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8.邂逅―8『ジヴェリ機械製作所―5』

 一方、トラックの車内では、

「な、なになに? 何かな? 何かあったのかな?」

 突然、後方の荷台から、どッ! と、あがった笑い声に、ミーシェルがビクッと身体をすくませている。

 あちらこちらにガタのきた古いトラックのこととて、雨水はともかく、それ以外は結構だだ漏れである。

 さすがに会話の内容までは聞き取れないが、大声や爆笑の断片は伝わってくる。

 街中を抜け、行き交う()()()や人の姿もまばらになって、雑音も少ない郊外をのんびり走っているとあってはなおさらだ。

 まぁ、それはさておき、

 車内のくたびれたベンチシートには、ミーシェルと、それからハンドルを握るクラムの二人が腰掛けていた。

 お客様だからということで助手席を勧められたハーランが、レディーファーストを理由に断ったからである。

 それが真実その通りだったのか、それとも狭い車内でクラムと二人きりになる煙たさから逃れるための方便だったのか――それはハーランにしかわからない。

(当初、会社でトラックのハンドルを握っていた工員の方ははっきりしていた。大泣きしているミーシェルを助手席に座らせることが決まった際、運転手役をクラムに押しつけ、荷台の上に逃げたのである)

 とまれ、

 助手席に座るミーシェルは、車室と荷台をへだてる隔壁越しにリアウィンドウから後ろの様子を覗き見た。

 荷台では、なにやら盛り上がっている模様で、車座に座った男たちの間でひっきりなしに笑い声があがっている。

 たがいに肩を叩きあい、和気藹々(わきあいあい)と馬鹿話にでも興じているのだろう。初見の部外者――ハーランも、しっかり輪の中に入り込んでいる。

 クラムから借りた服を着ているから当たり前だが、ハーランの今の外見は一般市民そのものだ。しかし、たったそれだけの()()で、その場の誰も自分たちの目の前にいる人間が、実は軍隊の士官なのだとは気づかない。


「……デュリエル少佐って不思議な人よね」

 ふたたび前に向き直って、ミーシェルは呟くようにそう言った。

「男の人で、年上で、軍人さんなのに少しも威張ってないし怖くない。それどころか優しくて面白い人みたい。わたしがバケツを引っ繰り返した時もぜんぜん怒らなかったし……」

 珍しいよね、とクラムの方に目をむける。

 それに対してクラムは、ふんと鼻を鳴らしてみせた。

「プレイボーイなだけかもしれないよ。案外、ミーシャが可愛いから誘惑しようとか下心があってのことかもしれない。注意しておいた方がいいかもね」

 敵意というほど強くはないが、不信をかくさず酷評する。

「やきもち?」

 クラムの返事に一瞬目をまるくして、ミーシェルはくすくす笑いだした。

「やきもちでしょ。クラムったら、やきもち()いちゃってるんでしょ。――わたしがデュリエル少佐のことを褒めたから」

 にんまりとして、(はや)したてるようにからかいの言葉を口にする。

 その様子には、トラックが走り出してからも、しばらくぐずっていた名残は見られない。

 面と向かって可愛いと言われたのも嬉しかったのか「やきもち、やきもち」と、歌うような口調でくりかえす。

「こら」

 叱る声音をことさら作ると、ハンドルからはなした片手でクラムは少女の頭をくしゃくしゃ掻きまわした。

「保護者をからかうもんじゃない。田舎から(ここ)に出てくるときに、ミーシャのご両親から面倒みるよう頼まれてるんだ。世間知らずの妹の心配をするのは当然だろう」

「それに」と言って、にやりと笑い、

「なにしろ、今日という大事な日に、出発の予定は忘れる。バケツはひっくり返す。みんなの前でベソをかく。――いろいろやらかしてくれたんだ。ボクじゃなくても危なっかしくて目が離せないと思う筈さ」

 そして、言葉の最後にミーシェルのおでこをツンと突き、

「そんな調子で、これからの本番は大丈夫かい?」

 あははと笑って、とどめをさした。

 見る間にミーシェルの顔が赤くなる。

 つつかれたおでこを押さえ、唇をむぅッと尖らせ、頬をまるく膨らませて、上目づかいにクラムを睨んだ。

 からかったつもりがからかい返され、反論もできないとあっては、唸ってみせることくらいしか出来ることは残されてない。

「クラムの意地悪!」

 とうとう一言そう叫ぶと、ぷいとそっぽを向いて()ねてしまった。

 運転席とは反対側に身体をねじり、意地悪意地悪意地悪……と呪文のようにくりかえす。

 エルフの青年は、そんな少女の態度にクスリと笑みを浮かべたが、バックミラーをチラと見やると、あとは何も言わず運転に集注する様子だった。

 そして、

 そんな時間がどれくらい続いたのだったか。

 車通りもすっかりまばらで、道路の左右にはたえて人家の影もなく、ただ一面の草原がひろがるばかりのある箇所で、

「ほら、ミーシャ」

 ふと何かに気づいたか、依然、ぷいと顔をそむけたままの少女に、ほらほらと呼びかけたのだった。

「着いたよ。前を見てごらん」

 かたくなに視線をそむけつづけるミーシェルに、かまわず前を指さしてみせる。

 そこには、

 フロントウィンドウ越しに、たった今離陸し、空に舞い上がりつつある飛行機が見えていた。

 銀色に輝く機体が陽光に照らされ、のんびりとした速度でゆっくり高度を上げていっている。

 ツ~ンとした様子で頑なに応じようとしない少女だったが、ちゃんと聞こえてはいるようで、

 微かに伝わってくるブ~ンというエンジン音に、長い耳がピクピクとふるえ、反応していた。

 一同を乗せたトラックが走る道路は、飛行機が飛び立った()()に通じている。

 やがて、道路をまたぐかたちに設けられた門――今は扉が開け放たれてある門を通り抜ける頃には、ころりと機嫌を直したミーシェルは、一心に周囲の景色に見入っていたのだった。

 門柱におおきく掲げられていた門標には、『カラントゥール飛行場』と記されていた。

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