【5話】救いようがない人たち
翌朝。
目を覚ました私の隣では、ミリスが寝息を立てていた。
昨晩、ミリスが泣き止んだあと、仲良く一緒に私のベッドで寝たのだ。
あぁ! なんてキュートな寝顔をしているのかしら!
すぅすぅと寝息を立てているミリスは、控えめに言って天使だった。
素晴らしき光景を目にしたことで、一日の始まりから幸せな気分になる。
ミリスの瞳がゆっくりと開いていく。
もう少し寝顔を堪能していたかったのだが残念。お目覚めの時間が来たようだ。
「おはようミリス。昨日はよく眠れた?」
「はい! こんなにぐっすりできたのは初めてです! きっと、レイラ様と一緒だったからだと思います……!」
少し照れながら笑うミリスは何とも可愛らしい。
寝顔も良かったが、やっぱり生の笑顔が一番だ。
「あの……レイラ様。これからも時々でいいので、今日みたく一緒に寝てくれませんか?」
「いいに決まってるわ!!」
間髪おかずに、ぶんぶんと頷く。
こんな素敵な体験をまたできるなんて、嬉しい以外の何物でもなかった。
次の機会が今から待ち遠しくなる。
私の答えを聞いて、ミリスがにんまりと笑った。
「レイラ様、食堂に行きましょう! モーニングができているはずです!」
「ええ。行きましょうか」
朝ごはん……カレーが出てきますように!
そんな願い事をしながら、すこぶる上機嫌なミリスと一緒に部屋を出た。
ミリスと手を繋ぎながら、通路を歩いていく。
「朝食を食べたら、ミリスは何をするの?」
「教育係の先生とお勉強です!」
ミリスは今、貴族教育を受けているらしい。
貴族教育というのは、社会的地位にふさわしい教養や礼儀を身につけるために行われるものだ。
その内容は、座学やダンス、魔法の訓練まで、多岐にわたる。
「午前中は王国の歴史についてのお勉強。午後はダンスのレッスンが――」
「みてみて! お飾りの妻とダメな妹が、一緒に歩いているわよ!」
「こら、やめなって。聞こえちゃうでしょ。……ふふふっ」
通路の手前。
モップを手に持ち壁際に立っている二人の若いメイドか、嫌味な笑みを浮かべてこっちを見てきた。
ローゼス様に怒られているミリスを嘲笑していた、あの性悪メイドたちだ。
「別に聞かれたって構わないでしょ。出来損ないの妹をいくらバカにしても、ローゼス様は注意ひとつしてこないし」
「それもそうね。私たちの言葉は、ローゼス様公認みたいなものだもの」
メイドたちは顔を見合わると、大きな笑い声を上げた。
またミリスを嘲笑うなんて……! 今日という今日は許さないわ!
私がバカにされるのはいい。
けれど、ミリスを侮辱するのは許せない。
ミリスがどれだけ辛い思いをしてきたのかも知らないで!
痛くて、悲しくて――昨夜、そう言って泣いていたミリスの顔が頭に浮かんだ。
溢れんばかりの怒りが、体中からボコボコと沸き立っていく。
「……レイラ様」
私の服の裾をつまんだミリスが首を横に振った。
私のことを心配してくれているのだろう。
「心配してくれてありがとうね。でもここは、行かせてちょうだい」
ミリスの味方になることを、私は固く決意した。。
彼女が傷つけられているのを、黙って見ている訳にはいかない。行動を起こすべきだ。
泣きそうになっているミリスの頭を軽く撫でてから、メイドたちのところへ向かっていく。
「あなたたち。私とミリスの立場はご存知よね?」
「公爵家当主の妻と妹でしょ。で? それがどうかした?」
「私たち、通路の清掃をしている最中なんです。あなた方と違って忙しいので、話しかけないでもらえますか? 仕事の邪魔なので」
いかにもめんどくさそうに答えてきたメイドたち。
口調といい態度といい、こちらを舐め切っているのは明らかだ。
なにを言ったところで、反省することは絶対にないだろう。
「私とミリスは公爵家の人間なのよ。一介のメイドにしか過ぎないあなたたちが、失礼な口を利くことは許されないわ」
毅然とした態度でそう言った私は、小さく息を吸う。
「ですから、現時点をもってあなた達を解雇します。今ままでご苦労様。荷物をまとめて、この屋敷からすぐに出て行ってちょうだい」
「…………は? 解雇とか、いきなり何言ってんの! 意味わかんないんだけど!」
「そうです! そもそも、レイラ様にはそんな権限などないはずです!」
解雇を告げたとたん、メイドたちの態度は一変。
必死になった顔で、キャンキャンと噛みついてくる。
そんな彼女たちに、私はいっさい動じない。
ただ一言、あるわよ、と返す。
「私は公爵夫人なの。口の悪い不良メイドたちを解雇することなんて訳ないわ」
公爵夫人の地位は、貴族の中でもかなり上の方だ。
ローゼス様の許可がなくとも、使用人を解雇することくらいの権利は持っている。
メイドたちの顔が真っ青になる。
自分たちの立場と愚かさを、ようやく理解したようだ。
けれど、もう遅いわ。
「ちょっとした出来心なの! 許してよ!」
「反省していますので、考え直してください! どうか寛大な処置を!」
メイドたちが涙交じりに訴えてくる。
けれど私には、少しだって取り合う気はなかった。
ミリスの気持ちを考えれば、どうしたって許すことはできない。
「本当に救いようがないわね。あなたたちが謝罪する相手は、私じゃないでしょうに」
メイドたちは口をパクパクと開けていた。
私が言ったことを、これっぽっちも理解できていないのだろう。
「行きましょうか」
ミリスの手を取った私は呆気に取られているメイドたちの横を抜け、この場から去っていった。
読んでいただきありがとうございます!
面白い、この先どうなるんだろう……、少しでもそう思った方は、↓にある☆☆☆☆☆から評価を入れてくれると嬉しいです!
ブックマーク登録もよろしくお願いします!