2-2. 梓恩、収穫する
「美味であるっ……! 温かいっ……! 美味であるっ……!」
「牛蒡には、よぶんな熱をさまし、気を補い気を巡らせる作用が 「美味であるっ…… なるほど、で?」
「また、皮の部分の黒い色にはポリ…… えーと、清浄な血を保つ効果が期待できます」
「うむ、なるほど! 美味であるぞ!」
―― あぶないあぶない。ポリフェノール、って言いかけたわ。
牛蒡のポリフェノールは血圧や血糖値の上昇を抑える働きがあるそうで、血管に優しく成人病予防にも良いんだとか…… だけど、この世界の人たちには、栄養素って概念がないんだよね。
(代わりに中医学らしいことばなら、よく通じる)
炸牛蒡片、金皮拉、季節の野菜とキノコをたっぷり入れた酢鶏に、牛蒡と牛肉の紅焼、牛蒡と豆乳の濃湯、什錦飯……
牛蒡づくしの昼食に、皇太子は満足してくれたようだ。
さて、次は甜点。
「美味であるっ」
豆花、キクラゲと干し葡萄、梨の白葡萄酒煮添えを、あっというまに完食した巽龍君。
うずうずとした視線を、こちらに向ける。
「して、梓恩。珈琲なる飲み物は、できたか?」
殿下ったら、せっかち。
「いえ。まだこれからです。原料となる実をこれから収穫して天日干しにして乾燥させますので、あと10日ほどはかかるかと」
「うむ、そうか。楽しみにしているぞ!」
「はっ。精一杯、勤めさせていただきます」
さて、と。
うちの坊っちゃまの期待に応えるためにも、はりきって収穫に行かなきゃね。
「これ…… ですか?」
「そうですよ、寧凛さん」
「ふざけてるんですか?」
「超絶、本気です」
口をぽかんとあけて、わたしと目の前のブツを見比べる美少女顔のツンデレ宦官。
―― わたしたちはいま、後宮の外を囲むネズミモチの垣の前にいる。前世の日本でもよく見かけた、低木の街路樹だ。
宦官の採用試験のころにはまだ浅緑だった実は、いまやすっかり熟れて黒紫色の小さな粒をたわわに垂れている…… まさに、旬のはじめ。
「まさか、坊っちゃまのお口に入れるおつもりですか?」
「もちろんです」
「ここここんなっ、小動物の○○みたいなものを!」
あ。言っちゃった。
「いえいえ、これはこう見えて上品の優れモノなんですよ。司薬や太医院のひとたちだって、これのことは知ってるはずですよ」
「じゃあなんで、これまで放置されていたんですか?」
「単に収穫作業する人がいなかっただけでは?」
「嘘なら、あとで上に報告しますからね!」
がるがる、毛を逆立ててうなってる猫みたいになってるな、寧凛。かわいすぎか。
―― 『上品』 というのは、無毒でかつ、長期間のんで滋養にできる薬のこと。漢方の古典 『神農本草経』 にのっている生薬の分類のひとつだ。
そしてこの世界では、 『上品』 なんて中医学のことばも、普通に使ってるんだよね。養生慢活、万歳。
「ともかくも、収穫しちゃいましょう!」
わたしは鋏をチャキっと鳴らして、宣言したのだった。
収穫をはじめて一刻ほどで、もってきた2つのカゴがいっぱいになった。
ぶつぶつと文句をいいながらも、熱心に作業してくれた寧凛のおかげだ。
「寧凛さんのおかげで早かったですね…… さて、と。あとは、カラカラになるまで干しますよ」
「ますます小動物の○○っぽくなりそうです」
「いえてる…… ん? どうしたんでしょう?」
カゴを両手で抱えながら東宮へと戻る途中。
莉宮の前に、兵士の1隊がいた。黒い官服の背に神羊の刺繍 ―― 宮廷の警察組織、宮正院の士官たちだ。
「莉妃になにか、あったんでしょうか」
「それ、莉妃がなにかやらかした、でしょう、梓恩さん」
「だから、莉妃はそんなひとじゃ…… え。えええ?」
「ほら、そんなひとだったんですよ」
わたしと寧凛の目の前で、兵に囲まれてとぼとぼと宮門を出ていくのは、まさに莉妃そのひと ――
すべてを諦めたようにうつむくその姿は、手折られた鈴蘭のようにほっそりと儚げ。付き従う侍女が、頭をあげて眼差しだけでまわりを威嚇しているのとは対称的だ。侍女のひとの名前は、たしか……
「桜実さん!」
わたしは、侍女に向かって声をあげていた。
「なにがあったんですか?」
「冤罪でございます! ……っ」
兵のひとりに小突かれ、桜実が顔をしかめる。だがすぐに、さっきよりも険しい目付きになった。
「わたくしも雨紗さまも、呪詛など、行っていません! 決して……!」
こわいですね、と寧凛がつぶやいた。
「宮正が動くということは、証拠があがってるんですよ…… なのに、あんな」
「その証拠が、けっこうデタラメかもしれないじゃん」
「あくまで莉妃に味方する気ですね、梓恩さん」
「もちろんですとも」
だって前世のゲーム内では、宮正の捜査レベルって、伝染病を呪詛扱いしてた程度だよ?
信用できるわけないじゃん……!
ほんとうは、すぐにでも真相を調べて、莉妃を釈放してあげたい。
けど、ウチには食べ盛りのかわいい子がいるからね。
まずは、カゴの中身の天日干しと夕食づくりからだ。
※※※※
「ああ、それなら、白牛がみな、原因不明の病で倒れたことであろう…… 美味であるっ!」
「おそれいります…… して、その白牛とは、嵩妃のご実家から献上されたアレでございましょうか」
「温かいっ…… うむ、それだ…… おかわりっ」
「かしこまりました…… ですが、どうして莉妃が」
「美味であるっ…… うむ、それはな」
夕食の主菜、鮭といろいろなキノコのお粥の三杯めをおかわりしながら、皇太子が教えてくれたところによると ――
嵩妃の実家から献上された白牛が倒れる前に、牧場に入ったのが、莉妃の侍女の桜実だったそうだ。
その翌日、白牛たちは皮膚が赤く腫れ上がって倒れた。乳をしぼってみたが、どろりとして臭く、飲めるものではなくなっていたという。
ほかに牧場に入った者は、桜実のほかは司牧の宦官しかいなかった。
そのため、桜実とその主の莉妃に嫌疑がかかったのだ。
「まさか、それだけで……」
「妃の侍女が牧場に入ることじたいが、めったにないからな。うむ。美味であった!」
「ありがとうございます。甜点は、サクサクとろとろの苹果排でございます。温める力の強い桂皮を、ほんの少し使っておりますので、冷ますために薄荷茶と一緒にどうぞ」
「食べりゅううううっ!」
―― ああもう、主がかわいすぎて、ほんと和む。




