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プロローグ①

 氷に閉ざされた北の大雪原から、香り高い果実のなる南の密林まで……

 広大な大陸を統一したその王朝の名を 『永』 という。

 偉大な永皇帝のもとには、各州から選りすぐりの美女が集められ、河のほとりに建てられた壮麗な宮殿に暮らしていた。

 いわゆる後宮 ―― そこで起こることなど、いずれの世にも似たようなものである。


 いまも、ひとりの美女が罪を(すす)ぐための毒杯を震える手で受けとったところ。

 彼女 ―― 莉妃の罪は、寵愛No.1のライバル妃に呪詛をかけて病にし死なしめた、というものである ――



「いや、普通に伝染病でしょ、どう見ても」


 ゲーム画面に思わずつっこんだわたしを、隣にいた友人がにらんだ。熱心に当の後宮ゲームをプレイしている、ご本人である。


「ちょっと、(もえ)! やっとザマァまで行ったのに、そういうこと言わないで。下がるわ」


「いやーだってさー。死んだ珠妃のあの症状、どう見ても痘瘡だし。それに莉妃って、悪い子には見えないじゃん。清楚地味美女」


「半世紀も前に絶滅宣言された病気の判断がひとめでつくの、萌、あんたくらいよ。それから昨今では、こういう庇護欲そそるタイプは実は悪女って決まってんの」


「へえ…… そういうのが、流行りか」


 わたしは改めてゲーム画面を眺めた。

 すでにシーンは、断罪からヒロイン・ヒーローのキャッキャウフフに移っている。ヒーロー (たぶん皇帝) はキラキラしたイケメンで、ヒロインのほうはキツめな美女だ。


「? これ、悪役でしょ?」


「こういうのが、いまのヒロインのスタンダードなんだって! 『悪役令嬢』 って、聞いたことあるでしょ?」


「? やっぱ、悪役なんじゃん」


「ちがうの! 真のヒロインはこっち! 『悪役令嬢』 は、あくまで()であって! ()()()()()()()んだよ!」


「ほお…… なるほど。じゃあ、この子も 『悪役令嬢』 ?」 


「まあ、そのタイプね。(すう)妃は、ほかの妃のルートでは、たしかにライバル役だし…… けど今、いちばん人気があるのは(すう)妃ルートなんだよ」


「あー…… プレイキャラが選べるのか」


「そうそう、この7人の妃のどれかね!」


 友人が画面を切りかえ 『プレイキャラ一覧』 を表示してくれる。

 画面にズラリと並ぶのは、皇后をはじめとした、後宮に住まう7人の妃…… なかでも(すう)妃は、キツさが際立っているなあ。大きめのつり目といい、固く結ばれた口もとといい、ものすごく怖い。

 これが、一番人気なんて。

 わたしがブラック社畜をやってる間に、世の中は変わったもんだ。


「でも、わたしなら、普通に莉妃みたいな子がいいな。優しそうだし、癒されそうだし」


「見た目はね。けど、莉妃でプレイすると、ステータスはマイナスからのスタートだよ」


 友人が再び画面を切り替え、莉妃のステータスを出してくれる。


【キャラ:()雨紗(うしゃ)

 位  :昭儀(しょうぎ)

 年齢 :22歳

 

 ☆プロフィール☆ 

  見た目は清楚だが後宮に入る前に3人の夫を亡くしており、 『夫殺しの妖婦』 と噂される女性。後宮では皇后に取り入っているが、ほかの妃からの評判は最悪。

 バッドエンド回避のため、名声や人望の回復をがんばろう。


 ☆ステータス☆

  寵愛/3位

  容姿/ 95 知性/80 華/45

  技芸/85 人望/-35 名声/-55】


「うわ…… ひど…… かわいそすぎる」


「かわいそうもなにも。そういう設定なんだから」


「うーん…… どう見ても、繊細で悩み多めで冷えやすい、ただの気虚タイプな子なのになあ」


「出た、漢方養生オタクが……」


 友人の口調が若干げんなりしているのは、わたしがなにかというと、会話に漢方養生の知識を持ち出すせいだ。

 そんなの興味なければうざいだけ、っていうのはわかる。

 だが許せ友よ。わたしはここ数年、仕事以外はネットの漢方コラムしか読むしか、してないんだよ。

 漢方薬剤師の先生がたが発信してくださる有難くも優しくもためになる知識を、通勤電車のなかでポチポチと読みあさるだけの毎日だったんだよ。


「そういえば萌」


 友人がコントローラーを脇に置き、こっちを見た。


「ちょっとまえ、薬膳カフェでバイトするために、会社やめて資格とるって、言ってなかった?」


「うん。きのう、会社やめてきた」


「まじか。思いきったねえ…… ま、もともと料理好きだもんね。適職じゃない? 試験いつ?」


「今日。いまから」


「まじか! 行動力!」


「いや、ギリギリまで代わりの人がきてくれなかった、ってだけでね……」


「そっか。まあ、がんばってきなよ、試験」


「うん。ありがとう。あっ、そろそろ時間だ……! 行ってくるね」


「うん! 合格したらお祝いしようね!」


 はげましの声を背に、わたしは友人の部屋をあとにする。

 わたしがこれから向かうのは、 『漢方食養士』 の試験会場だ。


 ―― ほんのりブラックな会社につとめて5年。

 同期たちも新人も次々にやめていき、派遣は居つかず、いつのまにか深夜までのサービス残業が常態になっていた。

 通勤時にふと線路にひきこまれそうになったり (このときには 『いまここで死ねば会社行かなくてすむ』 としか思えなくなっている) しながらも、なんとか耐えていた日々のなか ――

 いつしか、わたしは 『漢方養生』 に惹かれていった。

 『漢方養生』 とは、中国の伝統医学である 『中医学』 の知識をベースに日本で発展した、健やかな人生を送るための知恵の集大成。

 科学的ではない部分もあるから、うさんくさく見られがちだけど…… じつはけっこう、現代の日本人の生活にも 『漢方養生』 は根づいている。

 バランスよくいろいろなものを食べるとか、食べる前に感謝しながら 『いただきます』 って手を合わせるとかね。

 ―― 自然と調和し、自分のことも、周囲の人のことも大切にして、心穏やかに過ごす……

 それが、漢方養生の基本だと、わたしは思う。

 そんな生活にあこがれていたけれど、これまでは忙しすぎて、できなかった。

 けれど、今日。

 資格試験が終われば…… 待っているのだ。

 薬膳カフェでバイトして、心身に滋養を取り込みながらゆったりと過ごす、完璧な漢方養生スローライフが……!


 ひぃやっほぉぉぉぉう!


 わたしが心のなかでバンザイをしたとき ――


 猫の鳴き声がした。

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