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第十五話 鳥獣保護法

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 たとえば、私たちが暮らしている街の中に。デカくて危険な野生動物が出現したら。

 そのときは、だれがその野生動物に対応するのだろうか。

 ライフル銃を持ったハンターがすぐにかけつけて。やってきた警官といっしょに、あっさりとやっつけてしまいそうに思えるが、そうではない。

 昨今のクマの出没事件であきらかになったことだが。じつは銃器を使って、その野生動物を駆除できる人がいないのである。

 山から下りてきた大型の野生動物が住宅地に入り込み。市民から通報をうけた警官が出動して。住宅地内で、警官がその動物をみつける。

 警官が、腰のリボルバーを抜いて野生動物を駆除する。そういうことはできない。

 鳥獣保護管理法。鳥獣保護法、という法律によって。人身保護や安全確保の観点から。こういう場合は、野生動物の排除は猟友会に全面的にまかせる、となっているのだ。

 ところがこのやっかいな法律に従うと。市街地、住宅地でハンターが猟銃を使うことは禁止されているために。撃ってもいいのは、警官の指示があるときと、緊急の場合と認められた場合のみ、になってしまう。

 ところが二〇一八年の北海道での裁判で。警官の指示があったのに、クマを駆除したハンターが猟銃の所持許可を取り消される事件が起きた。

 これまでは、猟友会の支援のもとで、どうにか駆除ができていたのに。この事件をみるかぎり、猟友会にまかせることも怪しくなってしまった。

 協力したのに、許可を取り消されて。銃までとりあげられたら。だれだって、二度とそんなことはしなくなる。

 そこで、ようやく、というべきか。さすがにマズイ、と考えたのか。

 二〇二四年には、クマによる被害の深刻化をうけて。環境省を中心に、鳥獣保護法を見直す、と。法改正がすすめられることになった。

 こちらの新たな方針では。駆除する際の発砲に。これまでは警官の指示が必要だったのが。

 住宅地や市街地で、クマの被害がでる危険がある場合や。クマが建物などに逃げ込んでしまい、立てこもった場合には。特例的に。猟銃を、警官の指示なしで使用できるようにする、とあらためられたのだ。

 とはいっても。これまでの経過をみるかぎりは。

 市街地や住宅地の発砲では。頑張って駆除しようとした側に。つまりは撃った者に責任を押しつけてしまうのが常なので。はたしてこれで問題解決になるのかは、あやしいところでもある。

 ただし、例外もある。千葉県で紀州犬に警官が13発発砲した事件がそれで。危険な動物が警官に襲いかかるか、警官の目の前で市民に襲いかかれば。拳銃を使用しての対応も正しい、と認められるようだ。

 ここまで知ると、考えてみれば。クマが街中に頻繁にあらわれるようになったのも、ごく当たり前のことだ、当然だ、と思えてくる。

 クマの立場で考えてみればいい。

 いままでは銃で撃たれるからやめていたけれど。最近は、山を下りてきて、街中に入っても、なにもされない。

 もちろん、危ないときもある。それは、人を襲ったり、警官を襲ったりしたときだ。

 このどちらもしなければ、大通りのスーパーマーケットに入って好き勝手に食べ物を食いあさっても、撃たれることはない。

 それに気付けば、クマはそうするだろうし。親クマや仲間のクマの行動を見習い、他のクマもそうするようになる。

 世間を騒がせていた、今回の、野犬による事件だが。

 捕獲を目指していた三頭の犬たちが、紅林さやかに対して咬傷事件を起こしたことで。捕獲ではなくて、駆除へと、犬たちへの対応の内容が一変することになった。

 紅林さやかの事件は、世間に衝撃をあたえた。

 野犬が人を襲う。ただ襲うのではない。計画を立てて、集団で襲ってくる。

 しかも。野生動物ではありえないくらいに、綿密に計画を立てて。私たち人間の裏をかいて襲ってくる。

 大衆は、この事実にふるえあがって、恐怖すると。それと同時に、いっせいにとびついて、皆で話題にとりあげた。

 しかも、大衆の興味をあおるように。負傷した紅林さやかのくちから、野犬たちに襲われた様子が、記事にされて。次々と発表された。

 このニュースは。テレビや、新聞や、SNSで。大々的に、センセーショナルに、ドラマティックに、何度もくりかえして報道された。

 もちろん、さやかの証言が中心となった記事なので。三頭の犬たちが。紅林さやかのもとで、人工的な過程を経てつくりだされた知能犬である、という点は伏せられた。

 このニュースのせいで。世間の人たちは。

 人間を翻弄するくらいに頭が良くて、人間につかまえることができない。人間を襲う、危険な未知の怪物たちが。自分たちのすぐ近くにひそんでいる、と思い込むようになった。

 証言の内容はまた。動画にされて、インターネットを通じて拡散された。

 大衆は。病室のベッドに横たわる、包帯だらけの痛々しい姿をした女性が。犬たちがどのようにして、自分を襲ったのかを。つらそうな様子で語るのをきいて、すっかりそれを信じ込んでしまった。(そうでなくても、誇張記事に便乗して騒ぎ立てるのを選んだ)

 さやかが行ったのは、被害者、犠牲者として、メディアを通じて自分の姿を見せて。自分たちが今回の事件の主犯であるのを隠蔽する。黒幕なのをさとらせない。回避することだった。

 紅林さやかは、動画でのニュースで、次のように語った。

 さいなやまされる苦痛に耐えながら。さやかは、カメラのむこうにいる視聴者に。とぎれとぎれの口調で、頼んでみせた。

「このような姿で、皆さんにお願いするのは心苦しいのですが。どうか、私の願いをきいてください……。

 犬たちは、この街のどこかに、いまも隠れひそんでいます。それは、あなたがふだん何気なく通り過ぎる。けれども、のぞいてみることはない、そうした場所です。

 廃ビル、建物の地下室、廃屋。犬たちは、そうした人が訪れない場所に昼間は隠れていますが。夜になると、夜闇にまぎれてねぐらから出て。ゴミをあさって、それを食糧にしています。

 もしもそういう場所に、写真の資料で見せた犬たちがいるのをみつけたら。お手数ですが、お手持ちのスマホで、保健所か、私たちのもとに連絡をしてください。

 危険ですので、決して自分たちの手でつかまえようとしたり、退治しようとはしないでください。

 あなたの勇気ある行動と、1件でも多い通報が、次の犠牲者をふせぐきっかけになるのです。

 犬たちをつかまえるのに協力したあなたの勇気ある行動は、私たちが表彰して、大々的に世間に公表させていただきます。

 危険な存在を、このまま放置してはいけません。どうか私たちと私たちと、危険な野獣を見つけ出しましょう。いっしょに退治しましょう……」

 メディアを通じて行った、さやかからの呼びかけは。彼女が狙った以上の効果を発揮した。

 このニュースをきっかけに、それまでは無関心だった層までもが関心を持つと。正義感にかられた大勢の人間が、さやかの呼びかけにこたえて、犬たちをさがし始めたからだ。

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