【番外編2】究極のカレー
私は今、大きな挑戦をしていた。
この世界の材料で作る誰もが唸るような至極のカレー――究極のカレーを生みだそうとしている。
しかし、究極のカレーへの道はそう簡単ではない。
深夜のキッチンに忍び込んでカレーを作っているのだが、納得できるようなものが作れない。
美味しいには美味しいのだが、究極と呼ぶには何かが足りないでいた。
「今日も疲れているようだな。しっかり寝られているのか?」
「……お姉様」
夕食の席。
ローゼス様とミリスが、心配そうな顔を私へと覗かせた。
究極のカレーに足りない何か。
それを探るため、ここ二週間ほど私は毎日、深夜のキッチンでカレーを作り続けている。
寝る時間を削っての作業なので、睡眠不足の日々が続いている。
顔や雰囲気に、疲れが出てしまっているかもしれない。
「大丈夫!」
二人に向けて、笑顔でピースサインを送る。
すべては大好きなカレーのため。
どんなに体が疲れていても、辛いと思ったことは一度だってない。いくらでも頑張ることができた。
その日の深夜。
キッチンに忍び込んだ私は、いつものようにカレー作りを始めようとする。
そのとき。
背中越しに、ドアの開く音が聞こえてきた。
なんなの!?
いきなりの物音に、心臓がビクンと跳ねる。
背筋をピンと立てた私は、恐る恐る後ろを振り向いた。
そこにいたのは、ローゼス様だった。
「……あの、どうしてここにローゼス様が?」
「『夜中、キッチンへ入る君を見た』という情報を、メイドから聞いてな。気になって来てみたんだ。……それで、こんな夜中にいったい何をしていたんだ?」
「カレーを作っていました」
最高に美味しいカレーを作ろうと試行錯誤しているが、うまくいっていないこと。
そのために、深夜のキッチンに連日忍び込んでいること。
いっさい隠すことなく、洗いざらい全て白状した。
ローゼス様は小さくため息を吐いた。
心なしか、顔が怒っているように見える。
キッチンに忍び込んで、こそこそとカレーを作っていたんだもの。当然よね……。
公爵夫人として恥ずかしくないのか!
次にローゼス様の口から飛び出すのは、きっとそんな言葉だ。
いつ怒られてもいいように、私は心構えをしておく。
「どうして何も言ってくれなかったんだ」
怒っているのは正解。
でもそれは、キッチンに忍び込んだからではなかった。
「悩んでいることがあれば相談してほしかった」
「……ごめんなさい。私の野望に巻き込むのは迷惑かと思ったんです」
「迷惑な訳あるか。君は俺の大切な家族。遠慮なんかしないでくれ」
ローゼス様が「よし、決めたぞ」と、小さく頷く。
「究極のカレー作りとやら、俺も手伝わさせてもらう」
「ですが――」
「悪いが何を言われても、引き下がらないぞ。これは決定事項だ」
ローゼス様が小さく微笑む。
ローゼス様にしては珍しく強引なのね……ふふ。
これだけムキになるのは、それだけ私のことを大切に想ってくれているからだろう。
彼の気持ちが、私はものすごく嬉しかった。
「お兄様だけずるい! 私もお姉様の手伝いがしたいです!!」
キッチンに入ってきたミリスが、大きな声で叫んだ。
可愛い来訪者に私はビックリ。
まさか、ミリスまでもがここに来るとは思っていなかった。
「喉が渇いたので、お水を飲もうと部屋を出たんです。そしたら、お姉様とお兄様の声が聞こえてきたんです」
「……私とローゼス様の話を聞いていたのね?」
「はい。それでお姉様、私もいいですよね!」
意気込んでいるミリスの顔には、私も力になりたい! 、という強い意志を感じる。
大好きな妹にそんな顔をされたら、断れるはずもなかった。
翌日。
私、ローゼス様、ミリスは、究極のカレーを作るべく、キッチンに集まっていた。
ミリスが玉ねぎと包丁を手に取った。
緊張していた前回とは違い、今日は自信に溢れた雰囲気をしている。
「見ていてくださいお姉様! 私、あれから練習したので、少しだけ切るのが上手になったんですよ!」
玉ねぎの皮を剥いたミリスは、包丁を使ってカットしていく。
まだぎこちないなものの、前回一緒にカレーを作ったときよりはうまくなっていた。
私に良いところを見せたくて、いっぱい練習したのかしら。健気で可愛いわ。
「とっても上手くなってるわよ。よく頑張ったわね」
「わーい! お姉様に褒められた!!」
「中々やるようだな。ならば俺も、じっと見ている訳にはいかんな」
ミリスと同じようにして、ローゼス様も玉ねぎをカットしていく。
動きがぎこちないのは、料理慣れしていないからだろう。
それでも頑張っているのは、ミリスにばかり良いところを取られたくないからかしらね。
十一歳の子に対抗心を燃やすローゼス様は新鮮で可愛くて、それでいてちょっと面白かった。
みんなで作ると、ものすごく楽しいわ!
微笑ましい気分だ。
賑やかな空間に、私の頬は自然と緩んでいた。
食卓テーブルについた私たち三人の前には、カレーをよそった皿が置かれている。
先ほど、自分たちで作ったカレーだ。
スプーンを手に持った私は、すくったカレーを口に運ぶ。
瞬間、かつてない大きな衝撃が私の体を突き抜けた。
これ……これだわ! これこそが私の求めていたものよ!!
確信する。
今、目の前にある料理こそが私の追い求めていたもの――究極のカレーだ。
やったわ!! ついに私はやり遂げたのよ!!
数々の試行錯誤を経てようやく目的にたどり着けた。
とてつもない達成感がこみ上げてくる。
でもそれと同時に、疑問に思うこともあった。
今回のカレーを作るに当たっては、特別なことは何もしていない。
料理初心者の二人にも分かりやすいよう、オーソドックスなカレーにした。
それなのに、こんなにも美味しい。
どうしてそうなったのか、私には分からないでいた。
「美味しいですね、お兄様!」
「あぁ。美味いな」
……そうだった。私ったら、大切なことを忘れていたわ。
美味しそうにカレーを食べる二人を見て、私は大切なことを思い出した。
以前、ミリスと一緒にカレーを作ったとき。
あのとき私は、大好きな人と一緒に作った経験が最高のスパイスになることを知った。
今回も同じだ。
ローゼス様とミリスがいたから、究極のカレーを作ることができた。
それこそが、究極のカレーに足りなかった”何か”の答え。
どうりで私ひとりの力では作れなかった訳だ。
「二人ともありがとう!」
大切で大好きな家族の二人に、私は満面の笑みでお礼を言った。
これにて完結です!
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それではまた、次回作でお会いしましょう!




