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後宮妃さま、ご自愛ください~転生食養士の癒癒慢活~  作者: 砂礫零
第六章 華花嵐散~はびこる問荊も使いよう~

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6-4. 梓恩、秘薬に出会う


()妃さまは、ふくよかな体型で食べることと飲むことが、お好きです。(ヘキ)宮の集まりでも、ご自身は踊ったりされず、ひたすら飲み食いされているそうで…… たぶん、運動は積極的にお嫌いなんでしょう」


「そうだねえ、万花ちゃんがときどき、平胃散(へいいさん)もらいにくるからね」


 うんうん、とうなずく()宦官。平胃散は、食べ過ぎの胃もたれにオススメの薬だ ――

 宴の翌々日。

 わたしは先日した約束どおり、司薬の倉庫の整理を手伝っていた。

 作業しながらも、薬オタクの()宦官との話題が尽きることはなさそうだ。

 いまはちょうど 『()妃が宿酔(ふつかよ)いになれば雨』 の理由を解説しているところである。ちなみにその雨、ほんとうに降った。


「しかも、宴のおりに拝見した限りでは、()妃さまがいちばんお好きなのは砂糖のたっぷり入った酥油饅頭(バターまんじゅう) ―― それを、酒のアテになさってて」


 宴会での衝撃を思い出し、わたしは身震いした。

 酥油饅頭(バターまんじゅう)はその名のとおり、肉のかわりに酥油(バター)が詰められている。

 それをつまみに、()妃は延々と酒を飲んでいたのだ。しかも、ほかの料理にはほとんど箸をつけていなかった。


「あーなるほど」 と、うなずく()宦官。

 

「そりゃ、雨降る日には宿酔(ふつかよ)いにもなるよね」


「そうなんですよ。酥油(バター)も酒も、とりすぎると、よぶんな水分をためてしまうでしょう? 体内によぶんな水分が滞って、たまって、よどんでいるとこに、雨の湿邪(しつじゃ)が攻撃してくるんですからね、禧妃さまの場合。そのせいで、より体内の水が片寄っちゃう、みたいな」


「うんうん、わかるわー…… ところで梓恩ちゃん、司薬にこない?」


うちの子(皇太子殿下)がかわいすぎるので、無理です」


「ちぇっ」


 ちっとも残念でなさそうに()宦官は舌打ちをし、わたしに新しい雑巾(ぞうきん)をほい、と手渡してきた。


「次はそっちの棚ね。今は使われてない薬が多くて、ほとんど動かしてないから。まずは、ホコリ掃除から」


「えっ…… それくらい、整理を言いつける前に、やっといてくれません? というか、使ってないのに捨てないんですか?」


「あーそれな。貴重すぎて、しまいこんだままになっちゃってるやつだから」


「あ、それ、捨てられないやつ」


「そうなんよ」


 司薬には大きくわけて2種類の薬がある。原料そのままの生薬と、調合済みの方剤だ。方剤の 『方』 は攻撃するっていう意味。かっこいいよね。

 さて、倉庫の隅でホコリをかぶってる棚は、だいたい方剤であるらしい。

 それぞれの壷にきっちりとはめられたフタには、それぞれの薬の名前と、取り出した日にち、量、当時の担当者の名前が記されている。


()さんは、使ったことないんですね」


「使ってみたいけどね。この辺の薬になると、太医の指示が必要だからさー。いまの太医じゃ、薬の存在も知らないかもだけど」


「まあ、そんな気配が、なんとなくしますね」


 わたしと馬宦官はのんびり話しながら、薬のフタにたまったホコリを拭いていく。このあとは、残量や中身が変質していないかのチェックになるのかな…… と、たまたま、ホコリの下から現れた文字に、わたしの目は釘付けになった。


紫雪(しせつ)……!?」


「ん? どうしたの?」

 

「紫雪ですよ! ()さん! あったんですねこんなところに! 紫雪! あの紫雪が!」


 紫雪。前世の日本で、徳川の秘薬とか全薬剤師の憧れとか言われていた幻の名薬だ。

 その紫雪に、ここでお目にかかれるとは思わなかった…… 転生して良かったな、わたし。

 そろそろとふたを開ける。紫色の細かな粉が壺の底でさらりと揺れた。その名のとおり、ほんとうに雪みたい……

 ()宦官は目視で残量をチェックすると、ささっとふたを戻そうとした。


「ちょっと待ってください。せっかくなんで、なめてみたいんですけど」 


「ダメに決まってるでしょ」


「ひとなめさせてくれたら、司薬への異動…… は、やっぱ無理。でも、倉庫の整理は、また手伝いますよ?」


「う…… んー…… いや、やっぱダメ」


「どうせ使わないのに、味見くらいしないと、もったいないですよ」


「んー…… それも言えてるけど…… でもダメ」


「ちぇっ」 


 棚にそっと紫雪を戻すと、わたしと()宦官は、次の壺のホコリを拭い始めた。

 しばらく、のんびりと紫雪の製法について話しあいながら掃除をすすめていたとき。

 ぱたぱたぱた……

 倉庫の外から急いだ足音が聞こえた。開け放しになっていた入口から 「()宦官!」 と呼ぶ声。司薬の誰かだろう。


「はいはいー。ここよー」


「珠妃さまが、急に高熱を出されたそうで…… 太医から香蘇散(こうそさん)を出すように言われています」


「りょーかい…… ちょっと行ってくるねー、梓恩ちゃん。勝手に紫雪なめちゃダメよ」


 やれやれ、と()宦官が立ち上がり、腰をトントン叩く。これから、薬の調剤をしに行くんだろう。

 でも…… 証違いな気が、するんだけど。

 香蘇散(こうそさん)はたしかに、風邪のひきはじめに使われる薬だけど、高熱対策としては弱いような。


()さん? 普通は高熱ならまずは、葛根湯とかですよね?」


「まあそうだけど、ほら、珠妃は妊娠してるからねー」


「あっそうか」


「そうそう。太医としても、うっかり麻黄剤なんて使って、お子になにかあって罰せられたくないでしょ?」


「うーん。まあ、気持ちはわからないでもないですけどね……」


 葛根湯(かっこんとう)は義兄の試験対策にドーピング狙いで使ったように、麻黄を含む薬。

 身体が弱ってる妊婦には薬性が強すぎるので原則は使わないほうがいい、とされている。

 だけど、それは、あくまで原則で。前世では医師が治療優先と判断した場合なんかには、処方されていたような…… だいたい、高熱って治療優先の症状じゃないんだろうか。

 しかも珠妃は、前世のゲーム ((スウ)妃ルート) では痘瘡(とうそう)で亡くなってるし。


「あの、()さん。太医に、升麻葛根湯(しょうまかっこんとう)オススメしておいてくれませんか?」


「いーけど」


 ()宦官は、すぐにわたしの意図に気づいたらしかった。

 升麻葛根湯(しょうまかっこんとう)は葛根湯に升麻(しょうま) (サラシナ) を加えることで、発疹を出尽くさせる効果を狙った処方だ。風疹(ふうしん)麻疹(はしか)水疱瘡(みずぼうそう)…… ブツブツが出るたぐいの疫病にかかったとき、初期に使う。


「いま巷では流行ってるからねー、痘瘡(とうそう)


「そうそう、そこなんですよ。高熱って心配じゃないですか」


「わかる。ま、言ってはみるけど、あんまり期待はしないでねー」


 馬宦官が薬の調合に行っているあいだ、わたしは棚の掃除を続けた。紫雪は…… めっちゃ迷ったけど、こっそりなめるのは、やめておいた。


「ただいま…… 掃除ありがとー」


 しばらくして戻ってきた()宦官は、なんだかげっそりしていた。


升麻葛根湯(しょうまかっこんとう)、聞き入れてもらえませんでした?」


「よけいなこと言うな、って怒られたー。太医って、矜持(プライド)権化(ごんげ)みたいなとこあるからさ」


「それで患者を危ないめにあわせるとしたら、なんのための矜持(プライド)なんですかね……」


「そりゃ保身と出世のためでしょー」


 ()宦官の口もとに、苦笑が浮かぶ。

 わたしたちはそれから黙って、倉庫の掃除を終わらせた。



痘瘡(とうそう)? もちろん、かかったことはないぞ! 美味であるっ!」


 その日の夕食 ――

 巽龍君(皇太子殿下)は、鰆魚(さわら)韭菜(にら)の雑炊をお代わりしながら、首をかしげた。


「だがなぜ、そんなことを聞く? 痘瘡(とうそう)は恐ろしい病だそうだが、ここまでは入って来ぬはずだろう?」


「そうですか…… でも、しばらくは珠宮に近づかれないほうがいいかもしれません。関係者のかたも要注意です」


「そうか! …… 珠妃は、痘瘡(とうそう)なのか? 高熱とは聞いているが」


「まだ、わかりません。念のための用心です」


「うむ! わかった! そこまで気を回すとは、さすが梓恩だ!」


「おそれいります…… 甜点(デザート)は桜花(ケーキ)でございます」


 クリーム色の地に薄紅色が散らされた、見た目もかわいい花の形の甜点(デザート) ―― 前世ではよく、中国や韓国のドラマで見かけた宮廷菓子 『桂花糕』 の桜花(さくら)バージョン。梓恩さんオリジナルだ。ほのかな桜のかおりと甘味をひきしめる塩味が、なかなかいいと思う。

 巽龍君(皇太子殿下)の瞳が、きらきらと音がしそうなほど輝いた。


「食べりゅうううううっ!」


 いろいろあっても、この一言が聞ければ…… とりあえず、幸せです。

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