【3話】ミリスを取り巻く環境
争いが起ころうとしていた夕食の席に、可憐すぎる銀髪美少女――ミリスが加わった。
私の隣の席に座ったミリスは、ナイフとフォークを手に持った。
ナイフを持っている小さな手を一生懸命に動かし、ステーキをカットしていく。
はぁ……可愛い。
ミリスの動作がひたすらに可愛くて、思わず口元がにやけてしまう。
このままいつまでも見ていられる。
「あの……。そんなに見られたら、緊張してしまいます……」
怯えているかのような声がミリスから飛んできた。
そういう声も可愛いわね――って、そうじゃないわ!
ハッと我に返った私は、
「ごめんなさい!」
あわあわしながら謝罪。
じっとミリスを見ていた視線を、正面へと向けた。
そうして始まったのは気まずい沈黙。
誰ひとり口を開くことなく、ただひたすらに夕食を食べ進めていく。
私としては、ミリスとお話をして仲良くなりたい気持ちでいっぱいだった。
だが、先ほどの行いのせいで怖がられている可能性が非常に高い。
ここで無理に話しかけたら、嫌われてしまうかもしれない。
後々のことを考えるなら、今日は止めておいた方がいいだろう。
残念だけど、次の機会を待ちましょう。
落ちこみながらも、そんなことを決めたとき。
続いていた沈黙が破られる。
沈黙を破ったのは、ミリスの方から聞こえてきた、ガチャン、という音。
手に持っていたフォークとナイフを、床に落としてしまったことによるものだ。
食事の手を止めたローゼス様が、ギロリとミリスを睨む。
鋭い眼光の中には、冷たい怒りが宿っていた。
「ミリス。お前はこの前も同じミスをしたな。どうして学習しないんだ? 俺が言っていることはそんなにも難しいか?」
ローゼス様から飛んできたのは、責め立てるような言葉。
声を荒げている訳ではないが、いっさいの容赦がないようなかなりキツい言い方だ。まだ小さな子に向けるものとは思えない。
……え? そんなに怒ること?
ミリスは確かにミスを犯した。
それに対して注意するのは当然かもしれないが、ローゼス様の怒り方はやりすぎだと思う。
ミリスはまだ十歳だ。
同じ過ちを繰り返してしまうのも、ある程度はしょうがないと言える。
しかも食器を床に落とすなんてことは、誰でもやってしまうような些細なミスだ。
取り返しのつかないような、大きなミスではない。
であればもう少し、注意の仕方を考えるべきではないだろうか。
こんな怒られ方をされたら、ミリスは委縮してしまう。
そうしたらまた、同じようなミスを繰り返してしまう可能性が高い。悪循環だ。
「ミリス様ったら、また怒られているわよ」
「ローゼス様も容赦ないわね」
壁際に立っている若いメイド二人が、クスクスと笑い声を上げた。
ミリスが怒られているのを見て楽しんでいるかのような、悪意に満ちた笑いだ。
こんなのおかしいわ。いくらなんでもあんまりよ!
ローゼス様もメイドたちも、寄ってたかってミリスを叩いている。
ちょっと小さなミスをしただけでこんな仕打ちをされたら、ミリスがかわいそうだ。
椅子から立ち上がった私は、ローゼス様とメイドたちを交互に見やる。
「小さな子どもに寄ってたかって……! あなたたち、恥ずかしくないんですか!」
「……おい。これは家族の問題だぞ。お飾りの妻には、まったくもって関係がない。くだらない口出しなど不要だ。引っ込んでいろ」
ローゼス様は毅然とした態度で言い返してきた。
私の言葉など、少しも届いていない。
メイドたちもそうだ。
怪訝そうな顔をしているだけで、謝罪のひとつもしてこない。
「ですが、これではミリスがかわいそう――」
それなら届くまで言い続けてやる――そう思ったのだが、私は途中で言葉を止める。
私の服の裾をつまんだミリスが、ふるふると首を横に振ったからだ。
「やめてください」
「でも……」
「そんなことしたら、レイラ様まで嫌われてしまいます。大丈夫、私は平気ですから」
ミリスが笑う。
でもそれは、無理矢理に作ったような辛くて悲しい笑顔だった。
……っ!
吐き出す予定だった言葉を無理矢理に飲み込んだ私は、椅子に座り直した。
このまま続けたら、ミリスの気遣いを無駄にしてしまうことになる。
そうなれば、彼女の心を傷つけてしまう。
責め立てられ、笑われたミリスは、かなり辛い思いをしているはずだ。
これ以上の心の傷を、彼女に負わせたくなかった。
******
「ローゼス様もあのメイドたちもなんなのよ!! ああもうムカつく!!」
夕食を終え私室に帰ってきた私は、荒れに荒れていた。
竜巻のようなイライラの感情が、お腹の中に吹き荒れている。
そのイライラを発散したい私は枕をぎゅっと掴んだ。
視線はドアへ。
そこ目掛けて、枕をおもいっきりぶん投げようとする。
その直前。
今まさにイライラをぶつけようとしていたドアから、小さなノック音が聞こえてきた。
「ミリスです。お話があるのですが、少しだけよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろん」
夕食のときのことで、何か話したいことがあるのかもしれない。
だとしたら、今はそれを聞くのが最優先だ。
枕をベッドの上に放り投げた私は、急いでドアを開けに向かった。
「こんばんわミリス。さ、部屋の中に入って」
「……いえ、すぐに終わるのでここでいいです。私はただ、お礼がしたくて来ただけですから」
ミリスの口元がわずかに上がる。
「私なんかをかばおうとしてくれて、本当にありがとうございました。誰かにそういう風にしてもらえるのは初めてでしたが、とても嬉しかったです。えっと……それを言いにきました。おやすみなさい」
「待って!」
帰ろうとしたミリスを呼び止めた私は、
「少しお話しない?」
と声をかけた。
先ほどの一件で、ミリスは心に大きな傷を負ってしまったはず。
一緒に話をすることで、その傷を少しでも癒してあげられたら、とそう思った。
今日出会ったばかりの私に、そんなことはできないかもしれない。
気休めどころか、まったくの無意味に終わってしまう可能性だって十分にある。
でも、それでも私は、このまま放っておくことはどうしてもできなかった。