【11話】異常事態 ※ローゼス視点
ミリスとレイラが作ったカレーを食べた、その日の夜。
俺の足はレイラの部屋へと向かっていた。
昼食の一件で、ミリスとの距離が大きく縮まったような気がする。
きっかけを作ってくれた彼女に、俺はどうしてもお礼を言いたかった。
レイラの部屋についた俺は、ドアをノックして声をかける。
「少しいいか?」
「……はい」
少し間を置いてから、ドアが開いた。
ドアの向こうから出てきたのは、怪訝そうな表情をしているレイラだった。
「あの……いったいどのようなご用でしょうか?」
「今日の礼を言おうと思ってな」
「お礼……ですか? あ、とりあえず中に入って下さい」
「すまない。失礼する」
部屋に入った俺は、レイラへ向けて深く頭を下げた。
「君のおかげで、ミリスとの距離を縮めることができた。感謝する」
「なんだ。そのことですか。いきなり訪ねてくるものですから、何事かと思いましたよ」
小さく息を吐いたレイラは、「あー、ビックリした」と呟いた。
緊張していた雰囲気が解けていく。
「それと、お礼はいりませんよ。私は何もしていませんから。ミリスとの距離を縮めることができたのは、ローゼス様ご自身の行いの結果です」
「どういうことだ?」
俺との距離を縮めようと、声をかけてくれたのはミリス。
そのきっかけを作ってくれたのはレイラだ。
俺は何もしていない。
レイラの言っている意味が理解できなかった。
「ローゼス様は自身の間違いに気付いて、ミリスにきちんと謝りました。それからはずっとミリスに気を遣って、わざと関わらないようにしていましたよね?」
「……まさか、気付かれていたとはな」
「ローゼス様の気遣いを、ミリスもどこかで感じていたのだと思います。だからこそ、仲良くなりたい、と思ったのではないでしょうか」
「そう……なのか? であれば、嬉しいのだが……」
「きっとそうですよ!!」
自信満々に言ってみせたレイラは、ニコリと笑った。
何の変哲もないはずの彼女の笑顔。
それなのにどうしてか、その笑顔が胸に突き刺さった。
心臓の鼓動がいつもより大きくなる。
脈拍も上がっている。
何だこれは!?
初めて経験する体の異常に、どうしていいのか分からなくなる。
そんな状況で頭に浮かんだのは、とりあえずここから離れるべき、という判断だった。
「は、話は終わりだ。まだ仕事が残っているので、これで俺は失礼する!」
レイラに背を向け、急いで部屋を飛び出していく。
いきなりそんなことをされたレイラは困惑しているに違いないが、なにしろ今は緊急事態。
気にかける余裕などなかった。
私室に戻ってきた俺は、執務机のイスに腰をかける。
その頃には、先ほど起こった体の異常も落ち着きを見せ始めていた。
冷静になった俺の頭に真っ先に浮かんだのは、レイラのことだった。
「どうやら俺は、レイラという人間を見誤っていたようだ。彼女はこれまで出会ってきたくだらない女たちとはまるで違う」
これまで俺は、多くの女たちに迫られてきた。
公爵夫人の地位や、フィラリオル家の莫大な財が狙いだったのだろう。
俺に取り入るため、彼女たちは色目を使いあの手この手で媚びを売ってきた。
そんな女たちの誘いに乗れば最後。
ろくなことにはならない。
それを分かっていた俺は全ての誘いを断り、冷たくあしらってきた。
きっとこの先、一生結婚することはないのだろう――そう思っていた。
しかし、状況が変わってしまった。
一年前、父と義母が事故で死んだ。
それに伴い急遽当主となった俺に、
「公爵家の当主が独り身というのはよろしくない。誰でもいいから結婚しろ」
と国王が命令してきたのだ。
そんなことを勝手に決めるな、そう思った俺は断りたい気持ちでいっぱいだったが、それはできなかった。
国に仕える身である以上、国王の命に逆らうことは許されない。
嫌々ながらも、俺は命令を受け入れるしかなかった。
執事に作らせた結婚候補者リストから、俺は適当に一人の女性を選ぶ。
どうせお飾りの妻なので、相手は別に誰でも良かった。
その選んだ相手というのがレイラだった。
どうせこいつも、くだらない女のはず――初対面ではあったが、彼女のことをそんな風に決めつけていた。
だがそれは、大きな間違い。
これまで出会ってきたくらだらない女たちとは、レイラはまるで違っていた。
決して俺に、媚びへつらうようなことはしない。
公爵家の地位や莫大な財には興味ないことは、もう明らかだった。
それにレイラには、不思議な力がある。
ここに来てすぐに、ミリスの本心を引き出したのだ。
俺が十年かけてもできなかったことを、彼女はすぐにやってのけた。
これは本当にすごいことだ。くだらない女どもには、到底無理なことだろう。
「レイラならば、信頼に値するような相手なのかもしれないな」
そんなことを思っていると、先ほどの笑顔が再び浮かんできてしまった。
なんという不意打ちだ。
しまった! これではまた、あの異常に襲われてしまう!
どうにかして回避したい俺は、別のことへ思考を向けることにする。
とっさに思い浮かんだのは、来週の出来事だった。
来週、ミリスは十一歳の誕生日を迎える。
今日縮まった距離を、さらに縮めるチャンスだ。
ミリスが喜んでくれるような誕生日プレゼントを用意しなければ! 変なものを選ぶことは許されん!
誕生日はチャンスであると同時に、リスクも大きい。
ここで変なものをプレゼントとして贈れば、ミリスに嫌われてしまうだろう。
それが原因で、せっかく縮んだ距離がまた広がってしまうリスクがある。
失敗することは絶対に許されない。




