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江南の夢(不定期連載)  作者: 久慈川 京


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閑話~平井加賀守定武~



 儂の名は平井加賀守定武。

 我が平井家は、宇多源氏佐々木氏の支流であり、佐々木信綱公の玄孫である平井師綱を祖としている。所領は粟太郡平井に持ち、今では高島郡船木の所領の管理も任せられた。

 儂も雲光寺様の代より六角に仕え、既に四十年近くになろう。雲光寺様にお仕えした頃は、そのお考えを理解出来る程の経験がなく、ただただ闇雲にご指示を遂行する事だけに懸命になっている内に年月が経過しておった。

 観音寺城下の楽市などの執政に驚かされたし、浅井との和議では儂をご指名頂き、使者として派遣くだされた。雲光寺様の下で様々な事を学ばせて頂いた。


 その雲光寺様もご逝去なされ、左京太夫様がお継ぎになられてからは、怒涛のような数年間だったように思う。何度となく将軍家の威光の下、畿内に出兵して三好と争ったが、勢力が変わる事はなく、不敬ながらも六角家の影響力も衰えが見えたように感じておった。

 『管領代が動けば京が代わる』と謳われる程の権勢を誇っていた雲光寺様を思えば、左京太夫様では些か物足りなく感じていたのだろう。それは他の重臣達も同様であったようで、最近では、雲光寺様の代よりお仕えしておる宿老達の増長が目立ち始めておった。


「加賀守、其方の娘を我が養女とし、浅井の嫡男へ嫁がせようと思う」


「はっ、有難きお話。この加賀守、御礼申し上げます」


 そんな中、浅井左兵衛尉の嫡男である猿夜叉殿を取り込む為の婚姻を結ぶために我が娘である萩に白羽の矢が立った。左京太夫様には息女がいない。ご正室であった興臨院殿(畠山義総)のご息女も早世し、その妹御を継室とされたが、ご次男である次郎様の産後の肥立ちが悪くお亡くなりになってからは、暫しお子がない。

 猿夜叉殿はこの観音寺で生まれており、我が娘である萩とも年が近い為のご指名なのだろう。幼き頃は共に遊びもしていたようだが、それも十年も以前の話だ。果たしてこの縁組が平井にとって有難い話なのかと問われれば、儂とて首を捻りたくなる。ましてや年を経てから出来た娘であるだけに、可能であれば六角家中で嫁に出したかったというのが本音だ。


 そんな不安は現実の物となった。娘と共に浅井の離反の便りが届く。憔悴した姿の娘を見れば、浅井家中でもそれ相応の処遇であったのだろう。怒りと憎しみが沸いて来る。単身で浅井へ嫁いだ幼い娘に対し、家中でも蔑みや侮りの扱いをしていたのだろう。その報いを受けさせてやりたい。

 だが、今の六角当主は右衛門督様である。左京太夫様のご嫡男であるが、歳もまだ十五と若い。それに加え、少々思慮に欠ける所がおありだ。粗暴にて短慮というのが六角家重臣達の見解である。

 その御屋形様では、この浅井の狼藉に対して火が点いたように騒ぎ散らかすばかりで何の対策も打てず、後手に回ってしまうかもしれないと思っておった。


「加賀守、娘は息災か?」


 息災? 何を申しておるのだ。あのやつれた姿、思い悩み疲れた表情、そのどれを取って息災というつもりなのだ。その言葉を聞いた時、不敬にも御屋形様へ怒りを持ってしまった。

 だが、それは儂の誤りであった。粗暴、短慮と御屋形様を侮っていた儂こそが浅慮な愚か者であり、御屋形様の本質を見誤っていたうつけ者であったのだ。

 御屋形様のご意思、ご配慮により、あれよあれよという間に萩の新たな輿入れ先が決まった。それも我が主家六角家の現当主である右衛門督様の正室にである。御屋形様のお言葉、娘へのご配慮、そして我が平井家への信頼。そのどれもが儂の胸を激しく叩き、不覚にも目元が潤んでしまった。

 後に大殿にお伺いしたのだが、あの時の右衛門督様は、浅井家の離反よりも萩を送り返すという無体を働いた浅井家と猿夜叉に対しての怒りによって頭に血が上り過ぎ、逆に視界が晴れるように冷静になられたという事であった。それ程までに我が娘の処遇に対して怒りを持って下さった事に対して、儂は右衛門督様に更に感謝致した。


「佐和山を攻める」


 右衛門督様、いや御屋形様の号令によって家臣達が一斉に動き始める。家臣達の中にはまだまだ御屋形様への疑心がある者達もいたが、それでもその気迫とその理知的な言動に皆が従ったのだ。まるで雲光寺様の時代に戻ったようであった。

 その後は我々がお仕えしていた数十年は何であったのかと思う程の速度で六角家の勢力は拡大していく。儂が兵を率いて入った高島郡は、佐和山を落とした御屋形様の計略によって完全に六角配下に組み込まれ、六角家と同じく佐々木信綱公の嫡流であった高島家も滅ぼした。

 しかも、一度は高島家を清水山に戻してからの事である為、高島家旧臣達の忠義の心も完全に折っている。


「皆に申しておく。以後、俺は六角右衛門督弼頼と名乗る。義の字はご辞退申し上げた」


 我ら宿老全員が青天の霹靂だった。大殿だけが御屋形様の横で満足そうな表情を浮かべているのが妙に印象的であった。後藤但馬守殿に至っては、顎が外れたのではないかと思う程に口を開いている。

 大殿もまた、先の将軍様である義晴公から足利家の通字である『義』の字を賜り、義賢と名乗っており、御屋形様も元服時に現公方様であり、当時は義藤と名乗られていた義輝様より『義』の字を賜っていた。

 それをご辞退するという事は、明確に六角は将軍家と距離を置く事を示している。如何に今や力を失っているとはいえ、足利家の名は重い。京から距離が離れる程にその名の重みは増して行くし、大義名分も大きくなる。


「我らは、現在足利将軍家の家臣筋である事に変わりはない。だが、我らが護るのは六角家であり、この近江である」


 絶縁宣言に近い発言であった。誰かが唾を飲みこむ音が聞こえる。儂も額から流れ落ちる汗が目に入った。この謁見の間が暑い訳ではない。目の前に居られる我らが主君に気圧されているのだ。それは儂だけではない。宿老だけでもなく、家臣全員がこの齢十五の若武者に畏れ慄いているのだ。

 自然と頭が下がる。声も出せず、ただただ平伏をした。儂の動きに続き、残る宿老達が全て若き当主に頭を下げる。それは波のように謁見の間に広がっていき、全ての家臣達が六角右衛門督弼頼様へ心から臣下の礼を取ったのだ。


 これまでの行動などもあり、どこかで右衛門督様を侮る気持ちがあった事は否定出来ない。雲光寺様の代より仕えていた宿老達であれば尚更である。そして宿老達が放つ侮りの空気が家臣全体に及び、右衛門督様を心の中では嘲笑っていた家臣達も少なくはなかった。

 だが、誰もが本物だと思っただろう。長い年月を掛けて浅井と奪い合って来た佐和山の城を容易く燃やし、琵琶湖近くの磯山に新たに城を築く事で浅井に対する最前線を押し上げ、今まで独立意識の強かった高島党を全てひれ伏せて六角家直轄の地とし、数百年もの夢であった近江統一を間近まで迫る今のこの状況を誰が作り出したのかを改めて実感させられたのだ。


「加賀守殿、少しよろしいか?」


 御屋形様より、高島郡平定の恩賞として船木城とその周辺の領地を賜り、周辺地区の開発に力を入れ始めた頃、後藤但馬守殿、蒲生下野守殿、進藤山城守殿に観音寺城内で声を掛けられた。おそらく今回の加増に関する事だろうとは思うが、御屋形様の命だけに、それを辞退するという選択肢はあり得ない。

 平井丸にある我が館へ三人を招き入れ、白湯を出して暫く経った頃、ようやく但馬守殿が口を開いた。


「此度のご加増、おめでとうございまする」


「忝く」


 感情を押し隠したような祝いの言葉に通り一辺倒の答えを返す。国外では六角六宿老などと謳われてはおり、元を辿れば佐々木源氏の末裔達が多くはあるが、現在はそれぞれが自身の領地を持つ国人領主のようなものであり、互いに功を競いながら六角家に仕えて来た戦友であり、敵であった。故にこそ、此度の恩賞の大きさには皆が納得できないのだろう。


「船木城周辺のご加増に高島党の頭領への抜擢。加賀守殿の長年の功績の賜物でありますな」


「此度のご加増に加え、我が娘へのご配慮、この加賀守、御屋形様には感謝のしようもございませぬ。これまで以上に忠を示していかねばと気を引き締め直しておりまする」


「それにござる」


 但馬守殿の言葉に自身の想いを語った時、儂の言葉のどこかに対して言葉を差し入れて来た者がいた。思わず視線を動かすと、進藤山城守殿が真っ直ぐに儂を見ていた。進藤殿は儂や蒲生下野守殿よりも歳が十程若い。先代の山城守殿より官位を継ぎ、大殿より偏諱を賜って宿老に列しているが、六宿老の中でも最年少となる。進藤山城守殿と目賀田摂津守殿の二人は残る宿老達よりも一回り若い為、苦労は多かっただろう。

 だが、その反面、彼らの中での自信が過信になっている事も否めない。今、この場で儂に詰め寄るならば、蒲生下野守殿の発言を待ってからが良かっただろう。


「山城守殿…」


 それを感じ取ったのか、下野守殿が軽く山城守殿を制し、自らが前ににじり寄って来る。下野守殿の様子から只事ではないと感じ、儂も姿勢を正して聞く体勢に入った。


「加賀守殿、改めて此度のご加増、おめでとうございます。某がかような事を加賀守殿にお話しする事にご不快な思いをなされるかもしれませぬが、ご息女の輿入れについてです」


「…何か不都合でもおありか?」


 大人達の都合で心を痛めている愛娘の事だと分かると、自然に自分でも声に力が入ったのが分かった。女性が家の都合で嫁に出されるなど当たり前の事であり、それが戦国の世であるのだが、やはり自身の娘、しかも歳を経てから出来た娘となれば別であった。


「輿入れ自体は喜ばしい事であり、御屋形様の御心であられるために問題などございませぬ。しかし、ご正室となれば、やはり加賀守殿もお考えの通り、難しかろうと存ずる。如何に御屋形様の御心と言えども、やはり外聞もあります。また、加賀守殿の名にも悪い影響が出かねませぬ」


「…」


 下野守殿の言葉に、儂は目を瞑って腕を組む。確かに元を辿れば同じ宇多源氏佐々木氏の一族と言えども、六角家と平井家では家格に差があり過ぎる。浅井家へ嫁いだ際にも、六角家の養女として輿入れをしたからこその家格であり、平井家単独で浅井との婚姻という事は叶わなかっただろう。正直家格であれば、我が平井家は京極家臣の一国人衆に過ぎなかった浅井家よりも上だという自負はあるが、それも世の流れであろう。ましてや宇多源氏佐々木氏の嫡流である六角家となれば、家格も力もまるで及ばない。

 その家から正室として迎えれば、御屋形様の名に傷がつく事になり、嫁いだ娘にもその誹謗中傷が付き纏う事となるだろう。それは避けたい。

 例え、この申し出が、儂に対する嫉妬などの醜い感情であると分かっていても、受ける方が良いと考えた。


「御屋形様へ某の方から娘を側室として頂くようにお願い申し上げる」


「ご理解頂け、安堵致しました」


 三人の顔に安堵の表情が浮かぶ。少し腑に落ちぬ表情ではあるが、それでこの件は決着をする。御屋形様のお話では、婚儀は娘が戻ってから一年を経過してから行うという事であった。万が一にでも娘が子を宿していたりすれば問題となる事を考えれば当然の事であろう。

 願う事があれば、娘が末永く御屋形様に可愛がられる事。嫡男である弥太郎も平井家を継ぐに相応しい男に育った。畏れ多くも御屋形様と義兄弟となれるのであれば、これ程の慶事はない。


「加賀守殿、これから儂は独り言ちる事に致します」


「…なにを」


 これで話は終わりかと思えば、下野守殿が突然意味の解らぬ事を言い出した。儂が口を開けば、それを制するように片手を上げ、一度目を瞑ってからぽつりぽつりと語り始める。


「御屋形様はお変わりになられた。何が原因で、何故変わられたのかは某には分からぬが、良き方向へ変わられたと思う。雲光寺様にも何度もお叱りを受けた事のある儂でさえ、御屋形様の気迫に圧倒されてしまった」


「…そうですな。某もまた同様。御屋形様を前にして冷や汗を掻く事になろうとは夢にも思いませなんだ」


 語り始めた下野守殿の言葉に但馬守殿が同意を示す。確かに御屋形様は変わられた。今まで子供の癇癪のように全てを外へ吐き出していた感情を内へと収め、面に出さぬ分、自然と漏れ出す感情が圧となっているように感じる。

 今までの御屋形様と比べれば雲泥の差であり、最早別人と言われても納得が行くほどである。狐憑き、妖の類と噂されても可笑しくはない。だが、それはとても良い方向へ向かっているように感じているのは儂だけではなかったという事か。


「正直、今の御屋形様が以前の御屋形様と同一人物であると思えぬ節もある。だが、狐憑きや妖の類であれば、人情はなかろう。加賀守殿には申し訳ござらぬが、我ら三人、今回の加賀守殿の厚遇に対し、異論を挟み申した」


「…そうでありましたか」


 予想通りであった。もし、高島郡への出兵の大将が儂ではなく他の六宿老であっても、同様の成果を上げた事だろう。たまたまそれが儂であったという事であれば、同じ宿老として面白くはなかろう。


「更に言えば、ご息女についてもご意見申し上げた。ご加増か輿入れかのどちらかでよろしいのではと。しかし、御屋形様は頑としてお譲りになられなかった。そもそも、お家のご都合で苦しまれておるご息女の事を考えておられるようでした」


「逆に我らが叱られ申した。『その方らの跡取りはそれ程頼りないのか』と。いやはや、あのお言葉には返す言葉がありませんでしたわ」


 なんと、そこまで…。

 それではまるで…。


「最早、隠居を勧められたようなものです。肝が冷えましたぞ。だが、我らも長くお仕えいたしました。そろそろ後進に道を譲る頃合いなのかもしれませぬ」


「そ、それは、余りにも早計ではないか?」


 まさか、下野守殿の口から隠居という言葉が出て来るとは。次男を佐々木一族の青地氏に養子に出し、息女を北伊勢の関氏、神戸氏に嫁がせるなどして独自に勢力を拡大していた貪欲な男という印象が強かったが。


「先日御屋形様が語られたように、今後は生来の土地に拘っていては生き残れぬかもしれませぬ。御屋形様がもし我らの子に土地を預けられたとすれば、現在の本貫は隠居地とでも考え、我らの死後は御屋形様へご返上致さなければならないかもしれませぬ」


「ふむ。とすると、儂も粟太郡平井を御屋形様に返上し、船木周辺を懸命に豊かにせねばなりませぬな」


「悔しき事ですが、我らでは御屋形様のそのお考えに最後までついていけぬだろう。どうしても生来の本貫地に拘りをもってしまう。良い潮時なのかもしれぬな」


 下野守殿も齢五十を超えた。雲光寺様も五十五でご逝去されている事を思えば、そう遠くない内にお迎えが来ても可笑しくはないだろう。そういう儂とて同様だ。この世を去るまで六角家にお仕えしたいとは考えていたが、儂が死んだ後の事も考えるべきなのかもしれぬ。

 嫡男弥太郎は元服も初陣も終え、高島郡への進軍では一軍をしっかりと率いていた。まだまだ未熟と思うておったが、船木周辺を領する能力を鍛えてやらねばならなかったのか。


「山城守殿が羨ましい。其方もまだ若い。これから御屋形様と共に近江以外の国を見る事も叶おう。御屋形様がどれ程大きくなられるかも」


「加賀守共はすっかり御屋形様に篭絡されましたな」


 久しくなかった笑みが零れた。昔々の若かりし頃、雲光寺様のお言葉に悩み、共に苦しんで来た仲間だからこその対抗心と嫉妬心もある。だがそれ以上に、共に死線を潜り抜けて来た同志としての気持ちも強いのだ。

 これ程の笑顔で相対したのは何時ぶりであろう。その後も平井丸の我が屋敷には、夜になるまで笑い声が絶える事はなかった。



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― 新着の感想 ―
「船木場周辺のご加増に高島党の頭領への抜擢。 →船木城 儂の言葉のどこかに対して下野守殿が言葉を差し入れて来た。思わず視線を動かすと、進藤山城守殿が真っ直ぐに儂を見ていた。 →この後蒲生下野守が進藤…
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