第3話 にゃー!!(ライバル出現!!)
夜の美術室。
白くて長い髪の少女がひとり鉛筆を握っていた。
月明かりに照らされた紙の上に、静かに影が落ちる。
「はぁ……はぁ……いけないのに……」
息を整えようとしても、指先は止まらない。
鉛筆が擦れる音だけが夜の美術室に響いている。
描かれているのは、桜庭陽向の横顔。
線の強弱、陰影の重なり――
どれも丁寧で、写実的なデッサン。
少女は一度だけ深呼吸し、
また目の前の紙と向き合う。
「彼、今どこで何してるんだろ……それに、この前隣にいた子は誰なのかしら……?私って本当に彼のこと何も知らないんだな……」
少女は完成したデッサンをじっと見つめたまま唇をきゅっと噛みしめる。
そして紙を握りつぶし、ためらいなくゴミ箱へ投げ入れた。
「桜庭くんのこと……好きなのに」
***
今日は日曜日。
俺とメイは布団の上でゴロゴロと過ごしていた。
だけど、そろそろ出かけないといけない。
というのも――
メイが俺の学校に転校してくることになり、彼女の新しい制服を買いに行かないといけないからだ。
「陽向くんと同じ学校行きたいの!!」
「べ、別にいいけど……制服とかどうするの?」
「わかんないよ、誰かくれないの?」
まず彼女には人間社会のイロハを教えないといけない。
そのために、俺は制服を買ってあげるついでにショッピングモールへと行き「売買」というシステムを教えることにした。
***
「わぁ……すごい!!」
ショッピングモールに入った途端、彼女は子どものように目を輝かせて駆け出した。
それも無理はない、生前は死ぬまでずっと家の中でしか過ごせなかったのだから。
「ちょ、ちょっと待てって!」
俺は慌ててその後を追いかけた。
そして、メイが吸い込まれるように入っていったのはペットショップだった。
棚には猫用のおもちゃがずらりと並んでいる。
「……これ……!」
キラキラした目で一つを手に取ると、そのまま猫の頃の癖が出たのか口にくわえてカミカミし始めた。
「ちょ、ちょっとメイ!それダメ!放して!」
あわてて引き離す俺に、メイは目をぱちぱちさせながら小首をかしげる。
「やだ!まだ遊びたいもん!」
「ダメ、これは売り物だから。買ってからじゃないと遊んじゃいけないんだよ?」
「買う……ってなに?」
本気で分かっていない顔だ。
元猫の彼女に常識を叩き込むのは、まだまだ時間がかかりそうだ──。
「買うっていうのはね……」
俺はメイの手からそっとおもちゃを受け取りながら言った。
彼女は不満そうにこちらを見つめている。
「ここにある物は全部、このお店の人が用意してくれたものなんだ。勝手に持っていったら、その人が困るだろ?」
メイは小さく頷く。
「……困らせたくない」
「だから、俺たち人間は欲しいものがあったら“ありがとう”の気持ちを込めてお金と言うものを渡す。そうすれば堂々と、好きなだけこのオモチャで遊ぶことができるんだ」
メイはじっとお金の入った財布を見る。
それは彼女にとって“得体の知れないルール”の象徴。
「じゃあ、お金って“ありがとう”の代わりなの?」
「うーん……ちょっと違うけど、一番それに近いかな」
メイはおもちゃを胸に抱きながら、元気そうに頷き言った。
「じゃあアタシがありがとう言ってくるからお金貸して!!」
勢いよく手を伸ばしてくるメイに、俺は財布を渡す、そして一緒にレジへ向かい会計をする彼女を横で見守った。
少し緊張しながらもお金を出し、店員さんに小さく「ありがと」と告げるメイ。
無事に買い物を終えて戻ってくると、おもちゃの入った袋を嬉しそうに掲げる。
……なんとか、“買う”ってことを理解してもらえたみたいだ。
***
俺たちはペットショップを後にして、ショッピングモールを出た。
さっき商店街でメイの制服も買い終えたし、そろそろ帰ろうかと歩き出したところ──
「……あっ、桜庭くん……!」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこに立っていたのは、白い髪をふわりと揺らす美少女。
薄い青色の瞳をしておりどこか儚げな雰囲気が印象的だ。
そして、俺は密かに彼女に片想いをしている。
「ふ、冬月さん!? ど、どうしたの!?」
心臓をバクバクさせながら、俺は冬月さんに近づいた。
学校で見慣れているはずの彼女でもこうしてプライベートな場所で会うと、なんか全然違って見える。
一方で──
隣にいたメイは不機嫌そうに俺の袖を摘む。
そして、頬をぷくっと膨らませながら言った。
「この前も、この人と一緒にいたけどやっぱり彼女なんじゃないの!?」
「ち、違うって前から言ってるだろ?」
「じゃあ、なんでさっきから陽向くんはこの人の顔見て鼻の下伸ばしてるの?やっぱ浮気じゃん!!」
俺に詰め寄るメイに、冬月さんが心配そうに声をかけて止める。
「安心してください、私は桜庭くんの…ただのクラスメイトですから……」
「そ、そうだよメイちゃん」
なんとかメイは落ち着いてくれたが、彼女から“ただのクラスメイト”と言われるのも少し切なくなる。
すると冬月さんも、不思議そうな顔でこちらに問いかけてくる。
「ところで……その……アナタは桜庭くんの妹さんなんですか?」
そう冬月さんに聞かれると、メイは彼女の前に一歩出て堂々と言い放った。
「アタシ妹じゃないよ!陽向くんに飼われてるの!」
「えっ!?」
冬月さんの顔が一瞬で固まる。
俺は慌ててメイの腕を引き寄せた。
「おバカ!そんな言い方したら変に勘違いされるだろ!」
するとメイはむすっとしたまま、平然と言い返す。
「勘違いも何も、事実じゃん」
(じ、事実だけどさ……)
そして俺は冬月さんの誤解を何とか解き、メイは俺の“女友達”だということにした。
「そ、そうなんですか……びっくりしちゃいました」
冬月さんは胸に手を当てて、ほっと安堵の息を漏らす。
そしてそのまま、俺たち三人は別れ道まで一緒に帰った。
道中、なぜかメイと冬月さんの間には妙な緊張感が漂っていたが、まぁ俺の勘違いだろう。
「じゃあ……また明日学校で」
「う、うん!また明日!」
***
「はぁ……疲れた……」
少し歩き疲れたが俺たちはなんとか家に帰り着いた。
メイは嬉しそうに新しい制服へ着替えると、ペットショップで買ったおもちゃで夢中になって遊び始めた。
その姿を俺がぼんやり眺めていると、メイがこちらに視線を向け、ふいに声をかけてきた。
「ねえ、アタシのことも……少しは異性としてみてよね……じゃないと私……!」
「じゃないと?」
彼女は何かを言いかけたが、言葉を飲み込むと再びおもちゃで遊び始めた。
(……何か隠し事をしてる?)
色々とモヤモヤは残るが、明日からメイと一緒の学校へと通うことになる。
俺は遅刻しないためにも、早めに布団に入った。
少し不安だ。
でも、不思議とそれ以上に……楽しみでもある。
***
「ふーん……“ただの女友達”なのに……家に入れちゃうんだ……」
陽向の家の前には、自分の家へと帰ったはずの冬月玲がひっそりと立っていた。
白い髪が夜風に揺れるその姿は、どこか儚さと同時に不穏な気配が漂っている。
「やっぱり……待ってるだけじゃダメなんだ。そろそろ、私も動かないと──」
小さく呟くその声が暗闇に溶けて消えていった。
──つづく




