【2話】天使の降臨
ローゼス様との初対面を終え、私室に入ってから三十分ほど。
相変わらずベッドの縁に座っている私のところへ、メイドが訪ねてきた。
「レイラ様。お夕食の準備が整いました。食堂までご案内いたします」
「ありがとう。お願いするわね」
ベッドの縁から腰を上げた私は、メイドについて歩いていく。
とんでもなく高価そうな絵画や骨とう品がいくつも飾られている通路を抜け、食堂の中へと入った。
食堂の中央。
横長の食卓テーブルにはローゼス様が座っていて、既に食事を始めていた。
食堂に入ってきた私を見るなり、ローゼス様はつまらそうに一瞥。
しかめっ面になる。
人の顔を見るなりなんなのよそれは! 私が何したっていうの!? 相変わらず嫌な人だわ!
食堂に入って、即イライラ。
ムスっとしながら、私はローゼス様の対面の席に座る。
それに合わせたように、私の分の食事が運ばれてきた。
異世界での初めての食事が始まる。
こんな状況じゃなければもっと楽しめたのにな、と思いながらも、私はメインディッシュが乗っている皿へと目を向ける。
皿に乗っているのは、大きくて分厚いステーキ。
上には、赤ワインソースのようなものがかけられている。
なんて美味しそうなのかしら!
ナイフとフォークを持った私は、ステーキを一口大にカット。
口へと運ぶ。
ん~! 美味しいわ!
口に入れた瞬間、旨味の波が広がっていく。
お腹の奥底から歓喜の声が上がる。
流石は、ここバーロイ王国でも大きな権力を持つフィラリオル公爵家。
提供される料理も最高の品質という訳だ。
当主は最低最悪だけど、料理は最高ね!! 次は……。
絶品料理を堪能した私は、「よろしいでしょうか」と声を上げる。
依然としてしかめっ面をしているローゼス様に喋りかけるなんてことは、本当ならやりたくない。
意地悪なことを言われるのが目に見えている。
美味しい料理を食べて上がっていたテンションが、これからのことを考えるだけでもだだ下がりだ。
けれど私には、そうせざるを得ない事情があった。
「私はこの家で何をすればいいのですか?」
そのことについてはまだ、何も聞いていない。
フィラリオル公爵夫人となったからには、何かしらの仕事があるはずだ。
ローゼス様は忙しなく動かしていた食事の手を止めると、
「そんなものはない」
いかにもめんどうくさそうに声を上げた。
「貴様は言うなれば、お飾りの妻。社交パーティーなど公の場には出てもらうことになるが、他は何もしなくていい。というよりも、どうせ何もできないだろ?」
ハン、と挑発的に鼻を鳴らしたローゼス様。
心の底から人を見下しているかのような態度だ。
いちいちムカつくわね……! 私の何を知っているっていうのよ!
膝の上に拳を乗せた私は、ググッと強く握りしめる。
「家事なら自信あります。勝手に決めつけないでいただけますか?」
レイラ・シンデュリオンの特技は家事全般――前世の私の設定上ではそうなっている。
掃除洗濯料理といったことであれば、完璧にこなすことができるだろう。
「家事が得意な令嬢など聞いたことがない。嘘を吐くのであれば、もう少しまともなことを言ったらどうだ。それでは、頭の悪さをひけらかしているようなものだぞ」
なんなのよこの人!!
度重なる失礼な物言いに、ついに我慢の限界を迎える。
文句を言うために勢いよく椅子から立ち上がろうとした、そのとき。
バタン、と食堂の扉が開いた。
そこから入って来たのは、とてつもなく可憐な美少女だった。
歳は十歳くらいだろうか。
肩の上で切り揃えられた銀の髪は、絹のような滑らかさをしている。
くりくりとした大きな緑色の瞳はエメラルドのように美しく、眩しく光り輝いていた。
天使……。天使が降臨したわ……。
ゆっくりとした足取りでこちらへ近づいてきた天使――美少女は、私の正面で立ち止まった。
「はじめまして。お兄様――じゃなくて、ローゼス公爵の妹、ミリスと申します」
スカートの裾をつまんだミリスは頭を小さく下げ、カーテシーを披露。
緊張しているのか、動きが硬くてぎこちない。
あああああ!! なにこれなにこれ!! 可愛すぎるんだけど!!
暴力的なまでの可愛さに、私の頭はミリスでいっぱいになる。
ローゼス様への怒りは、一瞬にして彼方へと吹き飛んでいった。