1-4. 梓恩、丘疹を解き明かす
「ようは、召し上がりすぎだったんですよ。殿下の丘疹は」
「はあ? なんですって?」
寧凛がむっとしたように聞き返す。怒っていてもキレイなんだから、いいな美少女顔。
「坊っちゃまはお口のそばに、丘疹ができておいででしたでしょう? あれの主な原因は、食事ですよ」
「はあ!? 丘疹は、ご年齢によるものでしょう!?」
あー、思春期ニキビね。
まあたしかに12歳といえば、そろそろ、そういう時期かもしれませんが。
年齢だからと諦めて放置せず、適切にケアすれば、ニキビはある程度マシになるはずなのだ。
それに、、巽龍君のニキビの原因は年齢だけじゃないと思う。
わたしは、ちっちっ、と指を振ってみせた。
こういうアニメ的なドヤりかた、前世では恥ずかしくてできなかったけど…… この世界にはアニメはないから、やりたい放題。楽しいわー。
「丘疹だけではありませんよ。お気づきでしたか? 坊っちゃまは、唇も赤く荒れ気味……」
「それは以前からで、ございますが。ご体質でしょう」
「では坊っちゃまは、もともと、脾胃に熱がたまりやすいご体質、と。にも関わらず、朝から油ギタギタベトベトの湯や肉料理を提供していた…… それは丘疹も、出ちゃいますねえ」
「なにがいけないんですか? やんごとなきおかたです。食事はたっぷりと用意し、きっちりと栄養をとっていただくのは当然のこと……!」
「過ぎたるは及ばざるがごとし、ということばをご存じですか、寧凛さん? つまり、これまではやりすぎだったんですよ。しかも油って冷めたら、よりベトつくのに」
「……っ! これでも、一生懸命、冷めないように頑張っていたんです……っ!」
寧凛、ちょっと涙目。かわいいなあ。
ついもっとウルウルさせたくなっちゃうけど、ここはがまん。
「…… 寧凛さんはじめ、おつきのかたがたが頑張ってこられたことはわかっていますよ。だからこそ、坊っちゃまはご丈夫に成長されているではないですか」
意識して、慈愛深いほほえみを浮かべてみたら、寧凛の肩から力がふっと抜けた。
後宮って海千山千の魑魅魍魎が跋扈してそうなイメージだったけど、この子は育ちが良さそうだ。
「ただ、寧凛さん。小さな丘疹とはいえ、気になるものではありませんか?」
「たしかに……」
「それに、唇の荒れも、治してさしあげられれば、殿下はより、お健やかにご成長されると思われませんか?」
「まあ、それは……」
「朝食はそのために、あえて主食と甜点のみにさせていただいたのです。養生の考え方にもとづくものですので、ご理解いただきたいのですが…… ダメ?」
上目遣いで念押ししてみたら、寧凛の喉の奥から 「くっ!」 という音が漏れた。ちょろいな。
「ならば、直接、おうかがいしてみましょう! 坊っちゃまが良いとおっしゃるなら、しばらくそのままでいいです」
「ありがとうございます」
「ただし! もし坊っちゃまの意に沿わなければ、すぐにこれまでどおりの朝食に変えていただきます。それに、続けてもなんの効果も見られなければ! 嘘をついて殿下にわざと貧しい食事をさせたとして、上に処分を申し入れますから! それでもいいのなら……!」
「はい、それで大丈夫ですよ。ご決断くださいまして、感謝いたします」
にこやかさを意識し、拱手して礼。
寧凛は 「ふんっ! まだ、ご意向をうかがったわけではありませんよ!」 と言いながら去っていった。
一生懸命さが、かわいらしい。
―― 結果から言えば、巽龍君はお粥と甜点のみの朝食に大賛成だった。
朝の勉学から戻ってこられたおり。
寧凛がわたしも呼び出した上で、たずねてくれたのだ。
「坊っちゃま。今朝の食事についてですが……」
「うむ、普通に美味であったし、量もじゅうぶんであった。それに 『養生』 とか言っておったな、梓恩 ―― その考え方も、面白くて良い」
でしょー!? 漢方養生、最高でしょ!?
内心ドヤりつつも 「おそれいります」 と頭を下げるわたしのそばでは、寧凛が複雑な表情をしている。
うんうん、気持ちはわかるよ。
誰だって、自分がこれまでやってきたことがムダだとか、むしろ、かえって害悪になってたとか…… 思いたくないもんね。
しかたない。宦官さんの熱血ツンデレに免じて、今朝の食事について漢方養生の考えかたから解説してあげよう。
納得がいけば、少しは気が晴れるだろうから……
「坊っちゃまのお口のまわりの不調は、脾胃が弱っている証拠なのですよ。丘疹も口の荒れも、色は火をあらわす 『赤』 ですので ―― 原因は、脾胃によぶんな熱がこもり、からだの水分や気血の巡りを悪くしていることにあるかと思われます」
「ほう…… そうだったのか」
「はい」
わたしはうなずいた。
―― 脾胃っていうのは、前世の中医学 (中国伝統医学) でいう脾臓と胃のこと。
『脾胃が云々』 といえば、まあ 『おもに胃腸関係の症状』 と解釈して差し支えないと思う。理解のコツは、実在の臓器とは無関係と考えることね。あくまで症状。
だからって、中医学は、デタラメなんかじゃない。
中医学やそれをベースに発展した日本の漢方は、からだの不調とその治療法を経験則からシステマティックに解明した、けっこうな優れものなのだ。
とくに、未病 ―― 西洋医学では 『病気でない』 とされるからだの不調なんかは、中医学の得意分野。
たとえば、巽龍君のような、口もとのニキビや唇の荒れについては、こんな考え方をする。
【栄養過多 ⇒ 栄養が消化しきれず、胃によぶんな熱がこもる ⇒ 熱が水分を奪ってしまうので血がねばつく ⇒ 血流が悪くなる ⇒ 滞った血が上にあがる ⇒ 口元あたりの症状 (熱証なので色は赤)】
―― 科学的にみるとどうなのか、ってのは、なんとも言えない。
だって、中医学の論理って。
実際に治療に役立つよう、見えない身体のなかのことについて想像をめぐらせて法則をあてはめてったもの…… なんだろうから。
でも、ここまで観察して考えて治療につなげていたっていうのが、逆にすごいと思うんだよね、個人的には。
だって、解剖学とかなかった時代だよ? どんだけの観察力と想像力。
―― さて、ともかくも、そういうわけで。
口もとの赤ニキビは、胃の消化機能を助けると同時に、よぶんな熱をとり適度に潤いを与えて血のめぐりをよくする…… それで、症状は自然におさまるはずなのだ。
「―― ですので、今朝のお粥には、体内の水分や血の巡りを良くしてくれる薏苡仁と浅葱、エネルギーを補い胃腸の働きを整える鶏肉と山芋を入れました。
薏苡仁は、ハトムギの硬い殻と渋皮を取り除いた種子で、薬としても使われます。肌荒れやイボに効果があるんですよ。また、お粥の上に散らした白ゴマには、胃腸のよぶんな熱を取り、潤いを与える効果があるとされています」
名付けて 『食べたいあなたのための美肌粥』 ……!
「そして、甜点の梨のはちみつ蒸しは、からだに潤いを補う梨とはちみつに、気血を補ってよぶんな水分を出す作用のある干し葡萄と、体内の滞りを発散させて気血を巡りをよくする作用のある生姜を加えておりました。これから寒く乾燥する季節ですから、潤すことを意識すれば、肺の養生にも良いのです」
「なるほど、そうであったか。深く考えられているのだな…… あらためて、感心したぞ! 毎回の食事が楽しみになりそうだ」
「もったいなきお言葉」
くっ……!
またしても、寧凛の喉の奥から声がもれた。悔しそう…… 納得も、少しはしてくれてるといいんだけどな。
「あの、寧凛さん」
「なにか……っ!?」
「昼食は、ちゃんと豪華なものにしますから……」
「あたりまえですっ!」
退出する前、泣きそうになっている肩に声をかけると、噛みつくみたいな返事をされた。
「あなたはまだまだ、信用なりません! 調理はこれから、私が直接、監視させていただきますから……!」
「あ。ではさっそく。昼食づくり、いきます?」
作りながら、この子にもたっぷりと養生知識を入れてあげよう ――
わたしはウキウキと、美少女顔に手をさしのべた。