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第九話 作戦

次回は、お休みかも知れません。


 9


 ヒトは、犬よりも、身体能力では劣っている。

 日下は、二日間続けて、犬に追われてみて。

 犬という動物が。人間よりも敏捷さや運動能力がずっと高くて。特に獲物を長時間追いかける能力に長けていることを、自分の身をもって思い知った。

 駅のロータリーで待ちかまえていた犬たちは。仲間たちと一緒に。逃げる日下を、追いたてた。

 どうやら犬たちの目的は、日下を追いかけまわすことであって。なぜだかわからないが、日下を襲うために追いかけてはいない様子だった。

 二晩続くことになった、夜の住宅地における、ヒトと犬の追いかけっこは。はたから見れば、両者が呑気に遊んでいるように見えたかもしれない。

 実際に。追いかけっこの最中に。勢いあまった先頭の犬が、日下の背後からとびかかって。日下を前のめりに転倒させた。

 うつむきに倒れた日下の頸のうしろに噛みつこうとしたところで。だがその犬はハッとなって。牙をむいた顎を閉じると。日下の身体の上から跳んで離れる。

 犬は。日下がヨロヨロと立ちあがって、またフラフラと逃げだすのを見送る。そこまで待ってから、あらためて日下を追うのを再開する。

 三頭の犬に追われた日下は。なぜ犬たちが、自分を襲うのではなくて、追いたてているのか。その理由に気付くべきだった。

 でも目先のことしか見えてない、パニック状態にある日下には。とてもそこまで考えられなかった。犬たちの目的にまで、思慮をめぐらせる余裕はなかった。

 追いつめられて。恐怖の表情で、助けを求めて夜道を走る日下は。だがそこで。自分を救いにきた相手を、目の当たりにした。

 夜の暗やみの中に、街灯のあかりに照らされた、アパートにまで続く、長く延びる暗い一本道がある。

 その一本道のずっと先から。灰色の雌犬が。こちらにむかって駆けてくる。

 雌犬は、日下を救うために、アパートからやってきたのだ。

 四肢を駆るための、全身の筋肉を、あますところなく駆動させて。少しでも早く前に出るために、四つ脚で舗装路を蹴りつけて。まるで、とぶようにやってくる。

 疾走してくる雌犬の姿は、走るための要素を、四足の動物のかたちにした、と思えるくらいに。惚れ惚れとする程に、カッコよかった。

 走って逃げる日下でさえも。足をとめて、やってくる雌犬の姿に見惚れるくらいに。それは見事な登場だった。

 日下を追いまわしていた三頭の灰色の犬たちも、雌犬の登場に気付いたのだろう。

 雌犬の姿を確認して、目的の相手がきた、と知った三頭は。日下を追いまわすのをやめる。

 三頭は、態度をガラリと変えてしまう。

 ずっと追い立てていた日下を、そこに放置して。犬たちは、表情をきびしくすると。身がまえる。

 それから、まるで引き絞られた弓から矢が三本、放たれるように。駆けてくる雌犬にむかって、次々に勢いよく、パッパッパッ、と駆けだしていく。

 そこから始まった、犬と犬との肉弾戦を。日下は、特等席で、目のあたりにすることになった。

 本来、犬と犬とのケンカは。対峙した二頭が、吠えたり唸ったりと威嚇をしあったあとで。犬同士が、たがいに相手のからだに噛みついて。どちらかが音をあげるまで、相手を力でねじ伏せることで、争いの決着がつく。

 三頭のうちで、先頭をきって雌犬につっこんでいった一頭目の犬は。歯をむいて、唸り声をあげて。走る雌犬に、勢いよく、とびかかった。

 だが雌犬は、相手に食いつかれる前に。こちらも歯をむいたおそろしい形相で一歩早くぶつかっていって。先手を打つのに成功した。

 犬たちの争いは、日下の目には。まばたきするくらいの短い時間内に。いろいろな出来事が連続して起きたように見えた。

 歯と歯がぶつかりあうおそろしい音のあとで、最初にとびかかった一頭目の犬はふっとばされていた。

 キャンッ、と悲鳴をあげて、舗道を転がる一頭目の犬は、その一撃で反撃する気概を失った。

 あとは、勝った雌犬が。そのまま倒れた相手にとびかかって、急所に食いつけば。それで争いの決着はつくはずだった。

 だがそうする前に、二頭目の犬が襲ってきた。二頭目の犬は、正面ではなくて、雌犬の右横から食らいついてくる。

 雌犬は、それを間一髪でかわしてよけると。素早く身体をひねって。無理な体勢から、二頭目に噛みつこうとする。

 そのとき、最後の、三頭目の犬が。今度は雌犬の背後から、声もたてずに襲いかかった。

 三頭目の犬は。雌犬が気付いて、頭をのけぞらせて、電光の速度で噛みついてくるよりも早く。雌犬の後ろ脚の一方を、背後からくちで噛んでつかまえる。

 それから、三頭目の犬は。雌犬のからだを。太くて強い首の力と四つ足でふりまわして。フルスイングの要領で。勢いよく舗道にたたきつける。

 たたきつけられた雌犬は、それでも跳ね起きて。痛みに耐えながら、三頭目の犬にむかって行こうとする。

 だがそこで。一頭目、二頭目の犬が、いっせいに襲いかかると。ふらついている雌犬の、無事な方の後ろ脚と。右肩のあたりに。それぞれしっかりと噛みついて。雌犬の動きをおさえこむ。

 三頭の犬たちの、連携がとれた攻撃は。雌犬一頭では、とてもふせぎきれない。

 雌犬は。三頭の犬たちに、からだの各所を食いつかれた格好で。苦しげな唸り声をあげて、もがくよりない。

 犬と犬との怒りに満ちた声と。からだがぶつかりあう音と。続けざまの悲鳴のあとで。気が付くと、犬たちの争いは、決着がついていた。

 日下は。雌犬が。三頭の犬たちにからだを食いつかれた格好で。苦しげな声をあげているのを見たとたんに。自分でも気付かぬうちに走り出していた。

 大声をあげて、犬たちにむかっていくと。雌犬に噛みついている犬のからだを両腕でつかんで。一頭目を、二頭目を、力づくで引き離して。雌犬を助けようとする。

 雌犬に噛みついていた犬たちは、日下の突然の行動に、ひどく面食らった様子だった。

 犬たちは、三頭でいっしょに。雌犬に噛みつくことで。相手に反撃を許さずに。雌犬がグロッキーするまで、噛み続けるつもりでいた。

 ところが日下が予想外の行動をしたせいで、三頭は、そのまま噛み続けられなくなる。

 一頭は、我慢できずに雌犬を放すと。自分のからだをつかんで引き離そうとしている日下に、反撃を試みる。

 一頭は、自分のからだをつかんで引き離そうとしている日下を、後ろ足で蹴りつけて尻もちをつかせる。

 からだの大きさはヒトよりもずっと小さいのに、暴れるとおさえつけられない、四つ脚の動物に。ものすごい力で蹴りつけられて、日下は尻もちをつく。

 そのまま犬は、怒りの形相で、日下にとびかかって。日下の喉笛なり、下腹部なりに食いついて。噛み裂いて。乱入してきたこの部外者を、まず最初に大人しくさせようとする。

(犬たちが人間を襲わなかったのは。人間を友人と思っていたからでも。優しいからでもなくて。知能があるがゆえに、ヒトを襲うと自分たちへの追及がきびしくなるのを理解していたから。と後でわかった)

 自分にとびかかってきた犬の。歯列をむきだした大口と、怒りに満ちた見開かれた二つの目を見て。

 日下は。もうおしまいだ。これで終わりだと、自分の最期を確信した。

「……! ……? ……!!」

 まなこを恐怖に大きく見ひらいて。こちらにとびかかってくる犬を凝視していた日下は。

 とびかかってきた犬が、空中で短く声をあげると。自分にぶつかって、覆いかぶさった格好で、動かなくなったのに気付いた。

「……なんだ? なんだ? いったい、どうした? なにが起きたんだ?」

 襲いかかってきた相手である、犬の身に。なにが生じたのかを把握するには、猶予が必要だった。

 犬は、全身の筋肉が弛緩して、グッタリとしている。半目をあけて、舌をくちからはみださせた顔で。意識を失い、昏倒している。

(実際は、一瞬で昏倒させる麻酔薬は存在しないので。筋肉弛緩剤でも使わなければ、こんな効果はあらわれない)

 日下は苦労して、自分に覆いかぶさっている毛皮に覆われた重いかたまりを押しのけると。犬の盛りあがった背中に、先端に針がそなわった、小さな筒のようなものが刺さっているのをみつける。

 それは、圧縮ガスの圧力でとばして。野生動物のからだに撃ち込んで。動物を行動不能にする。発射筒と呼ばれるものだった。

 発射筒は、対象の動物のからだに刺さったあとで。シリンジ(注射器)の押子が動いて。注射器内の薬物が針から動物の体内に注入される仕組みになっている。

 日下は、残りの二匹の犬たちに噛みつかれた雌犬のことを思い出して。あわてて、そちらを見る。

 驚いたことに、そちらの二頭も。自分に覆いかぶさっている犬と同様に。発射筒をからだに撃ち込まれて、舗道にグッタリと寝そべった格好で倒れている。

 雌犬は、自分が助かったのを知ると。ヨロヨロと身を起こすが、すぐにすわり込んでしまい。ハアハアと息をしながら、助けを求めるように、日下を見る。

 立ちあがって、弱っている雌犬のそばにいってやるべきだったが。日下には、それができなかった。

 なせなら。すぐ近くの、どこにでもある、住宅の敷地から。夜の住宅地にはそぐわない、制服姿の男たちが何人も姿をあらわしたからだ。

 男たちは皆、手に。見慣れないかたちをした、小型のガスボンベが取り付けられている、ライフル銃なようなものをたずさえている。

 それを見て、日下は、目をまるくする。

 さらには、制服姿の男たちのうしろから。見知った女性である、紅林さやかがあらわれて、こちらにやってくる。

 日下は、さらに大きく眼を見開くと。ポカンとした表情になる。

 やってきた、紅林さやかは。わけがわからない、という顔でいる日下始の腕をとって立ちあがらせる。

 さやかは、すまなそうな表情で、日下に言いきかせる。

「いったいぜんたい、なにがどうなっているのか。理由を知りたいだろうね。それを説明するから、こちらに来てもらえないか?

 ああ、それから。あのメスの知能犬、☓☓号は。私たちが保護をするし、適切な治療を施すから。君はなにも心配しなくてもいいからね。わかったね……」

「知能犬……。なんのことだ……? 待ってくれ。そんなことを言われても、おれは……」

 紅林さやかは、いいからいいから、とにかくこちらへ、と。

 混乱している日下始の腕をとって。

 制服姿の男たちと、紅林さやかがでてきた。住宅地の建物の一軒へと、彼を連れていく。

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