独立
広間に入ると六角家評定衆は全員揃っていた。
中央には三人の男。二人は顔を知っているが、三人の中央で一歩前に座る翁は初めて見る。彼が大館陸奥守晴光なのだろう。細川と大舘は俺が入って来た事が解ると静かに頭を下げるが、一色式部少輔だけは不遜な態度を取っていた。
史実を鑑みると、この一色式部少輔の足利家に対する執着が凄い。最早、男妾ではないかと疑いたくなる程に執拗に足利家を追いかけ続けている。果てには命令違反を犯してまで足利義昭を追いかけて不興を買い、追放の憂き目に合うような男だ。
「お待たせ致した」
俺を睨むように見ている一色式部少輔を見る事無く上座に座る。六角家臣達が一斉に平伏し、それに倣うように細川兵部大輔、大館陸奥守もまた先程より深く頭を下げた。一色式部少輔も気持ちだけ頭を下げるような姿を見せるが、この男は本当に阿呆なのだろうか。
何をしに来たのだ?
俺に頼みごとがあって来たのではないだろうか。どんな馬鹿だろうと、願い事や頼み事がある時だけは下手に出るだろうに。
「細川殿、此度は如何様なご用向きか?」
「然れば、此度は横におります大館陸奥守様よりお話をさせて頂きたく存じます」
回りくどい。
面倒くさい。
要件は何だ?⇒はい、今回はこういう要件です。
そういうやり取りが出来ないものか。話す相手を替えたりする必要があるならば、大館陸奥守一人が使者として来ればよかろう。史実ではもう二、三年すれば鬼籍に入る人間ではあるが、この観音寺城まで来る事が出来たのであれば、大丈夫であったと思うが。
「お初にお目に掛かります。大館陸奥守晴光と申します」
「六角右衛門督弼頼にござる」
長年足利幕府中枢におり、武家との交渉、折衝を重ねて来ただけあり、老練さが滲み出ている。長尾景虎との交渉の責任者であり、義輝の命を受けて長尾景虎と北条氏康との和睦交渉の仲介役となった事もあった御仁であるだけはある。
さて、そこまでの御仁が、この六角弼頼に何の用があるというのだろうか。
「昨今の近江の繁栄ぶり、京でも噂になっております。某も実際に観音寺城までの道を歩き、それが噂で終わる物でなく、事実である事を実感致しました。これも偏に右衛門督様のお力があればこそなのでしょう」
「過分なご評価、忝く存じます」
早く本題に入って貰えないだろうか。こんな爺様の相手をするよりも、皆に萩の懐妊を報告し、再び栗見に戻りたいのだが。
一色式部少輔の目が俺の苛立ちを増長させる為、一度強く睨みつけた。多少睨みつけられた程度で視線を逸らすぐらいなら初めからそういう態度を取るな。睨み返して来るようであれば多少見込みはあるのかもしれないが、これで俺の中の一色式部少輔の評価は決まってしまった。
「陸奥守殿、互いに多用な身。ご用件からお聞きしたく存ずる」
話を遮り、要件を急かす。本来であれば余りにも非礼な行動であり、幕臣に対して許されざる言動なのだろう。一色式部少輔は目を吊り上げ、今にも怒声を発しようとしており、大館陸奥守も目を見開いた後、怒りを顔に滲ませた。ただ一人、細川兵部大輔だけは表情を変えていない。俺の言動と行動は予想の範疇なのだろう。
最早、六角家としての足利家への対応は決まっており、それは六角家臣全ての周知となっている。故にこそ、六角家臣団は微動だにしない。
「お話をお聞きする前に申し上げておきますが、六角家は畿内へ兵を送る事は致しませぬ。細川兵部大輔、蜷川新右衛門を通して某は公方様へ諫言を致しました。それをお聞き届け頂く事は叶わず、足利将軍家は兵を起こしました。三好家と雌雄を決する為に公方様が動かれたのです。これは足利将軍家と三好家の戦。六角家が動く事は出来ませぬ」
「しかし、六角家にとって公方様は主君であり、足利家は主家にございます。主家の戦であれば家臣として…」
「陸奥守殿、主家への義理は公方様への諫言にて果たしております。六角にとって公方様が主君なのであれば、三好家にとっても公方様は主君にございます。此度の戦、公方様から蜂起しております。いや、遡れば、三好家との戦は全て公方様から仕掛けられたものばかり。如何に家臣とはいえ、御家を護る為であれば相手が主家と言えども抗うのが道理。六角家として動く理由にはなりませぬ」
やはり、兵の無心であったか。
現状、足利家は良く均衡を保っていると思う。兵力では三好家の方が上なのだ。局地戦であれば勝利は得られるだろうが、雌雄を決しようとすれば足利は必ず敗れる。そこで六角を充てにしたのだろう。
三好義興の死去が本当であれば、これが好機と考えているのかもしれない。今の六角家であれば、近江や各地の守備を除いても二万以上の軍勢を動かす事が出来る。それが味方になれば、畿内から三好を排除する事も可能だろう。
「何という不忠!公方様は武家の棟梁で在らせられる!それをお助けせずして、何が守護か!」
「…黙れ」
俺の言葉に反応したのは一色式部少輔。腰を上げて声を上げると、六角家臣達も腰を浮かして手を刀の柄へ伸ばす。完全に立ち上がれば斬られる事を理解しているのだろうか。最早、足利家と六角家は手切れとなっているのだ。敵地に来ているという認識はないのだろうか。
物語の主人公でもあるまいし、殺気を飛ばすなどという事は出来ないし、そもそも殺気というものを感じた事さえない。だが、今、この一色式部少輔に対しては『もう殺しても良いか』と思っており、その怒りを抑えて言葉を発した。自身が想像していたよりも冷たく低い声が出たと思う。
「屍になりたくなくば黙って座っておれ」
明確に一色式部少輔のみに向けて言葉を発すると、先程までの威勢を失い、そのまま倒れるように座り直した。六角家臣達も居住まいを正し、刀から手を放すが、その表情は皆固く、緊張感のみが広間を支配している。
「兵部大輔、其の方には以前観音寺に来られた際に告げておる筈だ。あの忠言が最後のご奉公であると。公方様の御身を想っての忠言さえも無下にされ、栗見への視察時には新たに刺客まで送り込まれた俺にこれ以上何を望む。まさかとは思うが、叡山の僧兵崩れの襲撃を知らぬとは言わぬよな?」
「…右衛門督様が栗見にて襲撃に合われた事はこの観音寺城にて初めて知り申した。畏れながら、その襲撃に室町が係わっておるという証拠は…」
「真に六角家は虚仮にされておるな…。その裏取りをせずして話しておると思われているのだな。進士美作守、摂津中務大輔、上野中務少輔。これらが修理大夫義秀と組み、伊庭氏の残党を動かしていた事は既に掴んでおる。六角家に願い事があるのであれば、進士、摂津、上野、修理大夫義秀の首を持って来るのが先であろう」
三六会談の際の襲撃は主に進士美作守が主導だったようだ。俺と三好に踊らされた事が余程頭に来たのだろう。だが、叡山の僧兵達を仕向けたのは摂津中務大輔である。そしてその二人の下働きをしていたのが上野中務少輔清信であった。
それらの責任を取る事もなく、まるで何もなかったかのように使者として顔を出す厚顔無恥さに呆れを通り越して尊敬する。百万石を越える太守を殺そうとしたにも拘らず、自分は殺される事はないと考える事の出来る理由が知りたい。
「大館陸奥守殿、長尾家の上洛は叶いそうでございますか?結局小田原城は落城をしておらぬようですが」
「そ、それは。しかし、弾正少弼殿は鎌倉の鶴岡八幡宮にて山内上杉家の家督を継がれ、関東管領も相続されました。そして名も『上杉弾正少弼政虎』と改められております」
「それで?」
だからどうしたというのだ。『関東管領』という役職があれば全てが従うと言うのか。征夷大将軍という役職を持っているにも拘らず、それが全く役に立っていない事を誰よりも解っているのが幕臣ではないのだろうか。
長尾から上杉に名を替えたら関東の民達は諸手を上げて歓迎してくれるとでも言うのだろうか。山内上杉家など、正直関東の人間にとってみれば碌な管領ではなかっただろう。元々は越後国と上野国の守護を担う家であり、長尾景虎に家督を譲った上杉憲政も上野を本拠としており、関東の中心にある武蔵国は扇谷上杉氏が河越城を本拠としていた。
つまりは南関東の人間にとって、山内上杉氏が持つ関東管領など重要視する物ではなく、それならばまだ古河公方の方が余程権威を持っているだろう。
「弾正少弼殿が関東管領を継がれたからには、関東の平定も容易になりましょう」
「…元々関東管領をお持ちであった兵部少輔殿(上杉憲政)の元には、その役職の名で北条を打ち倒すほどの兵は集まりましたかな?北条家は関東管領という役職を持つ兵部少輔殿を攻め、その身を越後へ追いやりましたが、その時関東管領の身を護る為に北条に抗った諸将は如何ほどおりましたか?」
夢を見たいのだろう。この時代の畿内と関東では、遥か未来の日本と欧州ぐらいの距離感がある。異国の地と言っても過言ではないのだ。
情報も数か月前の物しか入って来ず、何が起こっているのか、どういう天候なのかなども分からない。だからこそ、『こうなれば良い』、『こうであったら良い』という妄想ばかりが先に立つ。
「関東平定など容易には出来ませぬ。幕府が敵視されている北条家とて、現当主の曽祖父である早雲公が伊豆から広げ、三代に渡って奮戦を続けてようやく伊豆、相模、武蔵に加え、上総の一部を領するようになった筈。関八州全てを平定するなど、怪しげな妖術でも使わなければ長尾殿の代では成し遂げる事は出来ぬでしょうな」
大館が悔しそうに俯く。一色式部少輔は既に親の仇でも見るような眼で俺を見ていた。事実ばかりをいう人間は周囲に嫌われるというが、まさに今の俺がそうだな。
細川兵部大輔だけは何処か達観したような表情で、死んだような目で虚空を見ている。
「気張りなされ。ここが公方様にとっても、足利将軍家にとっても、二百年続く室町幕府にとっても正念場でござろう」
「その為にも、右衛門督様のご助力を!」
大館陸奥守にとっても、最早手がないのだろう。長尾景虎の上洛は六角家への札にはならない。実現不可能な札は、ただの紙切れである。単純に将軍家としての命だと訴えても、これまで起こして来た幕臣達の不始末を告げられており、それを放置したままでは理解を得る事も出来ないのだ。
最早、頭を下げるしか方法はなくなったのだろう。
「お断り致す。先程、申し上げた通り、進士、摂津、上野の首をお持ち下さった時、初めて交渉の場に立てるというもの。現状では話になりませぬな」
六角修理大夫義秀。正直に言えば、一度会ってみたい。織田信長に友と言わしめ、両将並び立つと云われる程の人物。俺と反目したままでも良い。一家臣として仕え、俺と討論が交わせるほどの人物であればこれに勝る者はいない。
周囲が俺の言葉に唯々諾々と従うだけの者達ばかりになれば、六角家は潰れるだろう。今は俺に意見を言える人間として父承禎入道、六宿老が居るが、その後進達は俺に心酔するか恐怖するかの二択になりつつある事は何となく気付いている。
だからこそ、欲しい。断られ、最終的に敵対する事になるとしても、一度会ってみたい。
「進士美作守殿、摂津中務大輔殿は幕臣の中でも重鎮であるぞ!」
先程尻尾を丸めて黙り込んだ者が再び吠え出す。
一色式部少輔は年で三十を超えた頃だろう。進士や摂津の影響があるのかもしれない。だが、正直この男が幕臣としていられるのも丹後守護である一色本家があるからであり、この男本人に能力がある訳ではない。
それを本人だけは気付いていない。自分は幕府にとって重要な人物であり、必要な人物だとでも思っているのだろう。
正式な使者の役は大館陸奥守。他二人は介添えである。介添えが勝手に口を開く事は有り得ない。対面している相手が介添えに話しかける事がない限りは口を開く資格はないのだ。だが、そのような事を考える頭がないのか、それとも自分はそれが赦される立場だと考えているのか分からないが、残念な男である事だけは確かである。
故に、一色式部少輔は無視で貫く。
「陸奥守殿、某の考えは今お話したとおりにございます。これを公方様にお伝えするも良し。お伝えせず、摂津、進士だけに伝えるも良し。その辺りの裁量はお任せ致す。ただ、六角が対三好の兵として動く事はございませぬ」
「三好家を討ち果たした暁には、右衛門督様に近江守護に加え、伊賀守護、伊勢守護をお任せしたいとのご意向にございます」
噴き出してしまった。
驚いて噴き出したのではない。余りにも馬鹿らしくて噴き出してしまったのだ。ただの現状の追認ではないか。新たな所領を与える訳でもなく、伊勢守護を貰っても現在の国司である北畠家を余計に刺激するだけだ。
御恩と奉公というこの封建社会に於いての基本さえも守れない幕府。本当に必要のない機関だな。
「某のような非才の身には、近江守護職が精一杯にございます。お気持ちだけ忝く頂きます」
現状の幕府に与える事の出来る土地がないとしても、三好を畿内から駆逐する為の兵を要求するならば、その領地の一部でも提示しなければ無理があるだろう。三好家が畿内で領有している土地は摂津、河内、和泉、大和、丹波までに広がっている。今現在幕府軍に合流している武田義統には丹波の一部でも提示しているのかもしれないが、六角家の領地をこれ以上広げる事は許さないという表れだろう。
この戦に参加しても、次の三好家になるだけという事の証拠だ。おそらく六角が参戦して三好との戦に勝ったとしても、次の標的は六角となり、朝倉、上杉、斎藤、織田、北畠などに声を掛け、打倒六角を声高らかに謳うだけだろう。
「公方様、幕臣の皆様方のご武運を祈っております」
「お、お待ち下され」
座ったまま一礼をした俺はそのまま腰を上げる。これ以上はもう良いだろう。全く良い方向に向かう事もなく、両者の望みが交わる事もない。不毛な時間を使うのであれば、医療所の建設、産屋の建設などの実りある話し合いを家臣達と行いたい。
「武装した兵が逢坂や小関峠を越える事は許しませぬ。三好軍が近江へ入ろうとするならば、六角全軍を持って討ち果たします。しかし、それはどの軍であっても同じ事。お気を付け下され」
「それは、将軍家へ兵を向けるという事ですかな?」
「さて、武装した他家の兵が近江に向かうのであれば、某も武家故、それを防がねばなりませぬ。ただそれだけの事でござる」
京で敗れ、兵を武装させたまま近江に入ろうとすれば、武装した六角軍が立ち塞がる。足利軍は近江に逃げ込めない。背水の陣と思えば奮起出来るだろう。
もし、逃げ出した足利家を匿えば、三好と六角の全面戦争になる。火中の栗を敢えて拾おうとは思わないし、六角家中で新たな火種となられても困る。
朽木へも話を入れておかねばなるまいな。既に六角家中の者となったのだ。これまで同様の感覚で足利家を受け入れられても困る。朽木は六角の家臣の一つなのだ。朽木弥五郎に関してはそれを理解しているが、祖父である民部少輔稙綱はどうしても足利家への想いを捨てきれぬかもしれない。
「そもそも其方達を護っていたものは、幕臣であるという事のみ。戦となれば話は別であり、親交のある者がいれば良いが、ここまで周辺諸国の者達に対し非道を繰り返してきたのだ。易々と受け入れられるとは思わぬ方が良かろう。六角もその一つ故、幕臣の方々を受け入れるつもりはござらぬ。京を捨てるのであれば、西へ向かわれた方が良いだろう」
「…な、なんと」
「では、お話はこれまでにござる。遠路遥々ご苦労であった」
俺が自ら足利家を滅ぼすつもりはない。この時代での主君殺しの汚名はそれ程までに重く、逆賊とされるだけだ。色々な方法で主家を乗っ取った者達は多いが、最後まで残っていた家は少ない。ましてや、主家を滅亡させ、主君を誅した者が後世まで自家を残した歴史はないと言っても過言ではない。豊臣と徳川を主家と家臣とすれば話は別だが。
正直、今の足利家は自ら滅亡に向かっている。今の情勢で京都から離れた場所へ行って再起を図ろうとしても無駄であろう。西の都と云われた周防長門を領する大内氏は既に毛利家に滅ぼされたも同然であり、山陰・山陽八カ国を領していた尼子氏も毛利氏の攻勢に風前の灯になっている。
ならば毛利を頼るのかとなっても、現状の毛利に上洛するだけの力はない。血筋は大江広元の子孫を謡っている為に良いが、それこそ下剋上の体現者である毛利の力を背景に上洛しようとすれば、諸外国からの反発に合うだろう。
最悪毛利包囲網が出来上がり、勅命によって朝敵とさえなり得る。
まぁ、最後まで頑張って欲しいものだ。その間に俺の方は地固めを進めよう。
茫然とする大館、細川、一色を置いて、俺は広間を退出する。
本当に疲れる。話が合わないとかではなく、他人の話を聞く事なく、自分の要求と都合だけを押し付けて来る人間を誰が信用するというのか。
幕臣の中にもまともな人間はいるのだろうが、やはりそういう体質の中で育てば、それが当たり前となり、ぬるま湯のような慣習は常となる。何人が正式に近江へ来るか分からないが、教養のある人材は貴重である為、何人かはまともな幕臣が六角を頼って来る事を祈ろう。
幕府の使者が帰京してひと月が経過した。既に萩も観音寺城に戻り、産屋も建て終えた。産屋の設置と共に出産に必要な物を揃え始める。
この時代の出産は、妊婦が天井から吊り下げられた縄を掴み、立ったまま出産をするというのが主流のようであり、それを聞いた瞬間、本当に驚いた。聞けば、出産時に力む為、排便もまた起こり、その処理なども含めると立ったままの方が良いという意見もあるようだ。だが、排便と共に赤子も頭から落ちてしまうだろうと思ってしまい、急遽寝台のような物を作成するように依頼し、記憶の片隅にある分娩台を苦心しながら伝えた。周囲からは何故、若い男が出産時の体勢などを知っており、その苦労も分かるのだという奇異の目で見られたが、萩と子の安全を考えれば、そのような事を気にする必要もなかった。
「評定を始めます」
定例の評定が始まる。
六角領も広くなって来たため、評定衆も増えたが皆自領を持っている為、定期評定の際には評定衆が観音寺城へ登城する習わしとなっていた。
六宿老と呼ばれた者達は、基本的には嫡男に領内を任せており、平井加賀守定武、目賀田摂津守忠朝、後藤但馬守賢豊はこの場に出席しており、家督を嫡男に譲り、その嫡男が小谷城城代を務めている蒲生下野守定秀は相談役として列席している。代替わりを終えている三雲対馬守定持は甲賀で生活しながら嫡男である賢持の配下として働いていた。その賢持には家督相続時に俺が朝廷に許可を願い出ていた官位が赦され、今は対馬守を継承し三雲対馬守賢持と名乗っている。
「まず、三好筑前守義興殿が身罷れました。その混乱を受けて岸和田勢、高屋勢が崩れ、三好豊前守実休殿が尾州畠山によって討ち死に。勢いに乗った公方様が戦線を伸ばした事により、前線に押し出された形で若狭武田勢が三好軍と激突。武田伊豆守殿を始め多くの武田勢が討ち死にを遂げました」
史実が大きく変わっている。三好義興、三好実休の死は数年の前後はあれども史実通りだが、史実とは異なりこの戦に参陣していた武田義統が戦死してしまった。史実では四年後の1567年に病死する筈だが、大幅に早まった感じだ。
しかも、若狭武田軍三千の内の六割近くが死に、多くの将が討ち死にをしている。正直、最早若狭武田家は成り立たないと言っても過言ではないだろう。
「畠山尾張守殿はそのまま河内高屋城に入りますが、岸和田城まで占拠することは出来なかったようです。幕府軍の若狭武田の壊滅により攻勢に出ることは出来ず、膠着状態となっております」
「岸和田が無事であれば、四国から三好の援軍が上陸するであろうな」
三雲対馬守の報告を聞き、相談役である蒲生下野守が見解を述べる。確かに三好の本貫は四国にあり、討ち死にした三好実休の本領は阿波である事を考えると、早急に弔い戦の為の援軍が到着しても可笑しくはない。
だが、三好も当主である三好義興の死、そして重鎮であった三好実休の死によって、家中は大いに乱れている。先代当主である三好長慶も病の噂があり、混乱を収拾する力が無いように思える。
出来れば武田義統ではなく、足利義輝が討ち死にを遂げてくれればよかったのだが、実際は生存しており、当主を失った三好の本貫である芥川山城で兵を留めている。
「室町からは未だに出陣の要請が届いております」
しかも、あれだけ無礼な断り方をしたにも拘わらず、まだ六角の出陣を命じて来ているのだ。もうどうしようもないな。
そこまで聞いた所で、伊賀衆の筆頭代理である森田浄雲が口を開く。
「室町からは美濃斎藤家へも出陣の要請を出している様子ですが、斎藤も動く様子はございませぬ」
当然だな。美濃から京へ行くためには近江を通る以外に方法はない。北伊勢、伊賀も六角領であるのだから、可能な道と言えば越前、若狭を通って丹波を抜けるしかない。それも三好勢が残る丹波があるのだから不可能だろう。
室町からの要請としては、斎藤軍の近江通過を許す事、そしてそれに同道して出陣する事があった。何から突っ込めば良いのか分からないぐらいに馬鹿馬鹿しい。
「室町からの使者、文は捨て置け。それより丹波、越前の動きは?」
「はっ、丹波の内藤が北上の動きを見せております。赤井、荻野の牽制の為に兵を残しておりますのでそこまでの兵数ではありませぬが…」
「伊豆守を失い、兵も将もいない若狭であれば簡単に制圧は可能という訳だな」
「若狭の留守居を任せられていた武藤上野介が幕府を通じて朝倉へ援軍を要請する動きを見せております。それに対して粟屋越中守が反対しており、若狭国内が不穏な空気で満ちておるようです」
今回の京への援軍の中に何故粟屋越中守勝久が入っていなかったのかが疑問である。粟屋は義統へ何度も反乱を起こしている者だ。武田信豊の次男である信方を擁立して謀反を起こして追放され、信豊との和睦で若狭に戻ってからも何度も反乱を起こしている。
俺であったら、援軍に強制的に連れ出し、最前線を任せてあわよくば討ち死にしてくれることを願うのだが、もしかすると援軍自体に反対されたか、不穏分子自体を遠方への行軍に連れて行く事に不安を覚えたのかもしれない。
まぁ、朝倉への援軍に関してだけは、俺も反対に同意だな。一度他国の援軍を領内に入れてしまえば、自治権を放棄するようなものだ。だが、先年に幕府経由の要請によって六角の援軍を受け、無茶な報酬を要求されなかったというので味を占めてしまったのだろう。
「若狭が朝倉の物になる事だけは避けたい。軍を動かす。俺率いる本隊は高島郡から若狭入りをし、内藤軍の侵入を防ぐ。別動隊は中務大夫賢永を大将とし、小谷の蒲生左兵衛大夫を始めとする江北衆にて深坂峠を越えて越前入りさせる。可能であれば疋檀城を落とす。下野守は目付として別動隊へ入れ」
「承知致しました」
本来であれば越前入りの方を俺にするべきなのかもしれないが、若狭国に入るのであれば、六角定頼の孫である俺の方が良いだろう。若狭にはまだ義統の父である信豊と義統の嫡男である孫八郎がいる筈だ。
義統の母は俺の伯母である為、孫八郎は俺にとって従兄の息子という事になる。全くの他人ではないだろう。当主が討ち死にした事で混迷を極めている若狭は家督争いをしていた頃よりも酷い状態になっているだろう。これを機に六角領として取り込む。
「名目は伯母上の救出及び、叔父と若狭武田後継者の救出だ。若狭を平定し、隙あらば敦賀まで取るぞ」
「はっ」
評定衆達が一斉に平伏する。
三好との戦で兵は上げないが、丹波から来る兵は逸見であり、内藤だ。三好傘下であるが、三好本隊ではない。詭弁ではあるが、名分は立つ。
「父上、観音寺の留守居はお任せ致します。室町の言葉に踊らされ、伊勢国司が腰を上げるやもしれませぬ」
「承知致しました。なに、北伊勢は若狭守が居ります。御屋形様のお力で今や北伊勢では民も国人達も飢える事無く暮らしております故、それを伊勢国司に奪われるとなれば死兵ともなりましょう」
北伊勢の白子に城は築いた。予想通りに長野工藤家から妨害をされはしたが、北畠家からの強引な養子縁組を快く思っていない家臣達を動かし、内部分裂を起こさせている。今では、北畠から養子に入った長野具藤は、家中の者達も信じる事の出来ない疑心暗鬼に陥っており、当主として機能出来ていない。
対して白子城に入った兄若狭守賢継は関氏や神戸氏と共同で港の開発、海産物加工所などを作り、六角家主導のもとに運営を成功させ、伊勢商人とも良好な関係を築いていると聞く。加工所は新たな食い扶持を産み、城下町で暮らす者達だけでなく、漁師や農家にも良い影響を及ぼしていた。
半農半士の多いこの時代であれば、ようやく良くなった自分達の暮らしを壊そうとする者達が来れば、それを護る為に必死に戦うだろう。
北伊勢は今では六角家の所領というだけではなく、六角家に属する民達にとっても理想に近い土地になっているのだ。北畠家と言えども蹂躙できるような場所ではない。
「では、各々支度を致せ。月が明ける前に出陣致す」
「はっ」
若狭が取れれば、日本の中央は縦長に六角領となる。敵と接する国は増えるが、六角領を通らなければ西にも東にも行けなくなる。物の流れも人の流れも六角次第。守備に気を遣う事になるが、織田家が美濃を獲れば少なくとも東は安全であろう。
天下取りまではまだまだ遠く、そのような事を口にすることも出来ないが、それでも飛躍する足場は出来る。
あとは飛ぶだけだ。




