが勝ったんだから、陽向くんの悪口はもう言わないでよねー!」
メイは勢いよく俺の方へ駆け寄ってくる。一方、夏目は悔しそうに歯を食いしばっていた。
そのとき、公園の時計が目に入る。
「あっ! もう学校に行かなきゃ遅刻するよ!!」
「え? 遅刻って何なの、陽向くん?」
メイが聞き返すが説明してる暇なんかない。
俺達はそのまま学校へと走り出した。
***
「な、なんなのよ……新しい女の子の友達なんか作って……」
夏目 水果は公園のベンチに一人取り残され、遅刻寸前だというのに、やさぐれたように座り込んでいた。
両腕にはバスケットボールをぎゅっと抱きしめている。
「大嫌い…………大嫌いなんだよ………!」
声は震えていた。
そのままボールを胸に押し当て、俯く。
「……素直になれない私なんて……大嫌いだよ…………!」
その声は、誰にも届かないまま朝の静けさに溶けていった。
――つづく




