【19話】社交パーティー
私室の窓辺に立っている私は、外を見ながらため息をこぼす。
本当の夫婦になりたい――ローゼス様にそう告白されてから、数か月。
私は未だに、答えを出せていなかった。
外を見ながらため息を吐くのは、これでもう何度目だろうか。
とても数えきれたものじゃない。
本心を言うのは怖くてできない。
かと言って、断ることも怖い。
ここで断れば、ローゼス様との距離が離れてしまうだろう。
それだけで済めばまだいいが、嫌われたしまったら最悪だ。
恋をしている相手に嫌われるというのは、想像するだけでも胸が張り裂けそうになるくらいに辛かった。
どちらも選べない。
だから、保留。
そんな私ができることといったら、もどかしさを抱えながら日々を送ることぐらいだった。
「奥様。旦那様がお呼びです。お部屋へ向かってください」
「……分かったわ。ありがとう」
部屋に入ってきたメイドに、ぎこちない笑みを返す。
ローゼス様と顔を合わせるというのは答えを保留し続けている私にとって、気まずい以外の何物でもなかった。
本当なら断ってしまいたい。
でもこれは、私の一方的で身勝手な事情だ。
ローゼス様は何ひとつだって悪くない。
それに、ここで話を断れば彼に迷惑が掛かってしまうかもしれない。
ただでさえ迷惑をかけているというのに、これ以上さらになんてとてもできなかった。
重い足を引きずりながら、私は部屋を出て行った。
「急に呼び出してすまないな。そこへ掛けてくれ」
「……はい」
ローゼス様の部屋に入った私は、促されるままにローゼス様の対面のソファーへと腰をかけた。
「フィスローグ家と長い付き合いのある人物から、社交パーティーの誘いが来てな。『君と一緒に参加してほしい』といったようなことが記載されていたんだ」
「ローゼス様と一緒にパーティーに出席すればいいのですね。かしこまりました」
以前、ローゼス様に『貴様は言うなれば、お飾りの妻。社交パーティーなど公の場には出てもらうことになる』と言われたことがある。
今回の社交パーティーは、まさにそれ。
お飾りの妻を演じるべき場面なのだろう。
「いいのか? その……君にも色々とあるだろうし、俺一人で出席してもいいんだぞ?」
答えを出せていない私のことを、ローゼス様は気遣ってくれているのだろう。
なんて優しいのだろうか。
「お心遣いありがとうごさいます。ですが、大丈夫です」
返事を待ってくれている上に、私を気遣ってくれる――そんな優しい彼の気持ちに、私は少しでも報いたかった。
罪悪感、と言い換えてもいいかもしれない。
それに、気分転換したかった。
いつもと違うことをすれば、このもどかしさも少しでも晴れるのでは、と思ったのだ。
******
社交パーティー当日。
私とローゼスが乗っている馬車が、パーティー会場の前で停まる。
「よし、行こうか」
馬車から先に降りたローゼス様が、手を差し出してくれた。
着ている黒色のタキシードが、緩やかな風を受けてひらりと揺れる。
いつもと違ってビシッと決めたお姿もかっこいいわね。ドキドキしているのが伝わらないといいのだけど……。
美しさと逞しさが両立しているローゼス様の手を、私は緊張しながら掴んだ。
「そのドレス……着てくれたのだな」
会場に向かっている歩いている途中、ローゼス様がポツリと呟いた。
私が着ているのは、ラベンダー色のタイトドレス。
ミリスの誕生日プレゼントを買った日、ローゼス様からプレゼントしてもらったものだ。
「もちろんです。これはローゼス様からいただいた大切な宝物。今日という大事な場に着ていこうと、話を伺ったときからずっと決めていました」
「そ、そうか。よく似合っているぞ」
焦ったようにそう言ったローゼス様は、恥ずかしそうに顔を逸らしてしまった。
照れているのかしら。可愛いわ。
知らないローゼス様を知れて、彼のことをまた一つ好きになる。
それでも私はまだ、答えを出すのが怖いままだった。
ごめんなさい……。
大きな罪悪感に押しつぶされそうになりながら、彼の隣を歩いていく。
パーティー会場に入ると、多くの人が挨拶をしにきた。
大きな財と権力を持つフィラリオル家の当主に、少しでも顔を売っておきたいのだろう。
そんな彼らに、私は愛想笑いを浮かべて対応する。
心の中では、面倒くさいわね、と思っているが、それを表に出さないようにしていた。
今日の私の役目は、フィラリオル夫人に相応しい振る舞いをすること。
ふてくされた顔をしたならば、ローゼス様の名に傷をつけてしまうことになる。
それだけは絶対にしてはいけない。
そうしているうちに、ローゼス様に挨拶しに来る人の波が途切れた。
……やっと終わった。これで少し休めるわね。
そんなことを考えたとき。
可愛いらしい少女が、背中まで伸びた茶色の髪を揺らしながらローゼス様に近づいてきた。
意気揚々としていて、口元には自信に満ちた笑みが浮かんでいる。
彼女のことを私は知っている。
この子がレイラの妹――シアン・シンデュリオン……。
私の中にはレイラの記憶もある。
初対面ではあるが、情報だけは頭に入っていた。
パーツの整った可愛らしい外見に、溢れんばかりの魔法の才能。
まさに、才色兼備といえる美少女だ。
しかし、内面は非常に残念。
攻撃的で傲慢な性格をしているシアンは、魔法が使えないレイラを見下し、両親と一緒になって虐げてきた。
自分以外の人間は全てクズだから何をしてもいいと思っている、典型的な高飛車お嬢様だ。
それにしてもこの子……姫宮さんに似ているわね。最悪なんだけど……。
可愛らしい外見。庇護欲をかきたてるような雰囲気。
見れば見るほど、もうそっくりだった。
どうしてここに来たのかしら……。
姉を見つけたから挨拶をしにきた――ということはないだろう。
シアンの性格からして絶対にありえない。
なにか目的があってきたはずだ。
それを考えた私の胸を、重苦しい不安がいっぱいに満たした。
「初めまして素敵なお方。私、シアン・シンデュリオンと申します」
「シンデュリオン……だと? もしかしてレイラの妹か?」
「その通りです! ……久しぶりですね、お姉様」
なんとシアンは、声まで姫宮さんにそっくりだった。
あまりの再現度に気味が悪くなった私は、何も答えられない。
顔をひきつらせ、後ろにのけぞってしまった。




