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07 野心と決意

 ドローンとなって飛んで行ったスマートソード──AI多古と別れ、自宅へ戻り、自室でポツンと過ごす香凜。

 

 数分後、スマートフォンの通知が鳴り、画面にはAI多古からの短いメッセージが浮かぶ。

 

『校長宅に到着、上空を旋回して様子を確認する』

 

「別に私に報告なんていらないんだけど……」

 

 そうつぶやき、スマートフォンをベッドに放り投げる。

 

 気晴らしにとテレビをつける。映し出された画面の中では名前の知らないアーティストが、ステージで華麗に踊りながら、歌っていた。黙って画面を見つめる香凜、意識はぼんやりと宙を漂っていた。

 

 午後になり、再びスマートフォンが振動し、新しいメッセージが入る。

 

『校長が出てきた! これから後をつける!!』

 

 勢いのある一文に続き──

 

『で、そろそろバッテリーがやばいんだが……』

 

「ったく、あのタコ……!」

 

 香凜はそう毒づくと、充電器を掴んで立ち上がる。スカートの上にパーカーを羽織り、スニーカーに足を突っ込むと、すぐに家を飛び出した。

 

 駅の方へ向かっているとの情報をもとに、そちらへ急ぐ。住宅街を抜け商店街へ出ると、見覚えのある中年男性の後ろ姿を見つけた。さらに、上空から微かなプロペラ音が聞こえてきた。見上げると、先ほど別れた黒いドローンが旋回していた。

 

 黒い筐体に戻ったスマートソードを回収し、充電ケーブルを差し、そのまま香凜は校長の後をつける。

 

 白髪で小太り、ジャケットを着た後ろ姿。ふらふらとおぼつかない足取りで前を歩く校長。

 よく見ると、彼の首の後ろに小さな窪みのようなものが見える。あれが、伊刈に打ち込まれたゲソなんとかの跡だろうか。

 

 駅の方へと歩いていく校長。途中、ドラッグストアに立ち寄り、大きな袋を抱えて出てきた。

 

 そのままバスターミナルへ向かい、「緑山団地」と書かれたバスに乗り込む。香凜も目立たぬよう後を追った。三十分ほど揺られ、終点で降りたのは校長ただ一人。校長の後から、バスを降りると、空は夕焼けに染まり、空気は冷たくなっていた。

 

 無言で歩き出した校長の前に広がるのは、人気のない団地群だった。どの棟も窓の明かりはほとんどなく、風の音だけが響いている。

 彼は暗くなり始めた道を迷うことなく進み、古びた建物の前で足を止めた。崩れかけたコンクリート壁に、かすれたプレートが打ちつけられている。

 

 《緑山小学校》

 

「……廃校?」

 

 香凜がぽつりとつぶやく。

 

 鉄柵の向こう側に、割れたガラスが残る窓枠や、雑草が伸び放題の校庭が見える。

 

 そして、校長は正門横のひび割れた壁の隙間に身を滑り込ませ、姿を消した。

 

「なんなのここ? こんな所で何を……」

 

『いる』

 

 香凜のつぶやきに、スマートフォンの画面に映るAI多古が断言した。

 

「え?」

 

『伊刈はわからない、だが多古は、ここにいる』

 

 画面の中で、タコ型宇宙人が大きくうなずきながら言った。

 

『感じるんだ』

 

 AI多古の言葉を受け、不気味な廃校を黙って見上げる香凜。

 

『行こう!』

 

 画面の中で力強くAI多古が言った。

 

「えっ? 行くの……?」

 

『えっ? 行かないのか?』

 

 目の前の建物には、操られた校長がいて、多古がいる。となれば当然伊刈も……。

 なし崩し的にここまで来てしまったが──香凜の脳裏に、昨夜の伊刈が振るったやいばの残像がよみがえる。あんなやつとはもう立ち合いたくない。それに……

 

「今度は校長が襲ってくるかもしれないんだよ? アタシ、先生となんか戦えないよ……」

 

『う~ん……』

 

 香凜の訴えに、足を組んで考えるタコ型宇宙人。

 

『それなら一つ考えがある』

 

 そう言って、AI多古はスマートソードのある機能の説明を始めた。

 

 * * *

 

 香凜とAI多古が、廃校の前で、”行く行かない”で揉めていた頃、その廃校のひび割れたコンクリートが広がる屋上に、黒いスーツを着た男の姿があった。

 無言で西の空を見上げていたのは、伊刈洋介。少し離れた屋上の片隅にはドレッドヘアの男がぼんやりと立っている。

 

 夕日が沈み、夜の闇が広がっていく空の下、伊刈の内面には、怒りと焦燥が渦巻いていた。

 

 やがて、ドラッグストアの袋を両手に提げた校長が屋上へと上がってくる。

 

「おい」

 

 伊刈が短く声を掛けると、ドレッドヘアの男が動き出した。

 

 用意したのはビニール製のプール——夏に子供が遊ぶあのプールだった。ホースから水を出し、じゃぶじゃぶと流し込む。

 

 そのプールの中に校長が、買い物袋から取り出したものを大量に投入し始める。パッケージは二種類。一つには「食塩」と書かれ、もう一つには「マルチビタミン」と書かれていた。ドレッドヘアの男も手伝い二人で袋を取り出し、プールへ投入していく。

 

 プールに水が満たされると、伊刈はスーツのまま、ざぶんと身を投じた。白く濁った水面に波紋が広がり、プールの中で鈍く波打つ。

 

(……ちくしょう! なんでこんなふざけたものに入らなきゃいけねえんだ)

 

 ギリギリと噛みしめる奥歯の隙間から、怒りが漏れ出しそうになる。

 

 伊刈スクルヴァの正体であるマリッサ星人、彼らの能力である擬態には大きな欠点がある。地上では1日ごとに海水に浸からなければ肉体が崩壊してしまうのだ。そして海水に入れない場合、こうして、塩とビタミンで代用した“擬似海水風呂”に浸かる必要があった。

 

 伊刈は、この風呂に浸かるたびに、滑稽ともいえる状況に発狂しそうになる自分を感じていた。

 

 しかし、それを解決する方法がある。それが、オクタン——すなわち多古が開発した「シーレント液」だ。あれがあれば、1か月以上人間の姿を保つことが可能になる。

 つまり地上での長期継続的な活動が可能となり、そして、その先にある人間の集団支配も見えてくる。

 

 だからこそ多古を誘拐し、シーレント液を要求したのだ。しかし、彼は持っていなかった。代わりに、多古がストレージと呼ぶ倉庫に在庫があると聞き出し、鍵となるスマートフォンを奪うため夜の公園で襲ったのだった。

 

 だが……結局、それにも失敗し、今に至る。

 

「……くそが!」

 

 チャプチャプと波打つプールの中で、伊刈は唇を噛み、苛立ちに顔を歪めた。

 

「あの小娘、余計なことを……」

 

 伊刈は、憎々しげに空を見上げた。

 

 ── ♪~


 突然、軽やかな着信音が屋上に響く。プールに浸かる伊刈のスーツの内ポケットで、スマートフォンが震えていた。

   けだるげに取り出すと、画面に表示された名前を見て、露骨に顔をしかめる。数秒の逡巡、しぶしぶ通話ボタンを押した。


「……なんだ」


 相手の声が聞こえた瞬間、伊刈の目がますます苛立ちを帯びる。

   しばらく無言で聞いていたが──


「断る」


 静かだが決意のこもった声。


「前にも言ったはずだ。俺は俺のやり方でやる。指図は受けるつもりはない」


 電話の向こうで相手が何か言い返したらしいが、伊刈は一切聞く気がない。


「忙しい。切るぞ」


 一方的に通話を切り、舌打ちを打つ。


「ちっ……どいつもこいつも、うっとうしい」


 そう言ってスマートフォンを乱暴にポケットへ押し込むと鬱屈の溜まったため息を吐いた。


「ふーっ」


 その時、茶髪の若い男が屋上へ現れた。その手に、青く光る鉱石のようなものを持っている。それを目にした瞬間、伊刈の顔が晴れ、ニヤリと口元をゆるめた。

 

(……やっとか!)

 

 シーレント液……手元に無いなら、作ればいい。必要な人材である多古は捕まえ、必要な材料も揃った。これでシーレント液の製造に着手できる。

 

 ──ザバッ!

 

 ビニールプールの中で、乱暴に立ち上がる伊刈。水面が激しく揺れ、水しぶきが四方に飛び散った。

 

 男から、青い石を受け取り、夜空を見上げる。

 

(ここからだ!)

 

 伊刈は確信した。人間の集団支配を進め、そして、地球ここに自分の国をつくる計画が進められると——。

 

 * * *

 

 すっかり暗くなった夜の廃校の前で、香凜は一人佇んでいた。静寂の中、微かに響く羽音が近づく。偵察に向かっていたドローン型スマートソードが戻ってきたのだ。香凜の手の上で黒い筐体へ姿を変えると、画面の中でタコ型宇宙人、AI多古が話し始めた。

 

『屋上に伊刈がいる。それと校長と若い男が一人』

 

 今さっき、派手なシャツを着た茶髪の男が廃校に入っていくのを香凜は見ていた。つまりここに全員揃っていることになる。肝心の多古本人以外は。

 

「多古はどうしたの? どこかで監禁とか?」

 

 香凜が疑問を口にする。

 

『わからない、中にいるのは間違いないはずなのだが……」

 

 そこまで言って黙り込むAI多古。「これから、どうする?」とは聞いてこなかった。しかし、その目は違う、期待に満ちた目をこちらに向ける画面の中のタコ型宇宙人。

 

  (もう、そんな目で見るな……)

 

 沈黙——香凜と緑色のタコが画面越しに見つめ合う。

 

 思わず、目をそらし、夜空を見上げる香凜。

 

 頭上に広がる夜の闇、その中で一点、月だけが眩い光をはなっていた。まるで迷いなど無いかのように煌々と輝く月──

 

「ふぅー……」

 

 静かに息を吐く香凜。それは、ただのため息とは違い……彼女の決意がこもっていた。

 

「……仕方ない、行くか!」

 

 画面の中のタコ型宇宙人が目を輝かせる。

 

『香凜!』

 

「はぁ? なんで呼び捨てなのよ、このタコ!」

 

『……いや、その、つい』

 

「ふん、まあいいけど……アタシは絶対に“優作”なんて呼ばないからね!」

 

 それでもAI多古は嬉しそうに、うんうんと画面の中で頷いた。

 

「あと、言っとくけど、目的は多古救出だからね。伊刈に見つかったら即撤退。いい?」

 

『わかってる。無茶は無しだ』

 

 AI多古の返事を確認し、そろそろと動き出す香凜。月明かりの元、黒い筐体──スマートソードを握りしめると、迷いのない足取りで、壁の隙間から廃校へと潜入していった。


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