【7話】ローゼス様の本心
私の部屋に入ってきたローゼス様は開幕一番に、なんとお礼を言ってきた。
その言動が、私の中にある矛盾の塊をさらに大きくさせる。
本人がいることだし、直接聞いてみましょうか。
「あなたの行動は変です。率直に言って、理解できません。それならどうして、あんなにもミリスにキツく当たっていたのですか? どうして悪口を言うメイドたちを、さっさと処分しなかったのですか? お答えください!」
矛盾の答えを求めて、私は矢継ぎ早に問いを投げかけた。
「貴族というのは、歳を重ねるにつれて厄介事が増えるもの。貴族の中でも高位である公爵家の人間となれば、それはなおさらだ。耐えるには、強靭な精神力が不可欠となる」
「……ミリスの精神力を鍛えるために、わざと厳しく当たっていた。メイドたちの行いを見て見ぬふりをしていた――そういうことですか?」
「そうだ。早い段階からストレス耐性を付けさせたかった。それがあいつのためになると思っていた」
「あなたの考えは正しいのかもしれません。……ですが、やり方は間違っていると思います」
琥珀色の瞳を細めた私は、貫くような視線をローゼス様へ向ける。
ストレス耐性を付けさせるというのは、確かに重要なことかもしれない。
けど、負荷だけをかけるようなやり方をしていてはダメだ。
そんなものを続けていたら、いつかは多大なるストレス耐えきれなくなって壊れてしまう。
ミリスの未来を奪うような教育方針なんてものは、絶対に正しいはずがない。
「あなたは厳しくするだけで、いっさい優しくしなかった。その行いがミリスをどんどん追い詰めていたんです! 分かりますか!!」
ミリスの悲しみ、辛さ、痛さ。
彼女が受けてきた心の傷を少しでも伝えたくて、私は声を張り上げた。
「…………その通りだ。泣くほど辛い思いをしているなんて、まさか思ってもいなかった。俺の教育が間違っていることを、今回の件で思い知らされた。それと、君にも悪いことをしたな……すまない」
ローゼス様が拳をギュッと握る。
唇を固く結び食いしばった表情からは、深い反省の色がにじみ出ていた。
ローゼス様なりに、ミリスのことを大切に想っているのね。
ローゼス様はやり方を間違えていた。
でも、ミリスを想って行動していたこと、それだけは確かだ。
私の中で〝嫌な人〟から〝妹想いのちょっとだけ嫌な人〟へと、評価が変わった瞬間だった。
少しして、ローゼス様が口を開く。
「そういえば君は、仕事を欲していたな。今でもその気持ちは変わらないか?」
私に言葉を投げるローゼス様の様子には、以前とは少しだけ変化が起きていた。
刃物のように鋭かった言葉のタッチが、少しだけ柔らかくなってような気がする。
それに、私に対して向けていたありったけの拒絶感も消えているように思えた。
それらの変化を不思議に思いながらも、
「はい。変わっていません」
と返事をする。
何もしなくていい、というのは体力的には楽かもしれない。
人によっては天国だろう。
だが何もせずにただ日々を過ごすというのを、苦痛に感じてしまう人もいる。
私の性分は後者だ。
体力的に辛いとしても、何らかの仕事をしていた方がずっと良い。
「ならば仕事を命じよう。君には今日から、ミリスの専属侍女になってもらう」
「専属侍女?」
「簡単に言えば、世話係だな。ミリスの側にいて、成長のサポートをしてほしいんだ。嫌であれば無理にとは言わないが――」
「ぜひやらせてください!!」
胸の前に持ってきた両手をガッツポーズした私は、ぐいっと身を乗り出す。
ミリスの側にいる。
それはつまり、可愛い天使の姿を四六時中この目に焼きつけられるということ。
こんなに素晴らしい仕事、他に私は知らないわ!!
私にとってはまさに天職。
最高の仕事を与えたくれたローゼス様に、「ありがとうございます!!」と大きな感謝を伝えた。