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【番外編1】真田亮のその後


 満月の浮かぶ夜。

 夜景の見えるレストランで、俺は食事をしていた。

 

 対面の席には、アイドルのような華のある顔つきをした小柄な女性がいる。

 

 女性の名は、姫宮麻莉(ひめみやまり)

 世界一可愛い、俺の彼女だ。

 

「どうしたの姫宮さん? 元気ないみたいだけど?」


 普段の麻莉は、太陽のように光り輝く明るい女の子。

 しかし今日はどうしてか、いつもの輝きがない。暗く陰ってしまっていた。

 

 何かあったのだろうか。

 心配せずにはいられない。

 

「……新出さんのことです」


 言いづらそうに口にしたのは、礼良の名前だった。

 

「まさかあんなことになるなんて、私、思わなくて……!」

「もしかして、罪悪感を感じているの?」

「……はい」


 今にも泣き出しそうな顔で、麻莉は小さく頷いた。

 

 麻莉は俺が礼良と付き合っているのを知っていた。

 その上で、俺にアタックしてきたのだ。

 

 礼良が死んだことに対して、何か思うことがあるのかもしれない。

 

「気にするなよ」


 礼良の死因は雷に打たれたこと。

 つまりは不運な事故だ。

 

 あのとき麻莉が俺に声をかけてくれなかったとしても、礼良は死んでいた。

 だから麻莉が気に病む必要なんて、これっぽっちもない。


「あれは事故だ。姫宮さんは何も悪くない」

「本当……ですか?」

「あぁ」


 そんなところまで気遣ってくれるなんて、やっぱり麻莉はいい子だな。

 

 外見だけでなく中身まで完璧。

 手を伸ばした俺は、麻莉の頭を優しく撫でる。

 

「ありがとうな」

「……もう。子ども扱いしないでください」


 頬をぷくっと膨らませた麻莉が、プイっとそっぽを向いてしまう。

 

 先ほどまでの暗い雰囲気は消えている。

 ようやくいつもの調子に戻ってくれたみたいだ。

 

 やっぱり麻莉はこうでなきゃな!

 

 もう一度頭を撫でると、麻莉の頬がさらに膨らんだ。

 でもそれが嫌がっている反応ではないということを、彼氏である俺は知っていた。

 

「それから、私の呼び方を間違えていますよ。会社の外では何て呼ぶんでしたっけ?」

「あ……ごめん。悪かったよ、麻莉」

「よくできました。正解した真田先輩には、ご褒美をあげないといけませんね」


 身を乗り出した麻莉が、俺の頬に口づけをする。

 

 脳に快感が走り、温かい気持ちで体中が満たされていく。

 きっとこれが、幸せというものなのだろう。

 

 こんな風にいつまでも、麻莉と一緒にいたいな。

 

 胸いっぱいの幸せを感じながら、もう一度麻莉の頭を撫でた。

 

 

 元カノである礼良が事故死しても、俺の生活に変化はなかった。

 可愛い彼女と、変わらず毎日楽しい日々を過ごしていた。

 

 そんなある日。

 

 俺の所属している部署――営業部に、新しい社員が転職で入ってきた。

 

 名前は柴田(しばた)

 俺より三つ年上の、二十八歳だ。

 前職は同業他社に勤めていて、そこでは営業の仕事をしていたらしい。

 

 柴田の教育係兼上司に任命されたのは、営業部のエースと言われている俺だった。

 部署で一番の成績を挙げている俺に、白羽の矢が立ったのだ。

 

 年上の部下とかどう接すればいいんだよ。こちとらいっぱい仕事あんのに、面倒事押し付けやがって……!


 正直言うと断りたかった。

 しかしそんなことをすれば、俺の評価は下がること間違いなし。

 後々の出世にも響いてしまうだろう。

 

 俺は仕方なく、教育係を引き受けることにした。

 

******

 

 柴田は非常に優秀な男だった。

 人当たりが良く、仕事の飲み込みも速い。

 営業成績もどんどん伸びていく。

 

 半年も経つ頃には、部署で二番目の成績を挙げるまでになっていた。

 

 その一方、部署でトップの成績を挙げている俺は伸び悩んでいた。

 

 注文をくれるのは、既に取引をしているところばかり。

 柴田に比べて、新規注文が中々取れないという状況が続いている。

 

 トップの座から陥落するのも、もう時間の問題だろう。

 

「真田さん。資料の数字が間違っていたので、僕の方で修正しておきましたよ」

「すいません柴田さん。いつも助かります」

 

 仕事がうまくいかないせいでストレスを感じているせいか、最近、つまらないミスをすることが増えた。

 その度に、後輩の柴田がカバーしてくれている。

 

 これではどっちが上司だか分からない。

 なんとも情けない話だ。

 

 悪いことばかりが続く日々。

 

 だがそれでも、腐るようなことはなかった。

 可愛い彼女がいる――それだけで毎日を頑張ることができた。

 

 もし麻莉がいなかったら、とっくにやる気を失くしていただろう。

 彼女の存在が、俺にとっての心の支えになっていた。

 

 

「結構遅くなっちまったな」


 二十二時。

 残業を終え会社を出た俺は、真っ黒な空に向けて小さなため息を吐く。

 

「今日は麻莉に会えないし、帰って寝るか」


 なんでも、予定があるらしい。

 俺との時間を最優先してほしいというのが本音だが、そんなことを言ったら嫌われてしまうかもしれない。

 

 麻莉は俺にとってのすべてだ。

 彼女に嫌われたら、立ち上がれるような気がしない。

 

 そう思うと、本音を言うことはできなかった。

 寂しい気持ちを心に抱きながら、俺は家路を歩いていく。

 

 その途中。

 信号待ちをしていた俺の目に、衝撃的な光景が飛び込んできた。

 

 交差点を挟んだ向こう側で、仲良さげに手をつなぎながら歩いている男女。

 その二人を俺は知っていた。

 

 柴田と、麻莉だ。


 …………は?

 

 一気に血の気が引き、頭の中が真っ白になる。

 

 何が起こっているのか分からない。

 理解することを、脳が拒否しているかのようだった。

 

 信号が青に変わっても、俺はその場から動けない。

 目を大きく見開いたまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 翌日、昼過ぎ。

 会社のデスクに座っている俺は、ひどく疲れていた。

 

 昨日は一睡もできていない。

 あんなものを見てしまった後では、とても寝られやしなかった。

 

 昨夜の件について、麻莉に聞くようなことはしていない。

 でも本当は、気になってしょうがなかった。

 

 だが俺には、聞く勇気がない。

 俺を捨てて柴田と付き合っている――麻莉の口からその言葉を聞くのが恐ろしかった。

 

 クソッ……! どうすりゃいいんだよ!!

 

 聞きたいのに、聞けない。

 もどかしい気持ちが胸の中に渦巻いていく。

 今すぐそれを、どうにかしてぶちまけたくなる。

 

「お話したいことがあるのですが、お時間いいですか?」

「…………はい」


 話しかけてきたのは俺の部下――柴田だった。

 

 こいつは昨日、何よりも大切な俺の彼女と手を繋いで歩いていた。

 本来であれば、口なんて利きたくもない。

 

 しかし俺は社会人だ。

 である以上、本音を押し殺した大人の対応をしなければならなかった。

 

「提案したいことがあるんです。以前真田さんに教えて貰った仕事なんですけど、もっと効率よく進める方法を思いつきました。えっとですね――」


 柴田が提案してきたやり方は、非常に合理的だった。

 俺が教えた方法よりも遥かに効率が良く、より確実に業務を遂行することができる。

 

 そんな方法を柴田は、懇切丁寧に説明してきた。

 サルを相手にでもしているかのような話し方をしている。

 

 柴田はいつもこんな感じだ。

 説明をするときは、ゆっくり丁寧な口調になることが多い。

 

 きっと普段の俺であれば、何とも思わなかっただろう。

 

 でも、今日だけは違った。

 昨夜のことがあったせいで、柴田の言動が腹立たしくてしょうがない。

 

 なんだよその喋り方は! 俺のことを馬鹿にしやがって! 見下しやがってよ!!

 

 営業成績のこと。

 そして、麻莉のこと。

 

 それらが頭に浮かび上がる。

 腹の中がドス黒い感情に支配されていく。

 

 大人の対応なんて、もうどうでもよくなっていた。

 

「あんたさ……俺を見下してんだろ?」

「え……え? どうしたんですか真田さん。なんか怖いですよ」


 柴田は苦笑いを浮かべた。

 冗談か何かだと思っているのだろう。

 

 そのふざけた態度が、俺の感情をさらに昂らせる。

 

「昨日の夜、麻莉と一緒に歩いていただろ?」

「――!? そ、それは……」


 柴田はバツがそうに視線を逸らした。

 強張った顔には、しまった、という文字が書いてある。

 

「俺と麻莉が付き合っていることは、当然知ってるよな? それなのにあんたは、俺から麻莉を奪った。俺のことを見下してるから、取っても良いと思ったんだろ?」

「それは誤解です! いやあの、一緒にいたのは事実ですけど……でも、僕から声をかけたんじゃないんです! 姫宮さんの方から『お食事に行きませんか?』って誘われたんですよ!」

「嘘つけ!! お前が誘ったに決まってる!!」


 柴田の言うことがもし本当だとしたら、俺は生きていけなくなってしまう。

 

 だから、ハナから聞くつもりがなかった。

 何も考えずに突っぱねる。


「本当です! お願いですから僕を信じてください!」

「この野郎……!」


 これ以上、こいつの言葉を聞いていたくない。

 

 そう思った途端、頭の中でスイッチが入った。

 席を立ち拳を振り上げた俺は、柴田の顔面をおもいっきりぶん殴っていた。

 

 それからのことは、よく覚えていない。

 周囲から悲鳴が上がる中、急いで会社を飛び出して、気づいた頃には家にいた。

 

 着替えもせず、スーツのままベッドに倒れ込む。

 今はもう何も考えられないし、考えたくもなかった。

 

******


 それから一年。

 

 俺は会社をクビになっていた。

 業務中に暴行を働いたのだから当然の処分だ。

 

 麻莉とは音信不通になっている。

 電話もメッセージも、全く何も繋がらない。

 

 柴田を殴ったことで、職も彼女も全て失ってしまった。

 唯一の救いだったのは、柴田が被害届を出さなかったことだ。

 

 そんな俺は今、ロクに働きもせず、ギャンブルと酒に浸る生活を送っている。

 会社員時代の貯金を切り崩しながら、なんとか生きながらえている状態だ。

 

 この貯金が無くなったらどうするのか――それは考えていない。

 考えること、それ自体が怖かった。

 

「……まずいな、これ」


 自作のカレーを食べた俺は顔をしかめる。

 初めて自作してみたのだが、とても食らべれたものではなかった。

 

「あいつの作ったカレー、もう一度食いたいな……」


 カレーをじっと見ていたら、あいつ――礼良の顔が浮かんだ。

 よく二人でカレーを食べてたな、なんてことを思い出す。

 

 それを皮切りに、礼良との思い出がどんどん浮かび上がってきた。

 どれもが、笑顔と幸せでいっぱいに溢れている。

 

 虚しい日々を送っている今の俺とは、まるで正反対。

 気づけば瞳から、ポロポロと涙が流れていた。


「お前といるだけで俺は幸せだった。それなのに、なんで俺は……!」


 腹の奥底からせり上がってきたのは、激しい後悔。

 居ても立ってもいられなくなった俺は窓を開け、

 

「ごめん! ごめん礼良!!」


 と大声で泣き叫ぶ。

 

 けれども、返事が返ってくることはない。

 

 それは当然だ。

 あんな裏切りをした俺を、礼良が許してくれる訳がなかった。

 

 きっとこれは、裏切った俺への罰だ。

 重すぎる罪悪感と後悔を背負いながら生きていけ、という礼良からのメッセージなのだろう。

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