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プロローグ②

 試験のことを考えながら歩いているうち、私はいつのまにか、近所の公園まで来ていたのだ。

 ここを抜けたら駅で、電車の時間にちょうど間に合うんだけど ――

 猫ちゃんの声、気になる!

 かぼそくて、必死な感じが…… 捨て置けないっていうか。


「猫ちゃん、どこかな?」


 わたしは立ち止まり、まわりを見回した。


「あ、あそこだ!」


 たくさんの樹木が植わっているなかでも、ひときわ大きなドングリの木……

 その枝の上にいたのだ。本当に、子猫が。


「えっ、猫ちゃん? えっ、どうしよう!」


 えええと、こういうときは、たしか、消防車よね! 

 スマホで119番、と……


「もしもし、消防署ですか? いま、中央運動公園の遊具の側なんですけど、あの、そこの一番大きい木…… あの上に、子猫が登っちゃってて、降りれないみたいなんです」


「はい、はい…… ええと、いま、はしご車が出払ってまして。早くても1時間か…… いえ、もう少しは、かかりそうですね」


「えっ、1時間か、もっと!?」


「はい、残念ですが、マンションの火事で……」


「あっ、はい、すみません」


 ためいき出そうになる。

 1時間か…… 試験、間に合わないよ……


「あの、できれば早めに……」


「それは無理かもしれませんね。マンションのほうの被害の程度にもよりますが」


「あっ、はい…… すみません」


 応対の人、丁寧だけど。言外に 『猫どころじゃねえ』 といわれた気がする……

 わたしはお礼を言ってスマホを切り、猫ちゃんを見上げた。

 心細そうだな…… よし!

 わたしも一緒に木に登って、消防車を待ってあげよう。


「猫ちゃん! いま、そっち行くから、動かないでね。お姉さん、こわいひとじゃないからね」


 猫ちゃんが、ちょっと静かになった。人に慣れてる子みたいで、よかった。

 わたしは木のいちばん低い枝に足をかけ、次の足場を探す…… あれ? 意外とハードだわ。


「うわっ……」


 足が滑って、落ちかけた。


「こわいよー…… 木登りなんて、小学生以来だよ……」


 そうだった。

 最後に木登りしたのなんて、もう10年以上も前だよ…… いや、なんでできる気になってたんだろう。

 けど…… 登ってみたらわかる。

 わたしだって、下をみるだけで怖くなってくるんだもん。

 こんなところに猫ちゃんをひとり置いておくなんて、できるわけないよ。

 よし、がんばろう。


「はあ…… ぜったい明日、筋肉痛確定……」


 今夜はビワの葉の入浴剤で、お風呂でしっかりマッサージしなきゃ…… ふう。


「ついた!」


 わたしでも座れるくらいの大きな枝で、良かった。

 落ちないように気をつけながら、猫ちゃんにそっと手をのばす…… おとなしく抱っこされてくれた。

 もっちゃり温かい、小さなからだ…… あーやっぱり、がんばって木登りして、よかった!

 

「猫ちゃん、もう大丈夫だよ! 消防車くるまで、一緒にいてあげるね」


 言ってることが、わかったのかな。

 猫ちゃんが、わたしのアゴをペロッとなめてくれた。

 ―― それから、しばらくのあいだ。

 わたしは猫ちゃんをなでたり、匂いをかいだりして消防車を待っていたんだけど…… 

 ぜんっぜん、こない。


「もう暗くなってきちゃったね、猫ちゃん」


 風も冷たくなってきたし、お腹もすいた。

 このままじゃ、カゼひいちゃいそうだよ!


「よし! 降りよう!」


 猫ちゃんを片手で抱っこし、片手で木の枝をつかんで、そろそろと足をずらす。

 消防車こないってわかってたら、最初からこうするんだった…… あっ、後悔するのは養生に良くないんだった。

 ああ…… でも、さっさと降りていれば漢方食養士の試験に間に合ったのに…… くすん。


「あっ……!」


 強い風。

 わたしは足場を踏みはずした…… って、まずいよ!

 片手だけでぶらさがるなんて、無理寄りの無理だって!

 耐えるんだ、わたしの腕! 落ち着け、わたし。

 えーと、次の足場、足場…… あれ? ぜんぜんない……!

 ―― きっと今のわたし、青ざめてる。

 ―― 腕から力が、抜けてくる…… だめ。このまま手を放しちゃったら、おしまいだよ!

 ―― でも、もう、腕の感覚が…… まずい、まずいよ…… あっ…… ああ…… 落ちる……!

 ―― せめて、猫ちゃんだけでも……!


 わたしはしっかりと子猫を抱きかかえ、闇のなかへと落ちていった。


 ―― ここ、どこ?

 気づくと、わたしは真っ暗ななかを浮遊していた…… 猫ちゃん、どうしたんだろう?

 せめて猫ちゃんだけは無事でいてほしいんだけど……!


【猫ちゃん? 生きてるわよ? 心配しないでねっ】


 とつぜん、声……? 文字……?

 どっちでもあり、どっちでもない。

 そんな感じの思念が、わたしに語りかけてきた。


【あたし? あたしはとある分岐の支配人でねっ…… まあ、あなたがたの分岐の、ある国では 『ジョカ』 って呼ばれてるわ】


 ―― 分岐? ジョカ……?


【分岐っていうのは、えーと 『セカイ』 って呼ぶほうがわかりやすいかしら? あたしの分岐は、あなたがたのセカイで言うと 『皇国の七妍(しちけん)』 っていう電子遊戯(ゲーム)に激似てるわね】


 ―― 皇国の七妍(しちけん)? どっかで聞いたこと、あるような……


【あっ、でもね、その電子遊戯(ゲーム)もまた、類似した分岐に過ぎなくて…… ええと、つまり、二次創作みたいなものだから! 転生したら、セカイ観を壊すとか気にせず、好きにやっちゃっていいから!】


 ―― 転生? わたし、転生するの?


【そうだよ! だってあなた、死亡決定する直前に 『まだ漢方養生スローライフ、送ってないのにー!』 って叫んでたじゃない?】


 ―― そう…… だったような…… てか、死亡? 死んだの、わたし?


【もう! いまさら、なに言ってんの? とにかく、猫ちゃん助けたご褒美よぅ! 転生させてあげるねっ】


 ―― そんな、強引な……!


【はーい! じゃあ、あたしのセカイに、よーこそ♡】


 ―― え? もう確定なの? 急すぎない?


【大丈夫、ダイジョーブ。じゃ、いっぱい楽しんでね! 漢方養生スローライフ!】

 

 女神さまの思念を最後に、わたしの意識は、真っ白になった ――



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