【6話】報告
「ありがとうございます。レイラ様、とってもかっこよかったです!」
私を見上げているミリスの瞳は、ピカピカと眩しく光り輝いていた。
もしかしたら、私のことがヒーローにでも見えているのかもしれない。
なんだか照れるわね。
こんな目で見られるのはこれが初めてのこと。
照れ笑いを浮かべながら、ありがとうね、返す。
「あの! これからは『お姉様』と、そうお呼びしてもよろしいでしょうか!」
「もちろんよ!!」
お姉様……なんて素敵な響きなの!
多幸感で脳内が満たされていく。
こんな可愛らしい子にそう呼んでもらえるなんて、最高に喜ばしいことだ。
断る理由なんてまったく見つからなかった。
新たにミリスの『お姉様』となった私は、幸せオーラを体中から放出している。
この瞬間、世界一幸せなのは自分だ――そんな自信すらある。
私は胸を張りながら、ミリスと一緒に食堂へと入った。
食卓テーブルには、既に先客がいた。
ローゼス様だ。
昨日の夕食のときと同じく、先に食事を始めている。
そんな彼の対面の席に、私は座った。
後を追うようにして、ミリスが私の隣に座る。
やって来た私たちに構うことなく、ローゼス様は朝食を食べ進めている。
眉間には皺が寄っていて、すこぶる不機嫌だということが分かる。
話しかけるだけで怒られそう……。でも流石に、さっきのことをだんまりって訳にはいかないわよね……。
ローゼス様はフィスローグ家の当主。
使用人を解雇したのであれば、そのことを報告しなければならないだろう。避けては通れない道だ。
私は小さくため息を吐いてから、
「報告したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
と声をかける。
忙しなく動いていたローゼス様の手がピタリと止まった。
視線は食事に向いたままだが、話だけは聞いてくれるみたいだ。
「若いメイドが二人いましたよね。彼女たちの態度があまりにも悪く、とても見過ごせるものではなかったので、先ほど解雇いたしました」
「…………は? なんだそれは!」
視線を上げたローゼス様が睨んできた。
青い瞳は鋭く吊り上がっていて、そこには激しい怒りが内包されている。
「昨日も言ったがな、これは家族の問題だ! 勝手なことをするな!!」
瞳の鋭さのキレが一段階上がる。
怒りの度合いもそれに伴って上昇。
もはや、怒りを通り越して殺意のようなものを感じるまでになっていた。
そんな恐ろしい瞳を向けられたなら、普通は怖気づいてしまうだろう。
でも私が、怖気づくことはない。
一歩だって引かずに、頑としてローゼス様と向き合っている。
家族じゃない私は、ミリスがどれだけ辛い目に遭っていても無視しろっていうの!?
なによそれ! 意味わかんないだけど! もうあったまきたわ!!
ローゼス様に引けを取らないくらいの激しい怒りが、私の中には渦巻いている。
引き下がるという選択肢は、はなから存在していない。
「家族家族って言っていますけどね、私に言わせてもらえばあなたは家族失格です!」
「なんだと! 俺のどこが家族失格なんだ!!」
「ミリスは泣くほど辛い思いをしているんですよ! それをあなたは、無視しろ、って言っています! そんな酷いこと言う人は、家族失格以外の何物でもありません!!」
「――!? 泣いていた……だと?」
ローゼス様は驚愕。
丸くなった瞳を大きく見開いてから、がくりと肩を落とした。
「…………なんだそれは。知らなかった」
誰に聞かせるつもりもないような微かな呟きが、ローゼス様の口から漏れた。
弱々しい声からは、深い後悔のようなものを感じる。
「ミリス。今まですまなかったな」
ローゼス様が頭を下げる。
ミリスはただただ驚いていた。
ローゼス様の行動が、あまりにも意味不明だからだろう。
ローゼス様はミリスを嫌っていたはず。
それなのに謝罪してくるというのは、どうにもよく分からない。
席を立ったローゼス様は、ゆっくりと出口の方へ歩いていく。
しゅんと落ち込んでいる背中は、いつもよりもずっと小さく見えた。
夕食を終え私室に帰ってきた私は、考えごとをしていた。
ローゼス様の後悔も謝罪も、どちらも本物だったように思える。
決して演技には見えなかった。
でもそれならばどうして、ミリスを必要以上に責め立てるような態度を取ったのか。
どうして、ミリスを嘲笑うメイドたちを野放しにしていたのか。
ローゼス様の行動は矛盾の塊。
考えれ考えるほど、謎は深まるばかりだった。
うーん、と首を捻っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「話がしたい。入ってもいいだろうか」
ドアの向こうから聞こえてきたそれは、ローゼス様の声だった。
何の用かしら? 夕食の件で私に文句を言いに来た――という訳ではなさそうだし。
ローゼス様の声色は落ち着いている。
一戦交えよう、なんていう攻撃性は少しも感じられない。
とりあえず聞いてみようかしら。
私は不思議に思いつつも、分かりました、と返事。
ゆっくりドアを開ける。
ローゼス様は部屋に入ってくるなり、
「ミリスの件については礼を言おう」
と口にした。