03 月下の刃
暗くなった住宅街を歩く香凜。奈美とのショッピングは思ったより長引いてしまった。
「はぁ、疲れた……」
いくつかのショップをハシゴして、お茶をして、プリクラを撮り、さらにクレーンゲームまで付き合わされた。
(JKするのも楽じゃない…)
剣道の練習では感じることのない疲労感が、香凜の肩に乗しかかっていた。
通りの角を抜けた先、公園の入り口で足を止める。
(近道して帰るか……)
そのまま公園に足を踏み入れていく。
月明かりが公園の遊具を淡く照らす。止まった噴水、木製のベンチが並ぶ小道、点滅する街灯。静寂に包まれた、人気のない夜の公園。
足元に伸びる自分の影を追いかけるように、足早に進む香凜。その時、後ろから迫る何かの気配に気づいた。
振り返ると、若い男が二人立っていた。一人はドレッドヘア、もう一人はロン毛の茶髪。眉間にしわを寄せ険しい表情を浮かべているが、どこか焦点の定まらない、虚ろな目をしている。
「ダ、せ」
ドレッドヘアの男がぎこちなく口を開いた。
「何のこと?」
香凜が困惑していると、ロン毛の男も口を開く。
「モってる……だろ」
なんなんだこいつらと、香凜が訝しんでいると
「拾ったんだろ? 学校で」
背後からはっきりとした男の声がした。振り向くと、暗闇から、浮かび上がるように現れた黒いスーツの男──伊刈だった。
「い、伊刈先生? なぜここに?」
混乱する香凜。だが、その一方で、男たちの言葉の意味がようやく理解できた。
(スマホのことだ!)
教室で拾った多古のスマートフォンをよこせと言っているのだ。しかし、なぜ?
伊刈はポケットに手を入れたまま、近づくと静かに言った。
「大人しく渡せば何もしない。そうでなければ……」
伊刈が顔を上げ、二人の男に合図を送る。男たちがナイフを取り出した。
(──!?)
恐怖を覚えると同時に、驚きと混乱がさらに強まった。一介の教師(かどうかも怪しい)が人を使い、ナイフまで用意……たかが一生徒のスマートフォンに何故ここまで……?
じりじりと近づく男たちを前に、香凜は頭の中で考えを巡らせる。
でもまあ……別に多古に義理はないし、さっさと渡して立ち去ればいい。なんなら渡した後で警察に行ってもいいし。
だが──
(渡してはいけない!)
よく分からない心の声が、そう訴えてきた。いや、でも……いいのかそれで? 自分の中で逡巡するも、出てきた言葉は……
「何も拾ってなんかないわ」
迷いの無い声音で香凜は言い放った。
「ほう……」
伊刈が、眼鏡の奥で疑り深く目を光らせる。
「悪いが、調べさせてもらおうか。痛い思いをするかもしれんがな」
ナイフをチラつかせながら、男たちが足を踏み出す。
(逃げるか……)
素早さには自信がある。男一人くらいならどうとでもなるが、三人相手は厳しいか……?
その時──
『これを使え!』
制服のポケットの中から声が聞こえた。拾ったスマートフォンからの声だった。
(この声……多古?)
混乱しながらもポケットからスマートフォンを取り出す。光る画面に文字が浮かび上がる。
スマートフォンを見た伊刈の表情が変わる。
「やはり持っていたな!」
険しい顔で気色ばむ伊刈。
しかし香凜はそのことよりも、画面に現れた文字に混乱していた。
(何? これを言えって? アタシが……何で!?)
それでも香凜は画面の指示に従って叫んだ。
「ロングソード!」
その瞬間──
手にしたスマートフォンがキラリと白く輝き始める 。その白光は輝きを増しながら、光の帯となり、するすると月へ向かって伸びていく。やがて光の帯は刃へと姿を変えると、美しく反った刀身に刃文が走り、夜空に輝く月を映し出した。
黒い筐体は、一部が薄く広がり鍔の形に、それ以外は握りやすい柄へと形を変えた。柄の部分には白く光る幾何学模様のような溝がいくつも走り、柄巻(滑り止め)の役割を果たし──見る見る間に、スマートフォンが一振りの刀へと変化していった。
(なに、何、ナニ!?……どうゆうこと、これ?)
自分の手の中で形を変えていくそれを見て、唖然とする香凜。それでも、気づけば自然と刀を構えていた。
そして、驚いたのは香凜だけではなかった。
「なんだそれは?」
伊刈の声に怒気がこもる。
すぐにナイフを持った男たちが身を乗り出し、切りかかってきた。
だが、剣道を続けてきた香凜には、男たちの動きは素人同然に映った。ひらりと躱すと相手と距離を取る。
手にした刀を中段に構え、軽やかにステップを踏んで間合いを計る。そのまま相手に向かって突進すると刀を振りかぶり──と、香凜はそこで踏みとどまった。
(待てまて! こんなのを振るったらどうなる?)
香凜の頭の上で──月明かりを受け光る、刀の切っ先。
(流血沙汰間違いない……)
あわてて振りかぶった刀を中段に戻す。
(あぶないあぶない)
香凜は一つ息を吐き、心を落ち着かせ、握りを変えて刃を返す。峰の方を相手に向け、改めて向き合う。
すぐに雑な動きで距離を詰めてきた、茶髪の男に向かって刀を振った。金属音が響き、逆刃の剣がナイフを正確に捉える。男の手からナイフが弾け飛んだ。
続けざま、飛び込もうとしてきたドレッドヘアの男の鼻先に刀を向ける。
香凜の反撃を受け、男二人の足が止まる。
「貴様、調子に乗るなよ」
伊刈がどすの利いた声を上げ、ポケットから手を出し、香凜に迫る。
すると──伊刈の手が闇に溶けるように消え……いや違う、形を変え始めた。手のひらは、刃のように薄いひし形の形状に、指先は槍の穂先のように鋭く尖り──気づけば、男の両手は、鋭利な刃を持つ凶悪なフォルムへと姿を変え、暗がりの中で妖しく光っていた。
「何なの、それ……」
信じがたい光景を目の当たりにして、香凜は呆然と立ち尽くす。すると、次の瞬間。
伊刈の右腕がゴムのように伸長し、間合いを無視して襲いかかってきた。鋭い刃先が、香凜の顔に迫る。
──キーン!
空気を裂く金属音が公園に響く。ギリギリのタイミングで、香凜は手にした刀でその攻撃をはじいていた。
間髪入れずに、伊刈の左腕が鞭のようにしなりながら振り下ろされる。空気を切り裂く音とともに、刃が弧を描いて香凜の頭上から襲いかかる。
「くっ!」
香凜は慌てて後ろへ跳ぶ。1メートルほど後ろに着地した時、先ほどまで立っていた場所に、伊刈の刃が突き刺さる。アスファルトに刺さった刃、亀裂の深さが刃先の鋭さを物語る。
伊刈はすぐに刃を引き抜くと、二本の腕を空中に揺らめかせ、隙をうかがう。まるで獲物を狙う二匹の蛇のような、禍々《まがまが》しい気配をはなちながら。
(殺される──)
香凜は確信した。伊刈の振るう刃に躊躇は一切なかった。状況は全く理解できない。だが、あの男は本気だ! それだけは理解できた。それなら──香凜は静かに刃を返し、切っ先を伊刈へ向けた。
次の瞬間、伊刈がぐっと体を沈めると、獣のような速さで迫ってきた。眼鏡の奥の鋭い眼光が、真っすぐ香凜を射抜く。
(来る──!)
その迫力に一瞬気を取られた、その刹那。
伊刈の体の死角、背後の闇から、伊刈自身を追い越し右手の切っ先が伸びてきた。
「ッ……!」
香凜は咄嗟に刀を合わせ対応、刃と刃が噛み合う。
カキィンッ!
火花が散り、右腕の斬撃を辛うじて受け流す。だが、
(下っ!)
息つく間もなく、伊刈の左手が地面すれすれを滑るように迫る。水平の斬撃が香凜の足元を薙ぎ払ってくる。
考えるより早く、香凜は体を投げ出すように宙へ飛び込む。制服のスカートがひるがえり、伊刈の刃がそのすぐ下を“シュパッ” と風を裂いて通り過ぎた。
片手をつき地面を転がると、あわてて起き上がる香凜。だが、すでに伊刈は次の攻撃に移っていた。腕を大きく旋回させ放った刃、大きく弧を描き、香凜の背後から回り込むような軌道で襲いかかる。
「ちょ……!?」
香凜は刃先から逃げるように動きながら身を沈め、そのままスライディングのように体を滑らせ、軌道の下をくぐった。
刃は空を切り、後ろのベンチの背板を切り裂く。衝撃音とともに木片が散った。
矢継ぎ早の攻撃に息が荒くなる香凜。その彼女に冷たい声を浴びせる伊刈。
「ちょこまかと小賢しい……」
そう言ってすぐ、一歩踏み込むと同時に、再び右腕が高速の突きを放つ。軌道を見極め、香凜がそれを刀ではじいた時、時間差の左の刃が横薙ぎに迫っていた。
「くっ!」
反射的に、体を回転させその勢いで左の斬撃を受けると、体の後ろへ逃がすように回避。刃先が髪をかすめ、数本の黒髪が宙に舞った。
(危なっ……!)
飛びすさるように距離を取り、大きく息を吐く。
「ふーっ」
(これじゃ防戦一方、どうする……引くか?)
だが背を向けて走り出したとして、あの伸長する腕から逃れられるとは思えない。香凜の頭に背後から貫く伊刈の刃のイメージが浮かぶ──飲み込まれそうな恐怖を払いのけ、刀を握り直すと、切り抜ける術を模索する。
「おい! そこで何してる?」
その時、騒ぎを聞きつけた警官らしき気配。数人の制服を着た男が、こちらに向かってくる。
「ちっ」
そう言った瞬間、伊刈の手が元に戻っていく。
「行くぞ」
短く命じると、すぐに伊刈と二人の男は闇に消えていった。
『ボクたちも逃げよう!』
再び聞こえる多古の声。
(確かに夜の公園でこんな物騒なものを振り回していたら……)
慌てて手元を見ると、いつの間にか刀の姿は消え、黒い筐体──スマートフォンの姿に戻っていた。
訳が分からぬまま、香凜は指示に従い、伊刈たちとは別の方向へ走り出した。
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