追放された貴族は、自由気ままに暮らすことにしました 〜【装備マスター】はどんなものでも支配できるチートスキルです〜
「兄さん、とうとうこの日がやってきたね」
隣を歩く弟のセシルが、そう声をかけてきた。
「ああ。この日のために頑張ってきたんだ。どんなスキルを得られるか、楽しみだよ」
「きっと、兄さんの頑張りを女神様も見てくれてるよ。兄さんならレアスキルだ。僕は……あんまり期待出来ないかもしれないけど」
「そんなことはないぞ。女神様は平等だ。セシルだってきっと、レアスキルを授かるさ」
「ははは、ありがと」
とセシルがはにかむ。
俺──エルヴィスはアイザック伯爵家の長男として生まれた。
アイザック家は由緒正しき貴族で、数々の領地を任されている。
長男である俺は、必然的に跡取りになることを期待されてきた。
俺もその期待を裏切らないように、今まで努力を続けてきた。それは自信を持って言える。
全ては『スキルの儀』でレアスキルを得るためだ。
この世界では、十六歳になると身分に関係なく、教会に出向き女神様の神託を受けることになっている。
神託では、固有のスキルが授けられる。
スキルの内容は【パン職人】や【鍛冶師】といったものから、【賢者】【頂の拳】などの、いわゆるレアスキルと呼ばれるものまで、多種多様にわたる。
女神様の神託は人の手によって操作することが出来ないが、『今まで頑張ってきたもの』がレアスキルを授かる可能性が高いと言われていた。
レアスキルを得られれば、アイザック家をさらに発展させることが出来るだろう。
そうすれば、今まで育ててもらった両親にも恩返しすることが出来る。
そして今日、いよいよ俺は双子の弟セシルと共にスキルの儀を受けることになった。
結果は神のみぞ知るが……必ずレアスキルを引いてみせる。
セシルや両親も、それを望んでいるからな。
教会につくと、既にスキルの儀が始まっていた。
今年、十六歳になった子どもたちが、順番に壇上に上がって神託を受ける。
今のところは誰も、レアスキルを引いていないようだな。
「次、エルヴィス・アイザック。壇上に上がりなさい」
「はい!」
名前を呼ばれて、俺は神父の前に立つ。
俺と神父の間には、台の上に水晶が置かれている。
みんなからの視線を感じる。アイザック家の長男である俺は注目されているのだ。
俺は息を呑み、水晶に手をかざした。
目の前が眩い光に覆われたかと思うと、空中に文字が浮かび上がり、そのスキルの名が表示された。
---------------------------
【装備マスター】
内容:どんなものでも装備することができる。
---------------------------
「【装備マスター】……?」
聞いたことのないスキルだ。
それは教会にいる人々も同様だったのか、騒がしくなる。
「【装備マスター】……? なんなんだ、それは」
「内容を見てみなよ。どんなものでも装備することができるだってさ」
「はあ? そんなもの、スキルがなくたって装備出来るだろう? なんの役に立つんだ?」
「外れスキルだ……」
外れスキル──。
その単語を聞き、愕然とする。
そんな……どんなものでも装備出来るって? せっかくもらったスキルが役立たず? だったら今まで俺は、なんのために頑張って……。
「エ、エルヴィス・アイザック、下がりなさい。次の者が待っています」
神父も俺をどう励ましていいのか分からないのか、事務的に告げた。
俺は肩を落として壇上を降り、セシルのもとへ戻る。
「セシル……」
「に、兄さん。気を落としたら、ダメだよ! スキルがなくたって、兄さんは優秀じゃないか! 外れスキルでも、僕が兄さんを支えるから!」
セシルが励ましてくれるが、俺の気は晴れない。
優しいセシル。そんな彼のためにも、俺はレアスキルを授かりたかった。
しかし、チャンスはたった一回こっきり。どれだけ納得の出来ない結果でも、神託を受け入れるしかない。
「次、セシル・アイザック」
「あっ、次は僕の番だ。行ってくるね」
「お、おう」
なんとか声を絞り出すと、次にセシルが壇上に立った。
セシルが俺と同じように、水晶に手をかざす。
---------------------------
【剣神】
内容:ありとあらゆる剣術を身につけられるスキル。その剣捌きは神にも匹敵する。
---------------------------
教会が俺の時とは違った意味で、騒ぎ出す。
「け、剣神……っ!? レアスキルだ!」
「確か【剣神】って、三十年ぶりに出るんだよな?」
「ああ。三十年前の【剣神】は世界中を旅し、凶悪な魔物を次々と対峙したらしい」
「兄のエルヴィス様が外れスキルで、弟のセシル様がレアスキルか……現実は残酷だな」
「だが、これで俺たちの領地も安泰だよ」
みんなが口々にセシルを賞賛する。
「おお……っ! やったな、セシル!」
俺も気付けば、そう声を上げていた。
自分が外れスキルだったことは残念だ。
しかし、セシルだって良いスキルを引いてほしかったのも違いない。
嫉妬の気持ちは驚くほどなく、ただただレアスキルを引いたセシルを讃えていた。
壇上のセシルは困惑の表情を浮かべるが、それも一瞬。すぐにレアスキルを引いたという自信に満ちあふれ、俺のところへ戻ってきた。
「セシル、兄として誇らしいよ。俺は外れスキルだけど、セシルがレアスキルだったら安心だ。二人でアイザック家を支えてい……」
「エルヴィス」
セシルには似つかわしくない低い声。
彼は今まで見たことのない冷たい顔をして、俺にこう言い放った。
「気安く話しかけないでくれるかな?」
「え……?」
一瞬なにを言われたのか分からず、聞き返してしまう。
「セシル……一体なにを……」
「セシル様だろ? 僕はレアスキルで、エルヴィスは外れスキル。その差は埋めることは出来ない。それなのに、いつまでも兄面しないでくれるかな?」
「は、はは、面白い冗談だな。セシル、言ってくれたじゃないか。外れスキルでも、俺を支えてくれるって……」
「支える? はっ! 笑わせるね。そんなの、嘘に決まってるじゃないか!」
セシルは俺を見下し、こう続ける。
「今までずっと、我慢してきたんだ! どうして、少し後に生まれたからって僕が弟なんだ? 跡取りはエルヴィスなんだ? ……って」
「お、お前、今までそんな不満口にしたことなかったじゃないか」
「親が決めたことだ。エルヴィスが跡取りだってことは変わらないからね。だから賢い僕はお前に媚びを売り、補佐をするつもりだった。それでも、そこそこいい生活は出来るからね」
そう捲し立てるセシルの顔は、今までの不満が溜まっていたのか、憎悪で歪んでいた。
「しかし今日で逆転した。外れスキルを引いたエルヴィスの代わりに、両親も僕を跡取りにしようとするだろう。何故なら! 僕は【剣神】! 神に選ばれた存在だ! そんな僕に今までと同じ口を利くなんて、何様のつもりだい?」
「…………」
絶句する。
……そうか。今までセシルは俺を慕ってくれていると思っていた。
しかし全てまやかしだったのだ。
セシルは昔から、ずる賢いところがあった。そういうところが俺も少し気になってはいたものの、彼の僅かな一面だと思って忠告してこなかった。
セシルの言う通り、俺は跡取りの座を降ろされるかもしれない。
俺みたいな役に立たない外れスキルを持つ者より、セシルの方がアイザック家を発展させられるからだ。
だが、それも仕方のないことだと思った。
俺はセシルを支える。
こんな酷い罵声を浴びせられたが、だからといって、アイザック家が抱える領地を見捨てるわけにはいかない。
俺は言い返さずに俯いて、悔しさをぐっと堪えた。
しかし俺の決意とは裏腹に、事態は最悪の方向に向かっていくことになった。
◆ ◆
「エルヴィス! 貴様はアイザック家の恥晒しだ! 今日をもってセシルを跡取りとし、貴様を『魔の地』に追放する!」
帰宅すると、外れスキルを引いた俺に激怒した父さんに、とんでもないことを告げられた。
「ま、待ってください! 今までの俺の努力はどうなるんですか!」
「努力? そんなもの、レアスキルを前にしたらゴミ同然だ。貴様がいるだけで、アイザック家の評判が下がる」
反論しても、父さんから返ってきた答えは冷たいものだった。
その傍ではセシルが微笑みを浮かべている。
彼らの表情を見て、この決定を覆せないと悟ってしまった。
こうして俺はアイザック家を追放されてしまったのだ。
◆ ◆
父さんから追放を告げられた俺は、強制的に馬車に乗せられ、『魔の地』に向かっていた。
「くっくっく……てめえも不憫だな。『魔の地』っていったら、地獄みてえな場所だって評判だぞ」
「外れスキルを引いたお前が悪いんだ。俺らを恨むなよ」
馬車の御者である男二人が、そう嘲笑する。
『魔の地』
アイザック家が所有する領地の中で、最も魔物が棲息していることから危険だと言われている領地だ。
現伯爵家当主である父さんも『魔の地』には頭を悩ませ、実質放置した状態になっている。
ゆえに、『魔の地』内の情報もほとんど入ってこない。
このことから分かることは一つ。
「父さんは……俺に死んでほしいんだ。アイザック家の恥晒しである俺をな」
今まで伯爵家当主になるため努力をし続けてきたといっても、魔物と戦ったことはない。
そんな俺が『魔の地』で生き延びることは困難だろう。
頼みの綱であるスキルも、【装備マスター】だしな。
そこまでするか……と父さんとセシルに唖然とした。
「『魔の地』に入ったぜ」
「このまま森を突っ切る」
やがて、馬車は森林に入っていった。男たちの言葉を信じると、『魔の地』の領地内らしい。
しばらく進んでいると馬車が停まり、男たちが強引に俺を外にほっぽり出した。
「……っ!」
無理やり地面に叩きつけられたため、遅れて痛みが襲ってくる。
「な、なにを……? 近くの街で送ってくれる約束だったはずじゃないか。なのに、こんな森の中で……」
「はっ! アイザック伯爵がそんな優しいわけねえじゃないか!」
「俺らだって、さっさと『魔の地』からずらかりてえからな。お前はここでおさらばだ」
男たちが俺を見下ろす。
まずい──この世界では基本、街や村の外には魔物が蔓延っている。鬱蒼と生い茂る森の中は、魔物が住むのにも最適だろう。
なのに武器一つ持たず、こんなところで一人ぼっちにされたら、待っているのは『死』のみだ。
「ま、待ってくれ! せめて森を出るまで……」
「うっせえ! お前が刃向う権利なんて、ねえんだよ!」
「おい、帰るぜ。お貴族様……いや、今は『元』か? こいつの惨めな顔を見るのも楽しいが、早くしねえと魔物が……」
その時だった。
ズシーーーーーン、ズシーーーーーン。
「なんだ!?」
鼓膜を震わす重低音に、男たちも体を強張らせる。
俺も辺りを見渡した時、そいつは現れた。
「で、でけえ!」
「ま、魔物だ!」
男たちが声を上げる。
魔物図鑑で見たことがある。今、俺たちの前に姿を現したのはドレッドフォックスと呼ばれる魔物だ。
見上げんばかりの巨体。
まるでそれが一本の大木のようである。
ドレッドフォックスが軽く足を下ろしただけで、俺の体など簡単に押し潰されるだろう。
ドレッドフォックは品定めするかのように、じっと俺たちを睨んでいた。
「こんなヤツと戦えっか! 早く逃げるぜ!」
「バ、バカ……! 動いたら……」
男たちが慌てて馬車に乗り込み、逃げようとする。しかしそれは悪手だ。
急に動き出した馬車に、ドレッドフォックは敏感に反応し、巨大な足を上げた。
馬車ごと男たちを踏み潰す。
「「ぎゃああああああああ!」」
男たちの悲鳴……いや、断末魔が響き渡る。
馬車があった周囲には血が飛び散っている。男たちや馬の原型すら残っていない。
一瞬でドレッドフォックスは、彼らの命を奪ったのだ。
「だから言わんこちゃないのに……!」
ドレッドフォックは素早く動くものに反応する習性がある。そのことが分かっていれば、わざわざ背を向けて走り出したりしないのに……自業自得だ。
「このまま息を潜めてこの場から離れれば、逃げられそうか?」
だが、俺の期待も呆気なく潰えることになる。
男たちの悲鳴を聞いたからなのか、ドレッドフォックスに続いて、次から次へと魔物のウルフが姿を現した。
ドレッドフォックスの周りで一見傅いているようにも見えるウルフは、全て五体ほどいた。
ウルフの群れは「グルル……」と唸り、今にも俺に襲いかかってきそうだ。
「ああ……」
絶望する。
ドレッドフォックスだけでも絶望的なのに、さらにウルフも現れたのである。
ウルフはドレッドフォックスとは違い、本能的に襲いかかってくる。そこまで強くない魔物ではあるが俊敏で、俺の足じゃ逃げられない。
「ろくでもない人生だったな」
走馬灯がよぎる。
幼い頃から、アイザック家の当主になるために、必死に頑張ってきた。
しかし現実は残酷。期待していたスキルの儀ではろくなスキルを得られないどころか、弟のセシルがレアスキルを引き当てた。
「俺の人生はなんだったんだ?」
結局、なにも成し遂げられなかった人生。
はは……あまりに悲惨じゃないか。渇いた笑が零れる。
絶望で体が動かなくなっていると、ドレッドフォックスの近くにいるウルフの一体が飛び出した。
ウルフは獰猛な牙を向け、俺に一直線に襲いかかってくる。
「……っ!」
そんなことをしても無駄なのに、腕で顔を覆い隠す。
腕の隙間から見えるウルフが、やけにスローモーションに見えた。
せめて──ウルフとドレッドフォックスが潰しあってくれれば、俺に勝ち目はあったのに。
一瞬の間で、そんなバカな考えが浮かんだ時であった。
〈ウルフを装備しました〉
頭の中に文字が浮かぶ。
さらに次に襲いかかってくるであろう痛みも、全く感じなかった。
「え……?」
恐る恐る、顔の前から腕をどける。
今、俺に襲いかかってきたウルフが動きを止めている。体には仄かな光に包まれていた。
さらにウルフは俺に背を向け、ドレッドフォックスと対峙した。
変化はそれだけではない。
ウルフやドレッドフォックスの上部に、数字が表れている。ウルフには黒字で『ウルフ:ランク1』、ドレッドフォックスには赤字で『ドレッドフォックス:ランク3』と。
俺の前にいるウルフにも数字が表示されているが、少し違っており、『ウルフ:ランク1(装備中)』となっていた。
「一体なにが……」
戸惑っていると、さらに別のウルフが襲いかかってきた。
もしかして……と思い、俺は『ウルフ:ランク1(装備中)』と表示されているウルフに「俺を守れ」と念じる。
すると一人でに装備中と表示されたウルフは動き、襲いかかってきたウルフと相打ちになったのだ。
「やっぱり!」
希望の光を見出す。
バカげた考えなのかもしれない。
しかし『ランク:1(装備中)』という文字。さらには【装備マスター】の『どんなものでも装備することができる』という説明文。
俺は一つの推論を立てていた。
「もしかして……【装備マスター】は装備だけじゃなく、魔物も装備することが出来るのか?」
意外な【装備マスター】の使い道に、俺は気分が高揚する。
「ウルフも装備出来るなら、なんとかなるかもしれない」
あらためて、ドレッドフォックスとその周りにいるウルフを見据えた。
知性を持たない野生の魔物とはいえ、突然の出来事に戸惑っているのだろうか。唸りながら、俺を睨んでいる。
死を待つしかない身であったが、【装備マスター】に勝機を見出し、先ほどまで抱いていた絶望感がなくなっていた。
業を煮やした一体のウルフが地面を蹴り、俺に牙を向ける。
その攻撃が当たろうかとした瞬間、俺は手をかざしウルフを制止させる。
〈ウルフを装備しました〉
「どうやら、装備したいって念じるだけで、スキルが発動するみたいだな」
不思議なことに、【装備マスター】の真価に気付くと、装備の仕方が手に取るように分かった。
本格的に戦いが始まる。
俺は襲いかかってくるウルフを装備品のウルフでいなしながら、前進する。
ウルフも厄介な魔物だが、ドレッドフォックスに比べれば可愛いもの。まずはドレッドフォックスをなんとかしなければ……。
「装備!」
叫びながらドレッドフォックスを装備しようとするが、上手くいかない。逆にドレッドフォックスが前足を上げて、攻撃してきた。
「うわっと!」
ギリギリのところで躱し、ドレッドフォックスの鋭い爪が、近くの木に命中する。
太い幹が切り裂かれ、ドシーンと大きな音を立てて地面に倒れた。
一瞬でも反応が遅れていれば、俺がああなっていたのか……とぞっとする。
「装備出来なかった……? もしかして、もっと近付く必要があるのか?」
どうやら、ドレッドフォックスを装備し、周りのウルフを一掃するという手は使えないみたいだ。
だが、まだウルフはたくさんいる。すぐに相打ちになって死ぬが、戦いの音に釣られて、森の奥から次から次に新しいウルフが現れるのである。
このウルフたちでドレッドフォックスを攻撃し続ければ、いずれは……っ!
「装備! 装備! 装備!」
ウルフを装備しまくり、ドレッドフォックスに猛攻を仕掛ける。
しかし元は弱いウルフだ。
ドレッドフォックスに成す術なく、倒れていく。
俺は戦闘不能に陥ったウルフを手離し、また新たなウルフを装備していった。
さすがにドレッドフォックスも、物量作戦には抗えないのか。
徐々に動きが鈍り、その巨体にも傷が目立っていった。
「もう少し、近付かないとっ!」
しかし一発でもドレッドフォックスの攻撃が直撃すれば、俺なんて即死亡。慎重にやらなければ。
やがて装備品のウルフの体当たりが、ドレッドフォックスの体に命中する。
即座にドレッドフォックスはウルフを薙ぎ払うが、その巨体が僅かにぐらついた。
「チャンスだ!」
血塗れのドレッドフォックスは、最早纏っていた威圧感も十分薄らいでいる。
俺はすぐさま別のウルフを装備しようとするが……。
「もういない……?」
あれだけ虫のように湧き、俺を殺そうとしていたウルフが、嘘のようにいなくなっているのである。
残っているのは夥しいウルフの死体だけである。
「そ、そんな……」
愕然とする。
俺の動揺を悟ったのか、ドレッドフォックスが口角をニヤリと吊り上げ──たように見え、遠吠えした。
ドレッドフォックスの前足がゆっくりと上がり、俺の体を斬り裂こうとする。
「……っ!」
愚かなことであるが、思わず目を瞑ってしまった。
しかしいつまで経っても、衝撃が襲いかかってこない。
恐る恐る目を開けると、ドレッドフォックスの前足は俺の目の前で停止していた。
そしてその巨体がゆっくりと傾き、横向きに倒れると大きな音が立つ。
「はあっ、はあっ……ギリギリ倒せていたのか……」
間一髪だった。
もう少しドレッドフォックスの体が動いていれば、俺は間違いなく死んでいただろうから。
しかし勝ったのだ。
俺の勝利を祝うように、頭の中では鐘の音が鳴り響いていた。
------------------------
エルヴィス・アイザック
【装備マスター】(装備ランク1→2)
《鑑定眼》他のもののランクが分かるようになる。
〈ランクアップにより、装備枠が1つ増えました(5→6)〉
装備枠 5/6
・ウルフ(死体)
・ウルフ(死体)
・ウルフ(死体)
・ウルフ(死体)
・ウルフ(死体)
・------------
◆ ◆
一息吐くのも束の間、俺はゆっくりと倒れているドレッドフォックスに近付いていく。
「ちゃんと死んでるよな……?」
これだけ血塗れで、目の光も消えているのだ。生きているとは思えないが……念のためだ。
恐る恐るドレッドフォックスの体に触れてみるが、やはり動かない。心臓の鼓動も聞こえなかった。
「よし……大丈夫みたいだな。そうだ、ドレッドフォックスを装備することは出来ないのか?」
もう死んでいるから、装備しても意味はなさそうだが……試してみる価値はある。
今ともかく、スキル【装備マスター】を詳しく知るべきだ。
俺はウルフの時と同様、装備を試してみる。
〈ランクが足りないので装備することができません〉
「装備することが出来ないって……? 初めて見る文章だ」
ランク……そういえばドレッドフォックスを倒した際、鐘の音が鳴り響くのと同時に文字が浮かび上がった。
あれには『ランクアップにより、装備枠が1つ増えました(5→6)』と書かれていたが、もう一度見ることは出来ないのだろうか。
「そういや、スキルの儀を終えた人にはスキルの能力──ステータスを見ることが出来るって聞いたことがある。確か見る方法は……」
文献で読んだことを思い出し、俺はこう唱える。
「ステータスオープン」
------------------------
エルヴィス・アイザック
【装備マスター】(装備ランク2)
《鑑定眼》他のもののランクが分かるようになる。
装備枠 5/6
・ウルフ(死体)
・ウルフ(死体)
・ウルフ(死体)
・ウルフ(死体)
・ウルフ(死体)
・------------
------------------------
すると先ほどの文章を閲覧することが出来た。
「上手くいってよかった」
【装備マスター】の下に、《鑑定眼》という文字がある。これはそのスキルにある固有の能力なようなものだ。成長していくのに従って、固有能力が増えていくこともあるという。
たとえば、【剣神】の下位スキルである【剣士】には、《俊敏》という固有能力がある。
俺の《鑑定眼》もそういった類なのだろう。
次に装備枠。
元々、5つあった枠が6に変わっている。一つの空き枠を除いて、他はウルフ(死体)で埋まっている。これはウルフ(死体)が装備されているということだろう。
試しにウルフ(死体)を、戦いの時を思い出して動かそうとした。
しかし微動だにしない。
「死体ってなったものは、武器でいうと壊れたような状態になるんだろうな。だとすると装備枠を圧迫するだけで、無駄だ」
問題はどうやって装備枠に空きを作るのかについてだが、すぐに解決した。
解除と唱えると、ウルフ(死体)が外れたのだ。
「そういえば、戦いの最中、死んだウルフを手離す感覚があった。今思えば、あれが『装備を解除する』ってことだったんだろう」
スキルの概要は分かった。
ここで、どうしてドレッドフォックスが装備出来ないのかについての疑問だが、もしかして装備ランクが魔物のランク──すなわち魔物ランクより上待っていないとダメなんじゃないだろうか?
ドレッドフォックスを凝視すると、『ドレッドフォックス(死体):ランク3』という文字が出た。
どうやら集中して対象物を見ることが、《鑑定眼》の発動条件らしい。
ドレッドフォックスが本当に死んでいることに安心しつつも、問題はそのランク。
ドレッドフォックスの魔物ランクが3であるのに対して、俺の装備ランクは2。下回っている。
「まあ……正しくは上回っていることが条件というより、『同じか上回っている』ってことだと思うが。じゃないと、ランクが上がる前に魔物ランク2のウルフを装備出来ないことになるし」
『どんなものでも装備することができる』と聞いていたため肩透かしを食らうが、これはスキルの将来性を示したものである。
【剣神】のスキル説明文が『ありとあらゆる剣術を身につけられるスキル。その剣捌きは神にも匹敵する』だとしても、今すぐそうだというわけじゃないからな。
だが、鍛えていけば、必ず【装備マスター】は一騎当千のスキルとなるはずだ。
「みんなは外れスキルって言っていたが、【装備マスター】ってかなり強いスキルなんじゃ?」
なにせ魔物だろうと──将来的にはなんでも装備することが出来るスキルなのだ。
いや、戦いの最中にあった感覚は、装備なんて生やさしいものではない。
支配とも言えるような現象だった。
ありとあらゆるものを自分の支配下におけるスキル。
そう言い換えると、いかに【装備マスター】が規格外なのか分かるようだった。
「これなら森を抜けられそうだ」
出来ればドレッドフォックスじゃなくても、一体でもウルフが残っていれば、装備したたまになっていたが……悔やんでも仕方がない。
俺は前を向き、森からの脱出を気持ちを切り替えるが。
「……悪いな」
その前にウルフ、そしてドレッドフォックスの死体を眺めて、俺はぼそっと呟く。
「許してくれとは言わない。だが、俺だって生きるのに必死なんだ。俺は俺のエゴのために……お前らを利用させてもらった」
感傷に浸る必要などない。ウルフやドレッドフォックスは俺を殺そうとした。
だが、だからといって命の重みから目を背けていい話にはならないと思うのだ。
俺は手を合わせてから、その場を後にした。
──その後、エルヴィスは英雄と崇められる一方、彼を失ったアイザック家は没落していくことになるのだが……それはまだ先の話である。
【作者からのお願い】
読了ありがとうございます!
「面白かった!」「連載版も見てみたい!」と思ってくださったら、
よろしければ広告下↓にある【☆☆☆☆☆】で評価していただけると幸いです。
ポイントが入ると、とてもモチベーションが上がって執筆の励みになります。
作者のモチベ維持のため、評価やブクマで応援しただけますと幸いです!
ご協力よろしく願いします!