【8話】後悔とこれからのこと ※ローゼス視点
「それでは、よろしく頼んだぞ」
大喜びしているレイラにそう言って、俺は部屋から出て行った。
ミリスにとって、これが良い選択となればいいのだが。
祈るような想いを胸に抱きながら、私室への道を歩いていく。
私室へと戻ってきた俺は、執務机のイスにどっかりとかけた。
両腕を肘掛けに乗せ、天井を見上げる。
「……彼女に言われるまで気づけなかったとはな」
これまでミリスのためを思って行ってきた教育方針は、まるっきり間違っていた。
レイラに指摘されるまで気付けなかったことが、なんとも不甲斐なく感じる。
「家族失格……か。その通りだな」
ミリスの気持ちを見抜けなかった俺は、まさに家族失格。
レイラから言われた通りだ。
天井に向けて、俺は大きなため息を吐く。
今より十年前。
俺が十五歳の時に、母が病で亡くなった。
それからすぐ、当時のフィラリオル公爵である父は伯爵家の令嬢と再婚した。
ほどなくして、父と義母の間に子どもが産まれる。
その子どもというのが、ミリスだった。
父も義母も、産まれてきたミリスを溺愛していた。
しかしそうしていたのは、ほんの最初だけ。
彼らの溺愛は、一年もしないうちに唐突に終わりを迎える。
ミリスの体内に宿る魔力量が、俺と比べてかなり少量だと判明したからだ。
しかし少量といっても、それは規格外に膨大な魔力量を持つ俺と比較したらの話。
世間一般の基準からすれば、ごく平均的な魔力量。
だから決して、ミリスが劣っているという訳ではなかった。
だが、父と義母はそうは思っていなかった。
ミリスの魔力量を知って、期待外れだとショックを受けていた。
俺と同程度の魔力量を持っていると、勝手に思い込んでいたのだ。
それから、父と義母のミリスに対する態度は一変する。
甲斐甲斐しく行っていた世話のすべてをメイドたちに任せ、自分たちは何もしない。
これまでの溺愛ぶりが全部嘘だったかのように、急に無関心になった。
父と義母が溺愛していたのはミリスではなく、ミリスの体内に宿る魔力。
それが少ないと分かって、興味が失せたのだろう。
ミリスは何も悪いことはしていないというのに、両親から見限られてしまったのだ。
あいつらはミリスを見捨てた。実の娘だぞ……ふざけやがって! だったら俺が親代わりになって、ミリスを立派に育ててやる!
父と義母に絶望した十六歳の俺は、そんなことを心に強く誓う。
そうと決めた俺は、ミリスに対して必要以上に冷たく、厳しく接してきた。
心無い言葉をかけてくるような人間が、貴族にはごまんといる。
そういう者たちに負けないよう、ミリスには強くなって欲しかった。
しかし、俺の教育はミリスを傷つけていただけ。
大きな失敗だった。
「レイラがいなければどうなっていたことやら……」
今回の件で、俺一人の力ではミリスを強い貴族に育てることができないと痛感した。
だからこそ、レイラに専属侍女の仕事を与えたのだ。
ミリスが良き方向に成長できるよう、彼女にはサポートをしてほしいと思っている。
……本音を言えば、他人の手に任せたくないはないのだがな。
ミリスは大切な妹。
できることなら、俺ひとりの力で育て上げたいという気持ちがある。
しかしそれは、俺のワガママというもの。
つまらないプライドだ。
ミリスが良き方向に進むことと、俺のつまらないプライド――どちらが重要かは考えるまでもなかった。
であれば、悔しいがレイラに頼るしかない。
俺ひとりでは難しい以上、他に道はなかった。
「できれば俺とミリスの仲も取り持って欲しいところだが――いや、それは欲張り過ぎか」
教育方針が間違いだと分かった今は、ミリスとの距離を縮めたいと思っている。
これまで厳しくしてきた分、今度は優しくしてあげたい。
しかし、これまでのことがあってミリスには怖がられているはず。
距離を縮めたいと思ったところで、そう簡単にはいかないだろう。
レイラにはそちら方面のサポートもして欲しいと思ったが、流石にそれは望みすぎというものだ。
ミリスとの距離を縮めることは、俺がやらなければならないことだろう。
どうやるかが問題だが、それはおいおい考えるしかない。