【1話】転生先は自作小説のヒロインでした
「……確か、レイラとかいったな。これだけは初めに言っておこうか。貴様を愛することは絶対にありえない!」
私に向けて正々堂々と宣言してきたのは、ローゼス・フィラリオル様。
二十五歳の公爵家当主であり、今日から私の夫になった人物でもある。
漆黒の髪の合間から覗く青色の瞳は、ナイフのように鋭く尖っている。
恐ろしいくらいにパーツが整っている顔には、不機嫌の色がハッキリと浮かんでいた。
絶対的な拒絶の雰囲気に、フィラリオル邸のゲストルームの空気が凍りついていく。
……ひどい嫌われようね。
ローゼス様と対面したのは今日が初めてとなる。
だというのに、しょっぱなからこんな反応をされてしまった。
そうなるのも、仕方ないのかもしれないけれど……。
ローゼス様との結婚は、愛する二人が結ばれるような一般的なものではない。
国王の命令によって、強制的に結ばれたものだった。
私もローゼス様も、夫婦となることを望んだ訳ではない。
こういう不満が出てしまうのも、しょうがないのかもしれない。
けど、もうちょっと隠したらどうなのよ! 初対面の人間にこの態度とかありえないわ!
まさに、最低人間。人としてどうかと思う。
初対面のローゼス様のことを、もう既に嫌いになっていた。
「そうですか」
イラつきそのままに、私は少し投げやりな返事をする。
「……なんだその口の利き方は。生意気な女だな」
「それは失礼いたしました」
感情が伴っていない形だけの棒読み謝罪をしてみると、ローゼス様の瞳がより一層に鋭く尖った。
どうやら、私の態度が気に障ったらしい。
「話は終わりだ。これ以上貴様と同じ空間にいたくない」
奇遇ですね。私も同じことを思っていました――と口にするのは止めておく。
今は一刻も早く、この時間を終わらせてしまいたかった。
不機嫌に鼻を鳴らしたローゼス様は私に背を向け、ゲストルームから出て行った。
息の詰まるような時間がやっと終わる。
解放された私は、せいせいした気持ちで鼻を鳴らした。
ローゼス様との険悪な初対面を終えた私は、自らにあてがわれた私室の中へ入った。
窓から差し込む夕焼けの赤色に、全身がぼんやりと照らされる。
「いきなり疲れたわね」
大きなため息を吐いてから、ベッドの縁に腰をかける。
肩にかかる金色の髪を無造作に払い、琥珀色の瞳を天井へと向けた。
それにしても、まさか私が異世界転生するなんてね。今でも信じられないわ……。
私は異世界転生者だ。
前世では、どこにでもいるようなごく普通のOLだった。
とある大雨の日。
不運にも私は、雷に全身を貫かれてしまった。
けれど、私の人生はそれで終わりではなかった。
次の瞬間には、レイラ・シンデュリオンとして異世界に転生。
嫁ぎ先であるフィラリオル公爵家へと向かう馬車に揺られていたのだ。
「記憶が二つあるっていうのは、変な感覚よね」
前世の私、レイラ・シンデュリオン。
私の頭の中には、この二つの記憶が存在している。
一人の人間の中に二つの記憶があるというのは、どうにも落ち着きが悪い。
そんな状態になってからというもの、まだ一時間足らず。
ありえない怒涛の展開に、まだ頭が追いついていなかった。
でも、それだけではない。
さらに驚くべき事柄がある。
転生先であるレイラ・シンデュリオン侯爵令嬢――彼女のことを、私は知っている。見ず知らずの赤の他人に転生したのではない。
外見や生い立ちといったレイラの設定を創ったのは何を隠そう、前世の私。
自分が作った小説の主人公に、私は転生してしまった。
前世の私は、自作の小説執筆が趣味だった。
異世界恋愛ファンタジーを書いては、インターネットの小説投稿サイトに投稿していた。
雷に打たれて死んでしまう数分前。
私は自宅で、新作の小説に登場する主人公の設定を考えていた。
〝名前:レイラ・シンデュリオン
年齢:18
身分:侯爵令嬢
容姿:金髪に琥珀色の瞳。美人な顔立ち
特技:家事全般
家族構成:父・母・妹
生い立ち:生まれつき魔法が使えない体質のせいで、家族全員から虐げられている〟
そんな、悲しい設定を持つドアマットヒロインのレイラが、素敵なヒーローに出会って幸せになっていく――というコンセプトで、小説を書こうと思っていた。
現実でひどく辛いことがあったので、主人公が幸せになれるようなストーリーにしたかった。
しかしその数分後、作者である前世の私は雷に打たれてしまう。
レイラ・シンデュリオンの物語は、始まる前に終わってしまった――と思ったが、どうやらそうではないらしい。
これはきっと、神様が与えてくれたチャンスだ。
転生してレイラ本人になったからには、絶対に幸せになりたい。前世で叶えられなかった幸せを、今度こそは絶対に掴み取りたかった。
「そのためにはまず、素敵なヒーロー様に出会う必要があるわね」
前世の私が創ったのは、レイラ・シンデュリオンという主人公の設定だけ。
小説のストーリーはおろか、ヒーローの設定すらも決めてない。決める前に死んでしまった。
ヒーロー誰なのか、どういう風に出会うのか――それらがいっさい分からないでいる。
順当に考えるならローゼス様がヒーローにあたる人物なのだろうが、私はそうだとは思わない。
あんな最低人間が、私を幸せにしてくれるヒーローのはずがないもの!
混乱している頭でも、それだけはハッキリと分かっていた。
読んでいただきありがとうございます!
面白い、この先どうなるんだろう……、少しでもそう思った方は、↓にある☆☆☆☆☆から評価を入れてくれると嬉しいです!
ブックマーク登録もよろしくお願いします!