【4話】揺るぎない決意
私とミリスは、ベッドの縁に横並びになって座る。
ミリスの視線はうろうろとさまよっていて、落ち着きがない。
私と二人きりという状況に、まだ緊張しているのかもしれない。
緊張を解くべく、私は朗らかな笑みを浮かべる。
そうしたら安心したのか、ミリスの表情がほんの少しだけ柔らかくなったような気がした。
ほんの少しだけど、雰囲気が良くなったわ。このままお話を始めましょう!
「私のことはもう知っていると思うけど、改めて自己紹介するわね。私はレイラ。歳は十八。好きな食べ物はカレーよ!」
前世の私の食生活といえば、ほとんどがカレーとなっていた。
朝昼晩、毎日三食カレーでもまったく飽きないくらいに、私はカレーが大好き。
愛しているといっても過言ではない。
「カレー……!」
カレー、という単語にミリスは大きく反応。
落ち着きのなかった緑の瞳が、ピカッと光り輝いた。
……これは!
ミリスも私と同類。カレーのことが好きで好きでしょうがない人間――私の直感がそう告げる。
「あなたもカレーが好きなのね?」
「はい! 大好物です!!」
好みの味付け、辛さ、トッピング――カレーについてミリスが熱く語る。
話を聞いているだけで、熱意と愛情が伝わってきた。
私の直感はやはり正しかった。
カレー好きが二人そろったことで、話は大盛り上がり。
一通りの話を終える頃には、ミリスとの仲はかなり縮まっていた。
短時間で相手との距離をこんなにも縮めることができるなんて、流石はカレーね!
異世界であっても、その素晴らしさは色あせることはなかった。
偉大な食べ物だと、私は改めて実感する。
「それじゃあ次はミリスの番ね!」
「分かりました!」
気持ちの良い返事をしたミリスは、笑顔満点の晴れ渡った顔をしている。
カレーの話をする前の緊張感は、もうどこかへ飛んでいったようだ。
「ミリス・フィラリオル、十歳です! 好きな食べ物はカレーと、イチゴの乗ったショートケーキ! 嫌いな食べ物はありません!」
「その年で好き嫌いがないなんて偉い! とっても素晴らしいことだわ!」
腕を伸ばした私は、よしよし、と撫でようとする。
けれど、頭に触れる前に腕を引っ込めた。
あんなにも晴れ渡っていたミリスの顔が、急に曇り始めてしまったからだ。
「でも、みんなからは嫌われています。いつも私を怒るお兄様。事故で天国に行ってしまったお母様とお父様。他にもいっぱい……。みんなみんな、私のことが嫌いなんです……!」
ミリスの目の端に、じわりと涙がたまる。
「たくさん魔力を持っていて、頭も良い――優秀なお兄様と違って、私は何もできません。だから、嫌われるのも仕方ないんです。全部私が悪いんです。でも……それでも、痛くて、悲しくて……!」
溜まっていた涙が決壊。
大粒の雫が、ボロボロとこぼれ落ちていく。
あまりにも悲しい自己紹介を聞いた私は、ズキズキと胸が痛くなる。
これまでの人生、ミリスは誰からの愛情も感じてこなかったのだろう。
孤独に耐えながら、ずっとひとりぼっちで生きてきたはずだ。
まだこの子は十歳なのよ! そんなのかわいそうじゃない……!
膝立ちになった私はミリスの背に両手を回し、包み込むように抱きしめた。
ミリスの顔が、すっぽりと胸に埋まる。
「レイラ様!?」
「さっきの自己紹介で、一つ言い忘れていたことがあったわ。私ね、カレーよりも、もっともーっと好きなものがあるの」
小さなミリスの背中を撫でながら、優しく語りかける。
「それはね、ミリス――あなたのことよ。私はあなたが大好きなの」
「――!? どうして……どうして私なんかのことを……」
「理由を聞きたいのね? いいわよ。いっぱいあるけどまず、あなたはとっても可愛い。見ているだけで心が癒される。あと、話していてとっても楽しかったわ。カレーについての話を、これからもいっぱいしたい。それからね――」
三つ目の理由を言おうとしたところで、ミリスが大きな泣き声を上げた。
ミリスを抱く力を、私はもっと強くする。
「あなたのことを大好きな人間が、少なくともここに一人いるわ。大丈夫よ」
ミリスは何も答えない。
ただひたすらに、泣きじゃくっている。
決めたわ……! 世界中の人間がミリスを嫌っても、私だけは味方であり続ける!
ミリスの震える体を抱きながら、私は揺るぎない決意を固めた。